「税と社会保障の一体改革」などの、ま~、マスコミが喜びそうな、逆の見方をすると、官僚に情報統制された内容に関して、批判的な論評をするのが一般的な、野口悠紀夫先生の文章なのだが、残念ながら、問題の取り方のスコープが小さすぎる。それでは問題の解決にはならない。
確かに、野口先生の言っていることはごもっともなのだが、ごもっともだけど、「それが何か?」という話だ。
今の経済状況は、供給力過剰というのが資本主義経済を根本から揺るがす課題であることは、大局的視点から見ると明らかだ。市場の需要より大きな供給力を持っていた場合、増産をする必要はないので、雇用は生みだされない。更に、競争社会であるから、価値を生み出す効率を上げて、コストダウンを図らなければならないが、その結果は、労働力の削減であり、必然的に、雇用が減少していく。
雇用が減少すると、所得が低下するので、消費が冷え込んでゆくことになり、益々、需要が減少する。こうして、益々、供給力が過剰となる。
当たり前と言えば当たり前だが、すべての産業でこういうことになっているわけではないが、少なくとも、製造業においてはほとんどの分野で、供給力過剰または、遅くない時期に供給力過剰になるというのが、科学技術の発展を手にした人類の今の到達点と言ってよいだろう。
課題は明確だ。需要のある産業を拡大する施策を打つこと。それによって、雇用を生み出し、所得を拡大することによって、お金を実体経済に流通させるようにすることだ。金融政策では、実体経済へと流れる状況にはないので(投資する場がない状況で、借金をする企業はない)、実体経済へお金を直接流す施策が必要だ。利権構造が絡むので、また、きわめて大きな不公平感を生み出す可能性があるので、直接、消費市場にお金をばらまくのは政治的に難しかろうとは思うが、それをやらなければ、経済は動かない。
これでも、当座しのぎでしかないことは明らかだろう。格差の拡大は、今の経済基盤を維持する限り不可避だからだ。格差は、市場の貨幣の流通を阻害する最大の要因でもあるので、本質的には、今の経済基盤を根こそぎ変えなければ、社会の発展は得られない。それには、大きなパラダイムシフトが必要であり、統治構造と経済構造の基盤を根こそぎ変えるということに、人類として同意できる状況にならなければならない。
インターネットこそは、この抜本的なパラダイムシフトを生み出す土台となるだろうと予想できる。