前回の記事では、映画『タンク(原題:Der Tiger)』の全体像や作品の魅力について触れました。
今回はそれに続き、劇中で強烈な存在感を放つティーガー戦車に注目し、
使用されたレプリカの再現度を軸に、その造形と考証面を読み解いていきます。

 

冒頭に掲載した動画は、映画で使用されたティーガーのレプリカを収めたもので、
チェコ共和国ドブラーニ(Dobřany)で行われた
「第二次世界大戦終結80周年」記念公式式典で撮影されました。

 

非常にクリアな映像によって、弾痕の残る装甲板の質感までもが生々しく伝わってきます。
映画本編では判別しづらかった細部のディテールも、
この映像では一つひとつが鮮明で、実物を目の前にしているかのように確認することができます。

 

とくに車体後部右側のマフラーカバーが大きく裂けている点は印象的で、
この車両が映画の撮影後の状態であることが分かります。
実際に撮影で使用された車両そのものが持つ「痕跡」が、
そのまま残されている点は非常に興味深いところです。

 

また、塗装は劇中の車両と同じダークイエローとダークグリーンによる2色迷彩が施されており、
砲塔側面には、白い縁取りの黒字で車両番号「311」が描かれています。

 

これは第3中隊・第1小隊・1号車、すなわち小隊長車を示す番号で、
映画では主人公フィリップ・ゲルケンス少尉の搭乗車として描かれていました。

 

チェコで生まれた「動くティーガー」

映画『タンク』の撮影で使用されたティーガー戦車は、
チェコ共和国ロキツァニにある境界線軍事博物館に所蔵されている、
精巧に再現された走行可能なレプリカです。

 

このレプリカは、博物館に関わる熱心なボランティアや協力者たちの手によって、
わずか75日間という短期間で製作され、2024年夏に公開されました。

 

通常であれば長い時間を要するはずの作業を成し遂げたその背景には、
この車両に注がれた並々ならぬ情熱と強い使命感があったことがうかがえます。

 

※本車両に関する詳細は、境界線軍事博物館ロキツァニの公式サイトで紹介されています。
境界線軍事博物館ロキツァニ公式サイト(ティーガーIレプリカ紹介ページ)

 

 

 

こちらの動画は、「ロキツァニ解放記念行事 2024」に参加した軍用車両を撮影したものです。
ティーガー戦車レプリカも登場し、クリアな映像でその姿を確認できます。

 

とくに17:03からのシーンでは、
映画では確認しづらかった機関室上面のディテールが明瞭に捉えられており、
考証的にも非常に貴重な映像と言えるでしょう。

 

レプリカ製作の手本となった実車 ― ボービントンのティーガー131号車

 

 

このレプリカの製作にあたって参考にされたのが、
イギリス・ドーセット州のボービントン戦車博物館に展示されている、
第二次世界大戦当時の実車であるティーガー131号車です。

 

同車は1943年3月に北アフリカ戦線に派遣された
第504重戦車大隊・第1中隊・第3小隊に所属しており、
砲塔には車両番号「131」が描かれていました。

 

同年4月、英軍に鹵獲され、徹底的な調査を経た後、
現在はボービントン戦車博物館で良好な状態で保存されています。

 

このティーガー131号車は、
現在、実動する唯一のティーガー戦車として知られるだけでなく、
映画『フューリー』に登場したことでも有名です。

 

ティーガー戦車レプリカの再現性を検証する

 

 

ここからは映画『タンク(Der Tiger)』の撮影に用いられた
ティーガー戦車のレプリカについて、
実車との違いや再現の工夫を中心に検証していきます。

 

実車に近い車体プロポーション

まず特筆すべき点は、実車とほとんど変わらないプロポーションです。
過去の映画作品に登場したティーガー戦車のレプリカでは、
ベース車両の制約から、どうしても実車との差異が生じていました。

 

たとえば、『戦略大作戦』や『プライベート・ライアン』
に登場するティーガー戦車は、T-34戦車をベースに製作されました。
そのため、砲塔位置が実車よりも前方に寄っており、
シルエットに違和感を覚える人も少なくありませんでした。

 

一方、本作のティーガー戦車はT-55戦車をベースとしているため、
砲塔が車体中央に自然なバランスで配置されています。
結果として、全体のシルエットは実車に非常に近く、
一見すると「本物」に見える完成度を実現しています。

 

車体前部装備の構成

・前照灯
初期型ティーガーの実車では、
前照灯は車体前面左右に1基ずつ装備されますが、
このレプリカでは中期型以降と同じ中央1灯式が採用されています。

 

この前照灯配置により、
実車再現と映画的演出のバランスが結果的に成立していると言えるでしょう。
劇中、暗い夜の森の中を、たった1つの前照灯の光だけを頼りに進むことで、
視界の狭さが強調され、
主人公たちの置かれた不安や恐怖が、より印象的に演出されています。

 

