「時間がない」って言った瞬間、時間を生み出す選択肢を狭めてる気持ちになるから極力使わないようにしてるけど‥…本当に時間がない笑。











矢継ぎ早に「ママ」と呼び欲求を投げてくる3歳児との暮らしの中で『言葉をじっくり読む、じっくり紡ぐこと』が今とても難しい。











しかも私の今触れたい文章はじっくり読んでも分からないものが多い。じっくり読んでも理解できないのに流し読みでは頭に文字が全く入ってこない。










今の私に与えられた1日40分の自分時間(往復通勤時間)でどこまで近付けるのか、そのジレンマと戦いながら毎日取捨選択して奔走してる。










今日は久しぶりに4時に目が覚めたのでブログでも書いてみようとAmebaアプリをインストールした。書き始めるや否や私のスマホの光で娘が起きたので一時中断…オーマイガー。

何とかもう一度寝かしつけて布団に潜りながらこれを書いている。









年末にスマホが急に文鎮化して写真やアプリが全て消えたから必要になってはじめて「そういえばアプリない」って気付く。








半年前までは毎日使ってたAmebaアプリだけど今の私にとっては無くても気付かないくらいになってしまってるんだな。








たしかに今は事細かに丁寧にブログで日々を記録するのは難しいけど、私にとって記録することは変わらず大事なことだからthreadsで書いたりしてる。







やり方はその時々の生活に合わせればいい。

アウトプットすることが自分にとって大事なことということは変わらない。







それにしても相変わらず本題に入るまで長い。

本題を忘れるくらい前置きで話が飛ぶ飛ぶ。

本当はそうやってだらだら綴りながら目的地がコロコロ変わる言語と思考の旅に出るのが好き。






しかし今の私の猶予では目的地に直行することすら危ういのだ。早く本題を書くのだ。




​逆の意見を言う練習 




職場で頑張っていること。






雑談でイエスマンにならないこと

(仕事ちゃうんかい)




私は今まで職場での雑談でものすごくイエスマンしてきた。当たり障りなく雑談を流してきた😂








特に年上の人との会話や4-5人以上での会話で発揮される。







逆の意見を言うと共感してないみたいで相手ががっかりした顔になってそのあと続く言葉をやめたり話が盛り上がらなかったり、自分に注目が集中したり、変な空気が流れるのが苦手でその場を取り繕ってしまいがち。









「分かるーーー」っていうのは簡単で穏便😂








わざわざ言わなくていいことは言わないけど雑談で出てくる「今日寒くない?」くらいには自分がそうじゃないなら「私は寒くないよー寒いん?」って言えるようになりたい。





というわけで、毎日肚に力入れて本当のこと言う練習してる。何で私こんな逆の意見ばっかりなんやろって思うくらい😂





年明けの仕事始め、1週間長かった? 





お昼休みに「やっと金曜日やな。長かったー。今週長くなかった?」って聞かれて…







きたー😂🙈






これは「分かる〜長かったーしんどかったですねー明日から休み嬉しい」って言って盛り上がる場面やん?








その方が楽しい休憩時間過ごせるやん?







目先の短絡的な快楽に溺れそうになるけど…いつでもどこでも自分の感じてることを素直にアウトプット出来るようになりたいから定型文を小さく壊していく。(波風立てるってことじゃない)







あっという間に金曜日やなって思ってたんです、私ー!





無事に本当に感じてることを言えました。







「えー!」って言われたけど別にそのあとも話は続いた。ただ同調してないから関係は深まってないかもしれない笑。






ほんとにそれ同調したい? 







私は同調しないことに罪悪感感じやすい。

同調することで繋がりを感じやすい。








今までそうやって人との境界線を曖昧にしてきたけど、このところ少し変化してきた。








【人と違うこと】【区切る】ということに抵抗が薄くなってきてるかもしれない。








なぜなら、小さなことでも、本当は思ってなかったとしても、まだまだ私のような未熟者がずっと気軽に同調していたら…知らぬ間にいつのまにか本当に相手と同じように思い始めてしまう怖さを、情報空間のフラクタルを、体感しているから。








「仕事行くの嫌、早く休みになってほしい」って思ってないから。働くの楽しいと思って毎日過ごしたいから。だから使わない言葉を選ばない。








同調しない孤独を引き受けていきたい。







たかまる花