過去の自分と向き合う中で
『やっぱ、アレ良かったよなー』ってことも
こんなダメダメな私にもあったりします
『残しても良さげなところは残していこうかな』
最近はそう思うようになりました
例えば、バッグ
独身時代には
大きめの(お仕事用や1泊2日の旅行程度)の
ショルダー付きのバッグ
オケージョンの際にも活用出来るハンドバッグ
この2つをベースに
夏にはカゴバック、冬には冬素材のバッグ
リュック、プチプチバッグを所持していました!
が、母親になり何を持って良いのか
分からなくなって
そこから迷走入りしたと思います…
買い替えたくとも買えなくなったってことも
大きかったですね
そして、夫と結婚し
迷走から暴走へ
ブランドバッグを買い漁ってました
そして、お金と向き合うこととなり
今はルイヴィトンが一つ残ってるだけ…
手放したことを後悔はしていません
買ったことを後悔しています
今もブランドバッグは好きです
良きものは良いです
ただし、私の今の生活にエルメスもシャネルも
おかしい…
分不相応なんです…
だから、持たないって選択です
ブランド品に囲まれて
ブランド品を購入出来ていた頃の私は
欲しいものを見つけること
ブランドショップに入ること
『買って開封するまで』が1番楽しく
そのプロセスで自分の欲を満たしていたのかな?
と思います。
後は持ってると人からの視線を感じること
自己承認欲を満たす為のものだったと思います。
今思えば、
寂しさや惨めさを満たす手段だったのかな?と…
でも、その欲があったからこそ
夫との関係が良好だったとも言えますけどね
20歳の失恋以降、
愛は手に入らない
だから、お金を手に入れて
自分の欲を満たす
私がホントは欲しかったものは
お金でも贅沢品でもなく
私が好きなひとから好かれること
私に分かる•伝わる好きだと言う言動
だったのでしょう…
それが手に入らないから
私はお金への依存執着に堕ちた
自分で稼げていた頃はまだ良かったけど
男性の経済力に頼ることを知り
私はそこで性へも堕ちた
愛への欠如の結果、お金や性へと堕ちた
そのトドメがNであり夫だった…
偽物ツインくんもリハビリさんも
お金が自由に使える立場のひとではなかった
それで良かったのだと今は思う
欲や見栄を手放すことで
性とは正しく向き合うことが出来るようになった
それは、寂しさや惨めさと正しく向き合うこと
にも繋がった
だから、ラスボスが登場したのだも思う。
さすがに、登場には戸惑ったけど
でも、ラスボスの投稿を見てメンタルが
サイレント初期みたいに落ちることはなかった…
『やっぱりな』ってくらいだった
もし、私が夫との離婚を現実にし
Nの元へと進む日が来るなら…
私はスーツケース一つで旅立つつもりです
さすがに、身の回りのものは要りますから
その時は、Tシャツにジーンズのような格好で
って思ってます
1番欲しいものがあるのだから
それ以外は自分に必要なものが適量あれば良い。
私の人生迷子もそろそろ終盤かな…
多くのお金を使った
多くの恋愛もした
それらは、寂しさと惨めさを満たす為のことだった
満たす為に必死だったのだと思います
でも、それは『方法』を見誤っていたのです
だから、一向に満たせなかった
ひとに依存執着して満たすと言うやり方では
なくて
自力で満たすこと
そこに人生迷子を止める光があったのですね…
気付かなかったし、気付けなかったな
私が思うことは…
ブランド品が悪では全くないってこと
正しく向き合えば自分を高めてくれるもの。
私のように『愛』の代用とするのは
やめておいた方がよいかな…
私の身の回りにあるものは
『愛』の代用品に過ぎないな
だから、私は代用品ではなく
『愛』を持ってものと向き合う
リアルな表現だと
離婚後に持っていきたいか否か!