<2025.10.29>再掲
<2024.02.17>公式音源挿入
<2020.12.17>起稿
「流れる季節を感じているよ 風の歌を歌えるよ」…松山千春「全てです」
昨日今日、一応寒さは感じているが、今年は流れる季節を情緒豊かに感じるどころではなかった。
コロナに頭を押さえつけられ、コロナ対応に追われ、2月上旬からの記憶がなく、一気に今に至っているような感覚。
職場の仲間たちと協力して、コロナの影響によるいくつもの仕事上の大きな壁を乗り越えてきた。よくここまでやって来られたと心から思う。
職場の皆には感謝しかなく、仕事納めの日には私のポケットマネーでケーキでも買ってきて、ささやかな慰労会をオフィスでやろうかと考えている。
松山千春のオリジナルアルバム『笑っていたい』は1998年10月にリリースされている。ついこの間リリースされた気がするけど、もう22年も経つ。
リリース当時に聴いた時よりも、私の中に入ってくる曲が多いと感じながら、今移動の車中で聴いている。
2曲目の「全てです」
メロディー、歌詞、アレンジ…松山千春の世界そのもの。スリーフィンガーのアコースティックギターが響く。アルバム全体でミュージシャンを記載しているので曲ごとには分からないが、アコースティックギターで笛吹利明氏も名を連ねている。
昨晩、弾き語りした。ステージで松山千春が歌い、それを客席で聴くあの空間によく似合うような気がしている。

この歌の中の「僕」は、失敗や挫折を経験して、それを自分の中で捉え直し昇華しつつある頃か。
失敗や挫折は本当に骨身にしみる。情けなくて仕方ないほどの、どうしようもないほどの、小さな小さな自分をまじまじと見るものである。”他に何もない…”
失敗や挫折を他人や環境のせいにしているうちはそうはならないが、そこで真っ直ぐ自分自身と向き合う時、その失敗や挫折に意味を見出し、自分の糧として捉えられるようになってくる。
その過程で、「流れる時間を感じているよ 生きることの楽しさを」というという心境になるもので、この歌から伝わるものがよく分かる。
順境の中で突っ走っている時には決して見えなかったものが見えてくる。
これまで気づかなかった自分の別の一面が開拓され、自分自身がそれを発見する。周囲に対して優しくなれる。人間的に懐が深く、大きくなっていく。
新しい自分が、進行形の中での現状で「これが全てです」「僕はそれでいいんです」と言えるようになる。
決して自分の殻に閉じこもって言うのではなく。 それが本当の自分だったりするし、その自分をいつも成長させていたいと思う。
そうやってひとつひとつ丁寧に向き合っていった時、失敗や挫折が持つマイナスの要素は本来ないのかもしれない。
コロナ下で、これまでのいろいろなことを考えた。いい意味で物事の捉え方が変わり、自分の内面も変わってきたと感じる。この感覚を自分の中にうまくとっておきたい気がしている。




