いつも読んで頂きありがとうございます。なるべく分かりやすいよう時系列で書いています。初めて読んで頂いた方は、過去のものからご覧頂けると幸いです。
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5ヶ月に及んだ妻の里帰りが終わりを迎えようとしていた。
妻が帰省中、年末年始と週末に長い間居候して、関西風の白味噌仕立てのお雑煮を食べさせてもらったのは新鮮だった。ただ、それ以外はほぼ買い食いだったのも驚きだった。近くにスーパーも飲食店も多く、そうしやすい環境ではあるものの、私の実家はそうではないので少し異質には感じた。また、結構物が多く散らかっている印象は受けた。
今から思えば、そうしたのもサインだったのかな、妻の行動にも影響を与えているのか、とは思うが、その時は深く考えていなかった。
さて、それまでは毎週末電車や高速バスで片道4、5時間かけて会いに行く生活で、一切休日がない状態だったのでかなり大変だった。疲れで何度か風邪もひいてしまった。また、仕事を終えて帰宅しても子供に会えない寂しい生活だったので、「ようやく一緒の生活が始まる、いよいよか」と楽しみにしていた。
1月のとある土日を使い、ついに義理実家まで5時間ドライブして妻とまだ生後2ヶ月の娘を迎えに行った。
もちろん月曜は仕事があるし、1月の滋賀、三重周辺は路面凍結や雪の心配もある。日曜の昼過ぎには出発したいから、荷物をまとめておくようかなり前もって伝えていたが、土曜にいざ着いてみると全然やっていない。
オムツ、ミルク、着替えの場所くらいはわかるが、妻の服や、その後の生活のために私の知らないところで買ったものなど、自分の家ではないのでどこにあるのかわからない。勝手に部屋に入るわけにもいかないので、やれることは限られている。結局、土曜はほぼ何も進まず。
出発当日、ようやくエンジンがかかり始めるが遅すぎる。この時、手伝ってと言われて初めて、義母の管理している未知の部屋にも入る。
ダンボールやら何かの箱がそこら中に置いてあり、部屋を埋め尽くしている。嗚呼、我が家と同じじゃないか😭
私の顔が曇ると、すかさず
「私のじゃないからね💢」と妻が釘を差してくる。
「はいはい。分かった分かった。」
必要な荷物を運び出す。
それからは、準備が終わった荷物から私が車に積み込み、その間には娘の面倒を見ながら準備が終わるのを待って、の繰り返し。あっという間に夜になる。
私「だから事前に準備しておいてって言ったのに。今出ても日付変わっちゃうよ…」
妻「うるせぇ。なんでお前は手伝わねぇーだよ💢」
私「だって自分の家じゃないからわからないんだもん。仕方ないでしょ。」
義母「まあまあ」
妻は何度も暴れ、義母がなだめての繰り返し。夜になってしまったので、仕方なく途中近所の飲食店で夕飯を取ったりして、ようやく全ての積み込みが終わったのは夜11時過ぎ。
これまでの遅刻グセなどを考えれば想定されたことではあったが最悪だ。
義母にそれまでの感謝を伝え、急ぎ出発する。この日は降雪、路面凍結するほどの寒さではなかったのが幸いだった。ナビに従い、慣れない町中を走り抜け、高速へ。眠気に耐えるためコーヒーを飲みつつ、途中信楽で休憩。娘にはミルクをあげ、オムツを替えた。その後も、娘を乗せているんだ、絶対に事故はダメだと慎重に運転し、ようやく家に着いたのは空が明るくなり始めた翌朝5時。
まず娘を部屋に入れ、またミルクやオムツ替え。そこから大量の荷物を部屋に運び込んだら、もう6時過ぎだ。
この日の仕事が、睡魔との戦いで悲惨だったのは言うまでも無い。ようやく我が家に娘を迎え入れた感動もどこへやらだ。