伊達管弦楽団第14回定期へ | takacciの「見た・観た・聴いた・読んだ」

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音楽に関すること、観たこと、読んだことへの感想などを書いていきます。(文中敬称略) 2019年4月より別サイトで掲載していた写真の記事も同居させましたが、20年7月に元に戻しました。

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も~本当にアマオケは多くて、日曜日に聴きに行ったこの演奏会もどういう人たちがやっているのか、腕前がどのくらいなのだか、全く分からないまま出掛けて行った。チラシから分かっていたのは、東北に所縁のあるアマチュア音楽家が設立し、所縁のある仙台にちなんで伊達という名を付けた、ということくらい。東北の楽団が東京に来て演奏会を開いたのではなさそうだった。

 

 

日時・会場: 12月16日14時よりサンパール荒川にて

指揮: 大井駿

曲目: コリオラン序曲、運命、田園

 

演奏を聴いて先ず思ったのは、6本のコントラバスが効いていてずっしりと重量感のある響きの楽団だなということだった。最近聴いてきたアマオケでは3~4本の楽団が多く、それはそれで全体の響きが薄くなり各声部が良く見通せるからいいなと思っていたのだけれど、今回の演奏からは充実感というか高級感というか、うまく言えないけど何か本格的なものが迫ってくるようだった。

 

それでもコリオランは暗すぎて好きになれない曲。運命の方は迫力でひしひしと迫ってくる演奏だった。どのパートも上手で安定している。しかしテンポが速いせいか運命の動機が「ジャジャジャジャーン」と聞こえず、「ジャアーージャン」のように潰れてしまったように聞こえたのは私だけだろうか。第一楽章の中で何カ所かはジャジャジャジャンと聞こえたけれど、前の部分からテンポが詰まってしまったような部分はほぼ全部ジャアアジャンかジャジャージャンに聞こえて、正直なところ気持ち良くなかった。(歳のせいでこちらの耳が悪いという可能性も否定できない)

 

あと気になったのは聞こえるべき外声部が響きの厚みに埋もれてしまうことが多かった点。運命でも田園でもそうだった。その辺りのバランスの悪さは指揮者のせいなのかなと思う。せっかく腕達者が集まって熱演したのにもったいなかった。

 

こう書いてくると、我ながら演奏から悪い印象を受けたように読めてしまう、と気付き、はっとしている。全体的にとても楽しめたのである。レベルが高い演奏に接すると、つい少し物足りなかった部分を言いたくなるらしい。田園の嵐の描写部分のコントラバスは凄かった。ややもすると他の楽器に消されたりパート内が揃って居なくて輪郭が聞き取れなくなったりするものだが、これだけはっきり活躍が聞こえてきたのは初めてだった。

 

次回は6月22日にラフマニノフのピアノ協奏曲とボロディン2番を演奏するとのこと。