劇場版コードブルー | おっさん世代が考えること。

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半世紀も生きてくると、世の中がわかった気になって、思い通りにならないと機嫌が悪くなる。いわゆるわがまま。だけど、結構、筋が通っていると思うことが多い、今日この頃を綴るブログ。

フジテレビが大々的に宣伝している、「劇場版コードブルー」を平日、金曜日に見てきた。さすがに、1か月たっているので、顧客はガラガラであった。

 

当日券を買うときに、どこに座るか聞かれたが、マイナーな小さなスクリーンで見ることが多い自分は「一番前」と、考えることなく行ったのだが、「一番前ですと、スクリーンを見上げる形となり、首が痛くなるかもしれませんが、、、」という、チケット販売のお姉さんのアドバイスにもかかわらず、「大丈夫です。」と一番前に座ったのだが、ガラガラの劇場で観客は、真ん中付近に固まっており、一番前は、まったくの孤立無援だった。そのうえ、お姉さんの指摘の通り、スクリーンを見上げる形となり、極端にいうと、スクリーンが台形に見える感じだ。これは、劇場デザインとしては、完全な失敗作ではなかろうか???

 

ま、それは良いとして、コードブルーである。

シーズン1からシーズン3まで、9年の時が流れており、シーズン3終了から3か月というのが、劇場版の設定らしい。

 

端的に結論から言うと、わざわざ映画館に行くほどのものではなかった。フジテレビの宣伝では、まるで、成田空港と海ほたるの事故が同時に起こるかのような宣伝だったが、映画では、かなりのタイムラグがある。一つの事件が起きて、しばらくして次の事件という感じだ。

 

 主なエピソードは、最初に成田で事故が起こる。たまたま、ボストンから帰国した藍沢が居合わせ、救急救命活動に加わる。この時、スキルス性のがん患者で、肺挫傷で救命に運ばれ入院することになる女性の話。彼女は結婚する予定だったが、結婚前の検診でスキルス性のがんが発覚し、すでに、いつ死んでもおかしくない状態にある。婚約者と彼女は、彼が未来にしっかり生きていけるために、結婚式を挙げるのだった。そして式当日、彼女は死亡する。

 フライトナースの雪村の母親が、救急救命に運び込まれる。奇跡的に、一命をとりとめるが、ひどいアルコール中毒患者であった。雪村は関係を拒否。藍沢は「それも一つの選択。罪悪感を感じる必要はない。」と理解を示す。

 海ほたるの事故では、駐車場の車の中に鉄管で体を貫かれたケガ人を白石と、藍沢が助けようとしていた。金髪に染めた、青年がその息子だった。12歳で家を出て、今では、家庭を持ち、「俺の人生は、あんたになんて潰されなかった。」ところを父親に見せに来たのだという。雪村は、アルコール中毒の母親から逃げた自分を、その青年に投影する。

 後に、雪村は母親と対峙する。何かを感じた母親は、自ら、ちゃんとした施設に入って、治療することになった。

 

 海ほたるの救急活動の最中に、藍沢は雪村をかばって、電撃を受け意識不明状態が数日続いたが、最終的に回復して、して、それぞれの道に旅立った。

 

 ほかに、脳死患者の臓器提供、藤川と冴島の結婚、緋山と緒方の進展などの話が盛り込まれている。

 

という流れだが、各エピソードの堀が浅い。時間の制限もあるが、その分だけ感動も薄くなってしまっている。やはり、ドラマのほうが、物語を深めることができるようだ。

 

 もし次をやるのであれば、ドラマでじっくりやるか、スペシャルでのように1つの事故だけを扱うようにして、内容を深めて物語を作ってほしいものである。