1月22日の大雪の残雪がまだ街の至る所に残っている。

そして2月1日と2日、また東京に雪との予報が出ている。雪だるま雪

もしまた降っても、すぐさま雪かきだろう。

 

私が生まれた山梨県は甲府盆地。夏は異常に暑く、冬はとにかく寒い。

当時はワンシーズン3回ぐらい雪が降った。しかも降るときはほとんど大雪。

 

高校まで自転車で片道約40分。雪が降った帰り道は、自転車の車輪が雪だらけでうまく回らなくなり、とても辛かった。

松山千春アルバム「歩き続ける時」。1978年リリース。珍しく松山も数曲、アコースティックギターで参加している。私の中では今でも松山千春のオリジナルアルバムの中で最高峰。

 

すべてが衝撃的な曲ばかりだった。

その中の「雪化粧」。理屈抜きに感動した。

 

「街はとても静か 白い雪が降りつづく

寒い部屋の隅で 僕はため息

そんな時も君は 長い髪をかきなでて

僕に笑いかける 寒くはない と」 

 (松山千春 雪化粧)

 

アコースティックギター中心のシンプルなアレンジが、冬の寒さ、雪の白さ、息の白さをストレートに伝える。歌詞にもあるとおり、街には雪が降り積もり、ほとんど車も走っていないだろう。

街灯が雪だけを照らす映像も浮かぶ。

 

 

主人公の男女がいる部屋の寒さ、殺風景さも伝わってくる。歌詞を読むと、その2人がいる時間はとても短い。

 

一瞬といってもいい時間を切り取って歌詞にしている。そして男女がそれぞれを思う心がとてもよく伝わってくる。

 

松山の歌詞の世界では、男女がいる部屋は大抵殺風景。小さな部屋を舞台にしつつ、そこにいる二人の心、感情を中心に伝えるためだろう。松山流と言ってもいいかもしれない。

 

「神田川」の歌詞からはその情景がよく伝わるし、中島みゆきやさだまさしが同じ部屋の情景を歌詞にしたら、テーブルとか本棚、窓やカーテンなどを見事な表現で擬人化するのかもしれない。


ちなみに長渕剛の「白の情景」。歌詞の最後に「雪降る限りなく 白い場所に お前と二人でいこう」と綴るだけだが、曲の雰囲気とアレンジ全体から降り続く雪と情景の白さがよく伝わる。

高校時代、雪が降って下校が早くなると、家でよく「雪化粧」を弾き語りした。

当然家の周りには30cm、40cm雪が積もっている。

 



あの時と同じ松山の声、歌い方、アレンジ、自分の心境でもう二度と聴くことはできないだろうけど、初期の松山千春と私とのつながりの原点とも言える曲。

いつまでも大切にしたい。

 

そして2018年春の弾き語りツアー、季節は違えど、ぜひともセットリストに入れて欲しいと願う。

後年「雪化粧」はリメイクされ、そのときはとても嬉しく、何度も聴いた。


しかしその後秋のツアー、アンコールラストの曲に、雪を降らせる演出とともに定番化した。


参加するツアーの度に聴いていると、自然とお腹いっぱいになる。しかも秋のツアー、どの曲であれ、最後は雪を降らせる。私の感覚では、思考停止状態の演出にも正直飽きている。

 

せめて、本人曰く「愛の歌をお届けする」ライブ一部の最後などに、雪を降らせず置いてくれればと願っている。