いつも読んで頂きありがとうございます。なるべく分かりやすいよう時系列で書いています。初めて読んで頂いた方は、過去のものからご覧頂けると幸いです。
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今回は毒づいた内容は特にないです。↓
秋になり、いよいよ出産予定日が近付いてきた。とある平日の午後、いよいよだとの連絡を受けて仕事を急遽切り上げ、急ぎ新幹線で病院へと向かった。
結局その日は産まれなかったが、翌朝、破水したとの連絡を受けて改めて病院へ。あまり待ち時間もなく、「そろそろですよ。着替えて下さい。」と指示され、着替え終わるとすぐ産室と案内される。
リラックスのためヒーリングの音楽が流れる不思議な空間、妻の枕元に立ちその時を待つ。頑張れ頑張れ。
すると、「おめでとうございます。」と看護師さん。あれっ?「おぎゃ〜」は?
意外にも静かに産まれてきてしまったが、口の中の羊水を拭き取ってもらうとそのうち弱い泣き声が聞こえた。大丈夫なのか心配になったが、何事もなく無事に娘が産まれた。
すぐ妻の胸元に手渡される。ああ、これが自分の子供か。か弱くも可愛い。エコー写真を基にした不鮮明なイメージが、目の前の顔に塗り替わっていく。真っ赤で皺くちゃな肌。ぼんやりと宙を彷徨う目。
変な感想だが、ああ命がこうして繋がっていくんだな。命とは奇跡だな。とその時に感じた。また自分の子供を産んでくれた妻に感謝した。
本当に本当に子供が待ち遠しかったので、五体満足で産まれてきてくれてとても嬉しかった。
それから1週間は有休にし、妻の実家に泊まり込んで
毎日病院に通い、抱っこしたり、手を握ってみたり、体重を測ってみたり、写真を取ったり。コロナ禍前で本当に良かった。
その後無事に退院し、一か月検診なども滞りなく済ませた。お宮参りも妻の実家近くの神社で行い、私の両親に加え、久しぶりに義父や義兄家族と話す機会にもなったのは良かった。義父の反応は相変わらず飄々としたものだった。
さて、妻は産後の回復待ちもあり、そのまま正月明けまで更に2ヶ月実家住まいを続けた。私は出産前と変わらず毎週末通い、年末年始は初めて妻の実家で過ごすことになった。なお、やはり義父は単身赴任先から帰って来なかった。
妻はあまり母乳が出ず粉ミルク中心だったので、結果的に私でも対応できてしまうので、毎晩3、4時間おきに起きてミルクをあげたり、オムツを替えたりして過ごした。
子供の面倒を見るのは幸せな時間だった。あの頃は良かった。が、いよいよ年明け帰宅することになり、ここから色々なことが起こる。