「卍」のマークを目にして、アントニオ猪木の必殺技、谷崎潤一郎の小説、それを原作とした樋口可南子や高瀬春奈が脱ぎまくっていた映画、はたまた青森県弘前市の市章など、思い浮かべるモノはさまざまだが、このマークを反転させると、そのままナチス・ドイツのシンボル「ハーケンクロイツ(カギ十字)」となるため、とかく混同されやすい。
国土地理院がこのたび公表した報告書によると、外国人観光客に向けた地図記号で寺院を記す「卍」の記号が「ナチス・ドイツを連想させる」との理由で不適当と判断され、アンケートの結果を踏まえて「三重の塔」をモチーフとしたマークが新たに採用されることになった。欧米では特に忌み嫌われているマークなので、東京五輪を控えて、外国人観光客の増加が予想される現在、余計な混乱を避けるための賢明な判断だろう。
私がスポーツ新聞の記者になった頃のこと。当時はまだ原稿も手書きだったので重たい辞書の携帯が不可欠だった。新聞はそれほど難しい漢字が使用されるワケではないのだが、特に要注意だったのが、この卍だ。今はパソコンで「まんじ」と打ち込んで変換すれば良いだけだから間違えることはない。だが手書きでプロレスの原稿なんぞを書いているときに、忘れた頃にふと登場する「卍固め」を書くにあたり、いつもいつも「ハテ、どっちだったけ?」と忘れてしまう。今現在だってキチンと覚えていない自信がある。
それで辞書も見ないで二つに一つ、丁か半か、イチかバチか?で、あてずっぽうに原稿用紙に「まんじ固め」と書き、FAXで送信したりすると、デスクから「お前さあ、いつから猪木の必殺技はハーケンクロイツ固めになったんだよ? それともナチス固めとでも読ませる気か?」と厳しいお叱りを受けるのだった。
そんな苦い思い出のあるハーケンクロイツ。昨年も「ファッションセンターしまむら」でハーケンクロイツのペンダントが附属したシャツが売られていたことが問題視され、販売停止になるなどのニュースがあったが、日本国内でもこのマークに関しての敏感度は高まっている。
ところが、ほんの少し前の日本では、あまりに露骨かつ神経にハーケンクロイツが「悪者の記号」としてフル稼働していた。現在の倫理では考えられないが子ども向けの玩具などでも流通していたものである。そういったモノの宝庫であるプロレス界では、時代が平成に移った頃でも、まだ「ナチの残党」という触れ込みの外国人選手が平気な顔をして来日していたものだ。いったい何歳だったんだ?
仮面ライダー初期のショッカー大幹部であるゾル大佐はナチの残党という設定だったし、いつも手にしていた鞭はヒトラーからもらった物だという。かなり子ども向けの「がんばれ!!ロボコン」でも、とかくロボコンに乱暴を働くロボワルとロボガキ兄弟の胸(パイパイパンチを発射する)には堂々とハーケンクロイツが記されていたが、平成に入って新発売された玩具では、単なる「×」マークに変更されていた。
昭和50年代前半のスーパーカーブームを牽引した池沢さとし(現・池沢早人師)の人気漫画「サーキットの狼」では、主人公のライバル・早瀬左近が率いる暴走族チームの名前が、なんとそのまんま「ナチス軍」。ナチス軍総統の早瀬が乗るポルシェ・カレラRSのフロントボディには、デカデカとハーケンクロイツが描かれ、そのプラモデルも堂々と販売されていたものだ。ナチス仕様のポルシェはさすがにマズかったのか? 最近、コンビニ本で復刊された同作を読み返してみたら、早瀬のポルシェのフロントボディも単なる「×」マークに直されていた。
「サーキットの狼」と同じく週刊少年ジャンプに連載されていた「リングにかけろ」(車田正美作)でも、ドイツ代表の少年たちが掲げていたドイツJrチームの旗には、ハーケンクロイツが描かれていたし、日本国内では特に意味や思想などなく、実にわかりやすい「敵役の記号」としてハーケンクロイツが機能していたものだ。日本とナチス・ドイツは太平洋戦争中、同盟国だったはずなのに……なぜだろう?