野田佳彦 内閣総理大臣誕生を受けて | 日本元氣計画!! 中村たかし

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 7歳より「世界を平和に出来るのは俺しかいない!」と世直しを志す。日本新党広報部次長(細川護熙首相)、日本創新党選対副委員長など。現在は、日本元氣計画!代表、平成立志社代表、元氣NIPPONプロジェクト事務局長              

お久しぶりです!

実はパスワードが不明となり、更新が出来ない日々が続いていました。

登録時のメルアドが消失したからなのです。アメブロに問い合わせても、埒が明かず、偶然、残っていた画面で久し振りにアクセス出来ました。本当に偶然です。

何とかこのパスワードを調べる方法はないものでしょうか?


さて


野田佳彦さんが衆議院、参議院の両院で内閣総理大臣に選ばれました。


ついにそういう日が来たかと感慨深いものがあります。


私は細川護熙さんが日本新党を立ち上げた平成4年の参議院選挙をボランティアで一生懸命応援をし、翌年平成5年の4月1日より日本新党本部の職員に採用され、広報部の次長となりました。


野田さんは当時は千葉県議会議員。多くの松下政経塾の同志とともに、日本新党に参画し、平成5年の衆議院選挙で初当選を果たされました。


我が日本創新党の同志、山田宏党首(前杉並区長)、中田宏代表幹事(前横浜市長)も同期です。ちなみに前原誠司前外務大臣も海江田万里経済産業大臣も枝野幸男官房長官も、その他多くの同志が、この選挙で初当選を果たさした同志なのです。


野田さんは最初の小選挙区の衆議院選挙で落選を致しますが、以降は連続で当選を果たし、今日を迎えました。(それに比べて私は東京都議会議員の選挙に二度落ち、サラリーマンをしばらくしていましたが、あきらめきれず日本創新党に参画しましたが、昨年は議席が取れず、今は民間企業に拾っていただいている現状です)


もちろん内閣総理大臣にせよ、国会議員にせよ、なることが目的ではないはずです。


この国をどういう国にしたいのか!本当は野田さんの考える国家像を打ち出し、堂々と選挙を戦い、そして国民の信任を得て、正々堂々と政策を実現してゆくべきだと思います。

しかし……今は選挙どころではありません……民主党という国民からははっきり言って見放されているコップの中で、国会議員だけで投票をして決めてしまいました。


私は野田さんに期待します。民主党もない、自民党もない、国民を考え、日本の将来を考え、地球の未来を考える人たちが大同団結をして、新たな枠組みで政治が始まる……すごく期待しているんですけど……


しかし……輿石東さん……が幹事長ですか……

日本の教育の大いなる問題点である「日教組」の元リーダーが、民主党の選挙とお金を仕切るのですか……うううう~ん

賛成できません。


しかし……総理大臣の権限は実は絶大です。小泉さんを見ても、総理が覚悟を決めてリーダーシップを取れば、出来ることは多いのです。官僚の言いなりになるかならないかは、まさにリーダーシップ、胆力が決めると思います。


私は実は松下政経塾を4回落ちました。

「一体全体どんな人が松下政経塾に入っているのだろうか……? 私と何が違うのか? 是非とも会ってお話を聞かせてください。」

今から25年前、そんなおバカな若者(私です)の願いを聞き入れ、希望に応えてくれた方が3人いました。

当時の野田佳彦千葉県議(1期生)、前田正子さん(2期生)、松沢成文神奈川県議(3期生)でした。

今から考えればとんでもなく、ずうずうしい話です。ご迷惑をかけました。本当にありがとうございました。


全く一面識もない若者にわざわざ時間を作って会ってくださる……野田さんはそんな方でした。(前田さんも、松沢さんもありがとうございました)


今日はお世話になっている会社の社長さんに言われたことをしっかり胸に刻みます。

「野田さんは毎朝駅に立った。君も選挙の前は毎朝駅に立った。落選をし、うちの会社に来てもらって働いてもらい今の君がいるわけだ……。野田さんと君の何が違ったのかを、しっかりと考えなさい」

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しっかりと自分自身を見詰めなおしたいと思いました!



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