1/19 習志野フィルハーモニー管弦楽団第96回定期へ | takacciの「見た・観た・聴いた・読んだ」

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音楽に関すること、観たこと、読んだことへの感想などを書いていきます。(文中敬称略) 2019年4月より別サイトで掲載していた写真の記事も同居させましたが、20年7月に元に戻しました。

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この回は創立50周年記念演奏会とのこと。

 

日時: 2020年1月19日(日)14:00

場所: 習志野文化ホール

指揮: 黒岩英臣

曲目: ジークフリート牧歌、マーラー9

 

ワーグナーのこの曲はいつも通りうとうとしながら聴いた。

 

マーラーが始まると、あれっ、これって前ステージのワーグナーの雰囲気に似てるじゃんと感じたが、曲が進行するとその印象は消えて行った。そして演奏を楽しみつつ曲は進む。長い曲であるから演奏の途中でもトイレ?でホールを出る方が数名。舞台の熱演を冷ますためか空調が強く感じられ、こちらもトイレが心配になってくる。脱いでいたジャンパーを脚に被せて防御を固めた。それにしても空調は音も大きく、マーラーの微弱な音量部分では随分と気になった。この問題はボリュームが大きくなると気にならないのだが、もう一つ問題があって、音量が大きくなるとメロディーに合わせて唸るような声が聞こえてくるのだった。てっきり指揮者かと思っていたが、それにしては私は舞台から離れている。おかしい。聞こえてくる度に気にしていると、それはどうも私の右の方に座っている爺さんから発せられているようだった。マーラーに没入しているから? そうだとしてもけしからん。

そんなであっても充実した音楽鑑賞が出来ていたのだけど、終楽章のテンポの遅かったこと! これには付いて行けず、ついに集中が切れてしまった。そうするとトイレの心配が襲ってくる。

終われ終われ、と願っていると、何とか無事に演奏の終わりを迎えることが出来た。するとあちこちから熱狂のブラボーが! そうか、思い入れの強い指揮に共鳴して聴いていればこういう熱狂に繋がれたのか、と、改めて感性の多様性に驚く。雑音に気を取られなかったら私もあのように熱狂できたのだろうか。