先日、長渕剛さんが「キンスマ」の中で語ったお母様のがん闘病と認知症について、東大医学部附属病院放射線科准教授で、がん教育普及に尽力されている中川恵一先生が以下のとおり書いていた。
有り難くも中川先生とは何度か個別にやりとりする機会があり、講演会にも参加してきた。
患者さんに向ける優しい視線と温かな対応にお人柄がにじみ出ている。人々にがんに関する情報をもっと伝えることで、がんにより命を落とす人を減らしたいという願いから、日々行動されている。
中川先生は日本経済新聞(夕刊)で毎週水曜日に「がん社会を診る」という連載をもう6年、続けられている。この連載をまとめるかたちで、2019年末、『知っておきたい「がん講座」 リスクを減らす行動学』(日本経済新聞出版社)として出版された(以下表紙写真)。
以下の記事では、高齢化社会を象徴する病気ががんと認知症。がんに対しては「早期発見・早期治療」がセオリーとしつつ、認知症を併発した場合、そのセオリーと認知症をどう捉えるか、どういう距離感で対応していくのか、問題提起されている。
長渕剛さんが母の介護を告白 認知症併発のがんは待機療法も一つの手段に 2/1日刊ゲンダイ
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200201-00000013-nkgendai-hlth
【Dr.中川のみんなで越えるがんの壁】
歌手の長渕剛さん(63)というと、男気あふれるライブパフォーマンスで知られます。そんな魂の男がテレビ番組で語った、今は亡き母の介護秘話は、これからの日本の姿を象徴しているかもしれません。
報道によると「巡恋歌」「順子」などで人気歌手になった1981年、25歳の時に、母(当時53歳)が末期の大腸がんであることが発覚。
手術で一命を取り留めたものの、3年後に今度は、若年性アルツハイマー型認知症と診断されたそうです。
認知症の診断から5年後には、母を自宅で介護しようとして、「お風呂で母の陰部まで洗った時に『母ちゃん、ごめん、オレ、無理だ』という気持ちになりました」とつらい思いを吐露。結局、病院に頼ったことで、面倒を見てあげられない自責の念で涙を流したといいます。
歌手として脂の乗った33歳。長渕さんでなくても、若くして認知症の母を介護するのはショックでしょう。
私が生まれた1960年、人口に占める65歳以上の割合は6%程度。しかし、今や高齢化率は世界最高の26%に上昇。20年後には、3人に1人が高齢者になるといわれます。高齢化によって生まれる病気が、がんと認知症ですから、今後、長渕さんのような介護を余儀なくされる人が増えるのは明らかでしょう。
がん単体での付き合い方は、早期発見・早期治療がセオリーです。検診をきちんと受けて1期で治療を受ければ、95%は治ります。がんになる人は3人に1人が65歳以下の現役世代で発症しますから、仕事と治療の両立も難しくありません。引退後の生活も楽しむことができます。
しかし、認知症を併発したがん患者さんが増えると、どうなるでしょうか。セオリーが当てはまらなくなるかもしれません。すぐに症状を出さないタイプのがんは、経過観察にとどめ、積極的に治療をしないケースが増えると思います。
■前立腺がんはPSAでフォロー
たとえば、前立腺がんは日本人男性で急増しているがんです。がんが小さく、悪性度が低いタイプは、治療をせず、PSAという腫瘍マーカーの推移を見守る待機療法という手段が、今すでにあります。PSAが上昇して、がんが悪化しそうな時に治療するスタンスです。
そういうタイプの前立腺がんは進行が比較的遅く、がんが悪さをする前に寿命を迎えることがあります。寿命を縮めないのなら、治療しなくていいのではないかという考え方です。
今後、そういう考え方が、他のがんでも広がっていくかもしれません。長渕さんの報道に触れ、そんな気がしています。
(中川恵一/東大医学部附属病院放射線科准教授)