{F70CCACA-F4C2-4863-84FD-98A0327DC49A}


坂本龍馬の陰に隠れてしまう土佐藩の後藤象二郎にも器の大きさを感じます。

土佐は、戦国時代から安土桃山時代まで長曾我部氏が治めていましたが、関ヶ原の戦いで西軍についたため改易させられます。

そして江戸時代は山内氏が土佐藩を治めました。

山内氏は、長曾我部氏の旧家臣団を重用することはなく、山内氏の元々の家臣を重用します。

そして山内氏の家臣は上士と言われる高い身分になり、長曾我部氏の家臣は郷士と言われる下級武士にされます。

身分の差というよりも敵視していたのだと思います。 

郷士は雨の日も傘を差すことさえ許されませんでした。

幕末も土佐藩で上士と郷士の争いは激しく、坂本龍馬の盟友の武市半平太は後藤象二郎や板垣退助に切腹させられます。

当然、坂本龍馬は後藤象二郎や板垣退助らにも恨みがあります。

しかし、後藤象二郎は武市半平太に叔父の吉田東洋を暗殺されています。

ただの叔父ではありません。

後藤象二郎の父母は幼い時に他界していて、吉田東洋は育ての親であったのです。

後藤象二郎も武市半平太や坂本龍馬がいた土佐勤王党に恨みがありました。

身内を死に追いやった相手を恨むのは当然です。

それが人の感情です。

しかし、のちに後藤象二郎と坂本龍馬は手を結びます。

互いに恨みがあれども未来を向き合える相手であったからです。

薩長同盟も同様で、互いに身内を亡くし恨みがありましたが、互いに未来を向き合える相手であったからこそ手を結びました。




龍馬の言葉龍馬の言葉
1,620円
Amazon