実家から持ってきた僕自身、父の死がどこか漠然としながら迎えた母の死は、この歳になっても、なかなか遺品を処分するに至るまでは時間がかかった。自分の記憶にある何よりも強烈なのは、その声と温もりと身につけてたもの。服やアクセサリーを、生前親しかった方々に形見分けとして、もらっていただいたら一気に楽になった。そして、自分が生まれる前の、青春を謳歌している時代の両親の姿を古いアルバムで見つけると、なぜかすっと軽くなったものがあった。その代わり、時々書き留めた文章に、どんな想いをさせた息子だったか、かいま見えて堪らない想いになることもある。山のような服の量も、それだけ!心に埋まらない寂しさがあったのかと、取り返しのつかない、答えの出ない、申し訳ない想いにおしつぶされそうにもなる。が、そんな記憶や想いと全くつながらない、面白いものも時々あって、なぜかホッとする。例えばこの木彫りの鳥。謎だ。。。でもなんとなく気に入ってね。