1985年7月、松山千春アルファレコード移籍第一弾アルバム『明日のために』がリリースされた。

その前月、受験勉強の合間を縫って山梨県民文化ホール(当時)でのツアー「虹のかなた」に行った。

 

いつものリズムで松山のアルバムリリースやツアー情報が来ない。それはNEWSレコード倒産という事態が大きく関係していたのだろう。

 

当然ニューアルバム発売前のライブ。まったく知らない歌も多かった。

 

このアルバムのとくにB面5曲には、一旦は夢破れた松山の傷心が色濃く反映されていると感じているファンの皆様は多いことだろう。

 

 

A面5曲はどういう心理状態であれ、松山が普通に作るであろう歌が並ぶ。

しかし「愛を奏で」「街角」は私の中では別格、今も大好きな2曲だ。

 

このアルバムとともに蘇る松山の状況に加えて、もうひとつ、個人的な感慨がいつも浮かぶ。

それはこの1985年の夏から、大学受験勉強がそれまで以上に本格化したことだ。

 

山梨の夏は暑い。そこで県内の涼しい地域の民宿を借り切って2週間「勉強合宿」を張った。仲のよかった友達十名ぐらいで、朝から夜中までひたすら勉強した。

 

分からないところがあると、それを得意科目とする友達にすぐに聞ける。

 

夏休みを終え通常授業が始まっても、15分の休み時間や昼休みさえも、クラス全体は黙々と勉強する。あれほど勉強したことはない、と言えるほど勉強に没頭することが一生に一度は必要だと思うが、まさにあの時がそうだった。

 

高校の卒業アルバム制作の実行委員に選ばれた。私は編集後記も担当したが、そこにはこのアルバムの中の「虹のかなた」の歌詞をベースに文章を作った。

それは今も卒業アルバムの最後のページに残っている。

 

その春、ほとんどの友達がそれぞれの大学に入学するため、山梨を旅立って行った。

アルバム「明日のために」は私の大学受験時代の思い出と切っても切れない作品だ。

 

『明日のために』のB面。

ちなみに多くの方々がそうかも知れないが、当時のLPレコードは現在のようにCDが全10曲なりを通しで再生するのとは違う。

 

5曲終わるとレコードを裏返す作業が必要だった。この作業が、そのアルバムにストーリー転換を与えていたような実感があった。

 

戦争や核兵器使用への抗議とも言うべき「いつの日か」で始まる。そうした時代に君は歌で抗議する思いで歌い続けてきたが、その前に自分の夢が砕け散ってしまった。

「ひとりぼっち」になってしまった。流れる涙を止めることができない。

 

失意の底にある時、思い出すのは過去の思い出ばかり。いつの日か思い出が「君の友達」になった。振り返ることに慣れてしまった。もし僕の言葉が届くのなら、涙は君の心で止めておいて欲しいと願う。

 

過去の出来事が蘇る。あの時の友達も。シーンも。

それぞれの望みを持って、それぞれの道を歩み始めた。でも僕は今ここでひとりぼっちになってしまった。見上げれば「虹のかなた」にいくつもの戻らない日々の思い出たちが浮かんでは消える。追いかけても決して追いつけない、束の間の青春だった。

 

でも、そんな失意のどん底にあっても、決して自分の夢は諦めない。歌うことを絶対に放棄しない。こんな挫折にへこたれてたまるか。

 

そんな君の決心を見て思う。最後の力を振り絞って、また歩き始めて欲しい。そしてそのあなたの尊い涙のひと雫私にください。「明日のために」

それを糧にまた新たな決意で歩き出すから。

 

まさに松山千春の世界そのものだと今でも心から思う。言葉の意味が適切でない面もあるが、このアルバムは松山千春の「金字塔」だと思う。

 

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(余談)

松山はよく"恋愛三部作"と言って、同じような曲を毎回ライブで並べてくる。それはそれでいいけれど、もっと深みのある「連作」がある。たとえばこのアルバムのB面の五曲がまさしくそれだろう。

 

この年齢になれば、私個人は特段恋愛の歌にときめき感動することはほとんどない。


お気持ちを否定するつもりもない。申し訳ないが、
”僕は北からやってきた男。君は南の国の女の子”かどうかはどうでもいい。

”どんなふうに君を愛したらいい?”と歌い捨てられれば、どうぞご自由にとしか思わない。

”ハッピーバースデイと言えば、ONLY YOU ONLY YOU”、それはそうだろう。

 

むしろ人生の酸いも甘いも、成功も挫折も全部含めた「人生の歌」「生き方の歌」、そうした歌を聴きたい。

 

幸い、松山が生み出した楽曲にはそうした曲が多数ある。それらこそが松山千春流の「フォークソング」ではないのか。

 

そういう曲にスポットを当てて、生まれ変わったようにステージでのセットリストやトークの構成も練りに練って、もっともっと私たちにライブで届けて欲しいと願っている。