<2024.01.06>公式音源挿入
<2020.04.16>

 

 

先月(2020年3月)25日にリリースされた「松山千春コレクション『思い出』」

 

 

デイリーチャートで3月24日こそ22位に入ったが、それ以降はずっと30位以下圏外。現状のトータル売上枚数は4,000枚前後といったところ。

 

現実としてそれほど多く売れるわけではないオリジナルアルバムの平均的な売上枚数よりも少ない。売れることを願いつつ、すべて持っている音源ながら、かつ9,000円と高額ながら購入したが…。予想どおりでもあるけど…。

 

 

そのアルバム『思い出』のDISC-6。私の中では「輝く時代(とき)」「終わり無き愛」「冷たい雨」が際立っていい。

 

「輝く時代(とき)」

2006年5月リリースのアルバム『現実』2曲目

 

 

先日も書いたが、なんと言っても、2006年6月17日、松山千春デビュー30周年ツアー初日、幕張メッセイベント・ホールが強く記憶に残る。音でも覚えている。

 

この日のコンサートはかなり前方席で、すぐそこで松山千春が歌うこの上なく幸せな時間と空間だった。

 

本編ラストが「輝く時代(とき)」

 

 「最後に君の 手を握りしめ 少しだけやせたかな なんて悲しいんだろう」というところ、とくに「やせたかな」の部分、感情をたっぷり込めてそっと歌うような歌唱が本当に見事だった。 

 

その後の会場ではここで「egoist:エゴイスト 自己中心主義者」が多く歌われるようになったので、この時「輝く時代(とき)」を聴けてよかったと今でも思う。

 

「青春という 輝く時代を 
ふり返る日が 来るのだろうか」

 

大学生の長女と長男に「”青春”ていう言葉、知ってる?」と遠慮がちに聞くと、「はあ??何となく聞いたことはあるけど、ぜんぜん使わない」

 

そうだろうな。今の若い人たちは使わないよな。どちらかと言えば、年齢を重ねた人たちが若い頃を振り返って言う時代の総称的な響きがあるし。

 

今、その青春のど真ん中にいる若い人たちが、青春だ~、と感じることはないでしょう。

 

 

サミュエル・ウルマン(1840-1924米)

 

<サミュエル・ウルマン>

 

「青春とは人生のある期間ではなく心の持ち方をいう。(…)ときには、20歳の青年よりも60歳の人に青春がある。年を重ねただけで人は老いない。理想を失うときはじめて老いる」(サミュエル・ウルマン/「青春の詩」)

 

昔を思い出して、よくここまで頑張ってきたなぁと思うことはあるが、52歳と言っても、これからの未来を思う。まだまだやりたいことがある。

 

過去の結果として今があり、未来の原因としてまた今があるわけだから、常に流れ続ける「今」という時を必死に生き続ける。

 

明らかに恋愛の歌だけど、肩の力が抜けて淡々とこれからも歩き続けようという前向きさを感じる。同じ恋愛の歌なら、こういう歌をもっともっと歌って欲しい。

 

アルバム『思い出』の91曲分の歌詞の後ろに、松山千春本人へのインタビューが掲載されていて、「輝く時代(とき)」についても語っている(ボールド箇所が松山千春の語り)。

 

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―青春を振り返る歌ですよね。

 

30代、40代になって振り返ってみれば「あの頃はまばゆいくらいに輝いていた」、これは誰しもが思うことだろうな。例えば、まさに今二十歳ならば構わないけれどな、30、40になって今思い返してみれば、輝いていた時代があった。そういう曲だよな。

 

―「少しだけ痩せたかな、と思う私がとても悲しい」。それは今、青春を振り返っていてのことですか?

 

いや、これはただ単にさ、久しぶりに手を握ったら「あ、おまえ少し痩せたか?」と思って、その時に「ああ、俺と過ごしていた日々が、おまえにとってどれほど幸せだったのか」と思う、そういう意味だな。

 

―「痩せた」というか、やつれたっていう意味合いですかね。

 

うん、そういう意味もあるな。

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