<2024.08.10>ライブ音源挿入
<2023.02.05>公式音源2本挿入

<2019.03.22>起稿

 

 

 

弾き語りライブ音源、松山千春「帰ろうか」、久しぶりに車中で聴いた。

 

本稿一番下に挿入したライブ音源。1979年12月5日、日本武道館で開催されたコンサートツアー「失くした心を…」で歌っているもの。いつ聴いても新鮮で、感動する。

 

そのライブ音源には「卒業」「君が好きさ」「季節の中で」「夜明け」「帰ろうか」「失くした心」の順に弾き語りで、最後に「大空と大地の中で」(バック演奏あり)が収録されている。

 

また、以下のライブ音源(1978年4月22日(土)のライブ:年月日、曜日照会済)の「帰ろうか」もまたいい。漂う雰囲気や松山千春の声。松山千春を聴き始めたあの頃のシーンが蘇る。

 

 

 

「帰ろうか」はシングル「恋」のB面。リリースは1980年1月。なので、一番下の日本武道館ライブはリリース直前に歌っている。レコードと同様に出だしの部分はスローなアルペジオで、すぐにストロークに変わる。

 

音からして、また当時(今も基本はそうだが)ワンステージで曲によってギターを換えることをしなかったことを考えると、使っているギターはオベーション・スーパーアダマスだろう。よく響いている。

 

はっきり好みが分かれるが、あのギターの音の魅力と威力は弾いてみないと分からない。

 

松山千春流と言ってもいい、粗削りな弾き方ながら当時はギターにも松山千春の感情が乗り移っているようで、哀愁漂う声とギターが一体となって伝わってくる。40数年前、この声とギターに衝撃を受けた。

 

 

中学2年の時、「帰ろうか」も収めたシングルコレクションアルバム『起承転結Ⅱ』がリリースされ、この曲に本当に感動して、こればかり聴いていたところ、母の琴線にも触れたらしい。

母が入っていた大正琴サークルの発表会の折りの演奏曲として、琴の先生に推薦していたことを思い出した(採用されなかったが)。

 

松山千春の歌はAメロからサビに入る曲が結構多いと感じているが、この曲の構成はAメロ-Bメロ-サビの、一般的に言われる基本パターンを踏んでいる。

 

まぁ、シンガーソングライターが作る曲は、歌詞もメロディもその人の感性で湧き出て来るまま、決まりきったパターンは必要ないとは思っているが。

余談だが、”私はあなたを愛している”を英語で言うと”I LOVE YOU”。同じ意味でも日本語の方がより多くの言葉(単語、助詞など)を要する。

そういう日本語の特徴から、歌詞の内容を区分するために歌詞にブロックが生まれ、そこにA、B、サビなどの違うメロディが付いてきたというような話しを聞いたことがある。それにより、多くの言葉、内容を盛り込むことができ、違うメロディでストーリー性を演出することがきると。

Aメロ-Bメロ-サビ…メロディの呼称ながら、実際には歌詞の内容による分割呼称の意味も含んでいるらしい。

 

故郷の父や母は元気だろうか。友達は何をしているだろうか。

応援してれる人たちがいるから、東京で頑張ろうと思う。

応援してくれる人たちがいるから、中途半端なことで故郷に帰ることはできない。

東京で一人流す涙は、拭わずともいつしか乾いている。

 

やっぱり故郷に帰りたい。故郷に帰ろう。

あの時描いた夢や憧れは、今や疲れ果て色あせている。

弱いとか情けないとか、何と言われてもいい。

 

主人公の葛藤を絡めて故郷への思いがストレートに痛いほど伝わる。
 

私としては、歌詞の底にある「…でも絶対に帰らない。結果を出すまでは絶対に故郷には帰らない」という決意をいつも聴き取ってきた。

 

 

「帰ろうか」

(1980年「恋」B面Ver./キャニオンレコード)

「帰ろうか」

(1986年RemakeVer/アルファレコード.)

 

今はただあてもなく 風にこの身まかせ
よせる人波に さからうこともできず


帰ろうか 帰ろうか まだ寒い北国へ
だけどそこには 僕の愛した人がいる


あふれた涙は いつしかかわきはて
何もできず過ぎた 時がはかない
つかれはてた夢は 色あせて

 

夢を見て夢を見て 遠い街にひとり
だけどこれ以上 心にうそはつけない


帰るんだ 帰るんだ まだ寒い北国へ
弱い男とよばれても かまいはしない


あふれた涙は いつしかかわきはて
何もできず過ぎた 時がはかない
つかれはてた夢は 色あせて


何もできず過ぎた 時がはかない
つかれはてた夢は 色あせて

ラララ… ラララ…


松山千春 日本武道館公演(1979年12月5日)