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 皆さんは初音ミクの「Tell Your World」をもう聞かれたでしょうか。Google ChromeのCMに使われた曲であり、そしてこのCM後にiTunesのランキング第一位となった曲です。

 あのGoogle ChromeのCMを初めて見たとき、私は「さすが、Google、なんと印象的なCMを作るんだろう」と感心しました。そしてCMなので曲のほんの一部が流れるだけなのですが、その曲がとても気になりました。そこでこの曲のフルバージョンを聞いてみたのですが… いつの間にか泣いていました。涙腺が崩壊していました。初音ミクの曲で泣いたのは2度目の経験です。ちなみに初音ミクで最初に泣いた曲というのは、「Tell Your World」と同じ作詞作曲家のkz氏による「Packaged」です。kz氏に私は2度も泣かされてしまいました。

 同じ作詞作曲家だからと言えばそうなのですが、「Packaged」と「Tell Your World」は似ています。それは「Tell Your World」の伴奏の最後の方が「Packaged」の前奏・間奏に似ているというだけでなく、その歌詞が持つメッセージ性と、そのメッセージ性故に敢えて初音ミクの声に機械的なエフェクトをかけているという点も共通しているのです。
 初音ミクはもっと自然に歌えるのですが、kz氏は敢えて初音ミクの声に機械的なエフェクトをかけています。
 ちなみに最新のボーカロイドソフトウェアがどれだけ人間に迫っているのか、というのは以下の動画をごらんください。



 初音ミクはここまでではないのですが、それでもかなり自然に出す技術やノウハウは蓄積されています。なのになぜ「Packaged」と「Tell Your World」はこのような機械的エフェクトをかけるのか? 単に「そういうエフェクトをかけた方が一部の人間には心地よいから」ということもあるのでしょうが、「Packaged」と「Tell Your World」はそのエフェクトが歌詞とも大きく関連してきています。機械的なエフェクトをかけることによって「歌っているのは人間ではない」ということを強調しているのです。そして、その人間ならざるもの、人間のふりをしているもの、人間の偽物が、「自分の思いを伝えたい」と歌うのです。「Packaged」の歌詞の一部を示します。

この世界のメロディー
わたしの歌声
届いているかな
響いているかな

手のひらから 零れ落ちた
音の粒を 探してるの
Packageに詰めた この想いを
伝えたいの あなたにだけ

うまく歌えるといいな
ちゃんとできるようにがんばるよ!

ずっと待ってたの ひとりぼっちで
歌いたくて 歌えなくて
でもあなたと 出逢えたから
もうさみしくなんてないよ

心がビートで満ちてくの
あふれ出す想いは歌に変えて

 初音ミクは心を持たないただの機械、その心を持たない「偽物の人間」が、「思いを伝えたくて」「届いているかな、響いているかな」と切々に歌う。
 そして「Tell Your World」では次のような歌詞が出てきます

君に伝えたいことが 君に届けたいことが
たくさんの点は線になって 遠く彼方へと響く
君に伝えたい言葉 君に届けたい音が
いくつもの線は円になって 全て繋げてく
どこにだって

君が伝えたいことは 君が届けたいことは
たくさんの点は線になって
遠く彼方へと響く
君が伝えたい言葉 君が届けたい音は
いくつもの線は円になって 全て繋げてく
どこにだって


 この2つの曲に共通しているのは「思いを伝える」ということです。
 人の心と心の繋がりが、より希薄になっていく時代の中で、人の心がどこにあるのかわからない時代の中で、心を持たないはずのものが「思いを伝える」ということをしようとしている。その「姿」に、私はなぜか涙がこぼれてしまうのでした。

 私がこの2つの曲を聴いて、「同じ感動を以前感じたことがある」と思い出したのは、フィリップ・K・ディックのSF小説「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」でした。アンドロイドといった「偽物の人間」、電気羊のような「偽物の動物」があたりまえの世界。そして人は「情調オルガン」で自分の感情すらも意図的に変えられる世界。そしてそんな中で「共感ボックス」という、多くの人が同じ体験を共有し共感するネットワーク装置が流行している世界。それは一見奇妙な世界のようでありながら、ネットワーク化された現代社会を恐ろしいまでに予言したSF小説だと言えるのかもしれません。

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 フィリップ・K・ディック自身が既にあの時代に薬物依存になったように、現代は合法的なものだけでもアルコールやタバコ、そして精神安定剤といった、感情を意図的に変える方法には事欠きません。いわんや非合法な薬物は確実に社会の中で広がっています。
 そして初音ミクはまさに「偽物の人間」そのものです。共感ボックスの中で人々に教えを説くウィルバー・マーサーの外見が実はただの役者でしかなかったように、初音ミクの外見もただの絵であり、踊りはモーションアクターの動きをトレースしたものであり、ライブステージに浮かぶ姿はホログラムです。しかしウィルバー・マーサーは坂を登り人が孤独でないことを説き、初音ミクは人に歌いかけ踊ります。
 またGoogle Chrome自体がそうであるように、インターネットのサイトは全世界的に広がって情報を共有し、情報の共有は感情の共有を促します。まさにGoogle ChromeのCMが、極東である日本で作られた曲や絵や踊りがどんどん世界に広がり、そして最後には西の端であるロスアンゼルスで開かれた初音ミクのライブコンサートで、聴衆たちが初音ミクの声と踊りに酔いしれたことを示したように。
 そして「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」のラストシーン、心のない偽物であるにもかかわらず、いや心のない偽物であるからこそ、伝わる心… 私は昔、このSF小説のラストシーンを初めて読んだときに泣いてしまったのですが、「Packaged」や「Tell Your World」を聴いたとき、私が思いだしたのはこの小説のラストシーンだったのでした。

「心はどこにあるのか」
「心はなぜ伝わるのか」
「心はどうして繋がるのか」

 そんなことを「Tell Your World」を聴きながら私は思い、そしてまた涙を流すのでした。

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