喧嘩しながらも、何もお祝いしないでも、そのカタチはどうであれ、毎年結婚記念日は夫婦お互い「結婚記念日」にふれていた。






今年はふれなかった。
それはお互いの肌にさわるという意味ではなく、お互い話題にも出さなかったという意味。






私はどうしようかずっと頭の中では考えていたから触れていたことにはなるだろうけど、何もアクションしなかった。






夫と共有しなかった。







3月から夫のご飯を作らなくなった。
「作らなくていい」と言われて、本当に作らなくなった。






過去にも同じように言われてきたけど、それでも頑なに逆らってご飯だけは作ってきた。何度言われても作ってきた。だけど本当に作らなくなった。







結婚記念日だから久しぶりにご飯を作ろうか考えた。きっと夫に聞いたら「作らなくていいよ」と言われるだろうと思った。勝手に作ろうか。







ふと思う。だけどそれって誰のためなんだろう。








相手のため、2人のため、自分のため?







‥今までなら絶対作っていただろう。
今思い浮かぶ最善の行動はご飯を作ること。
もしかしたらこれがキッカケで何か変わるかもしれないって思ってる。







結局自分のためか。







今までしなかった行動をとろう。
「作らないこと」を選んでみた。







夫はカップラーメンを買ってきていた。
もしかしたら私が何か作っていた時に食べられるように賞味期限の心配をしないものを選んだのだろうか。







結婚記念日にカップラーメン。
いつまでも部屋から消えない匂い。






同じ食事をするって思っているよりも情報を共有していたんだと思う。だから私はご飯を作ってたんだ。








夫と私はもしかしたら今共有している情報がないかもしれない。









自分の思考を変えて、選択を変えて、どんどん離れているように感じる。








それと同時に感情的になることはなく、夫がしてくれてることに目が向くしフラットに接している。






だけどどこか他人というか、ただ一緒に住んでる人になっている感覚がする。とても遠くに感じる。







3月に強烈に放ったゴール

支え合う夫婦になりたい

仲の良い夫婦でいたい

唯一の味方でいたい

そんなパートナーシップを築きたい








あったかい家庭を築くこと

安心安全の味方のいる場所をつくること








そのゴールに向かっている気がしない








だけど、それでも私は今までの選択とは違う選択をしていき、現状を小さく変えていく。





たかまる