車体後部装備の構成と省略点

・ファイフェル・エアフィルター
レプリカでは、ティーガー初期型の特徴であるファイフェル・エアフィルターが装着されていません。

この装置は、戦車のエンジンに入る空気から砂や埃を取り除くためのもので、北アフリカ戦線や東部戦線南方のような砂塵の多い地域での運用を想定して装備されました。

実際のティーガー初期型でも、砂塵の少ない地域では座金だけを残して取り外すケースが見られました。
中期型以降、この装置は廃止されています。

 

・車体後部装備品

車体後部には必要最低限の装備が整理された形で配置されており、
具体的には以下のような構成となっています。

  • 左側に牽引用クレビス
  • その下に履帯調整用の工具箱
  • 右側にジャッキ

なお、この牽引用クレビスは、
実車ではティーガー中期型以降に採用された
C字型タイプで、初期型とは異なる形状です。


・エンジン始動用アタッチメント

2本のマフラーの間には、
エンジン始動用アタッチメントが確認できます。

 

映画序盤で、ヴェラーとミシェルが
クランクを回してエンジンを始動する場面が描かれていますが、
冬季など手動クランクでの始動が困難な場合には、
キューベルワーゲンのエンジンを利用して
強制的に始動する方法が取られることもありました。

 

その際、このエンジン始動用アタッチメントを
ティーガーの車体後部に装着し、ドライブ・シャフトを通じて
回転を伝える仕組みが用いられました。

 

機関室上面の装備構成

次に、機関室上面の構成について見ていきます。
劇中では不明瞭だったこの部分も、
展示状態のレプリカを見ることで、
ディテールがよりはっきりと確認できました。

 

ファイフェル・エアフィルターが装着されていないため、
本来初期型に見られる二股導入管や関連するパイプ類も省略されており、
機関室上面は中期型以降のティーガー実車に似た構造となっています。

 

また、劇中の車両では、
機関室上面にドラム缶を2基搭載していますが、
これらは機関室上面の吸気口のルーバー部分に、
チェーンで固定されているように見受けられます。

 

潜水装置の再現

ティーガー初期型には潜水装置が装備されており、
映画でも水中渡河の場面は印象的な見どころの一つとなっています。
ティーガー実車においても、
57トンという車重に耐えられる橋梁が不足しているとの事情から、
開発当初より潜水機能の搭載が求められていました。

 

車体各部の開口部には防水用シールが施され、
機関室後部にはシュノーケル・パイプを装備することで,
機関室および戦闘室へ空気を供給する仕組みとなっています。

 

劇中では、こうした潜水装置の準備作業も再現されており、
実車の構造を踏まえた描写が確認できます。
なお、このティーガーの潜水装置については、
別記事にてあらためて詳しく触れたいと思います。

 

起動輪・誘導輪・転輪の再現処理

このレプリカでとりわけ驚かされるのが、
足回りの再現方法に込められた、
製作者たちの徹底したこだわりです。


・起動輪

ティーガー実車の起動輪を再現するため、
T-55の誘導輪の上に、
起動輪形状を模した外装パーツを装着し、
本来のディテールに近づけています。

 

ハブキャップが丸みを帯びた初期型形状になっている点も見逃せません。
これは、参照元となったボービントンのティーガー131号車の
仕様を踏まえた処理と考えられます。

 

・誘導輪
誘導輪についても同様に工夫が施されています。
こちらでは、
T-55戦車の起動輪の上に、
ティーガー実車の誘導輪形状を再現したパーツを外装することで、
実物に近い形状を成立させています。

 

起動輪と誘導輪の双方で、
ベース車両の構造を逆手に取った処理が行われており、
レプリカ制作者の高い理解と技術力がうかがえます。

 

・転輪
転輪については、ゴムリムを備えた初期型転輪を再現しています。
ただし配置自体はT-55のままで、
劇中ではCG処理によって複合転輪に見えるよう補正されています。

 

砲塔各部の再現と構成

・砲盾
実車のティーガーの砲盾には、
生産時期によっていくつかのバリエーションが存在します。

 

このレプリカでは、
照準口部分の装甲厚が増やされる前の、
極初期型の砲盾が再現されています。

 

これは、
ボービントンに現存するティーガー131号車の砲盾を
参考にしたものと思われます。


・発煙弾発射機

ティーガー初期型の特徴として、
砲塔両側面には円筒形の発煙弾発射機が装備されています。

 

片側3連装の電気発火式で、
劇中で描かれているとおり、発射操作は車内から行われましたが、
発煙弾の再装填は車外に出て行う必要がありました。

 

劇中に登場するレプリカでは、
発煙弾発射機先端の切り欠きまで忠実に再現されています。
この切り欠きは、発煙弾の再装填時に指を入れるためのもので、
製作者の細部表現に対する高いこだわりがうかがえます。

 

発煙弾発射機は、
煙幕を展開して戦場から安全に離脱する目的で用いられましたが、
煙によって乗員の視界も悪化するため、
使用を嫌った戦車兵もいたようです。

 

また、戦闘中に破損することも多く、
ハリコフ戦における武装SS「ダス・ライヒ」連隊のティーガーなど、
発煙弾発射機を装着していない写真も確認されています。

 

こうした事情から、
実車のティーガーでは中期型以降、
この装備は廃止されました。


・覘視孔

砲塔左右には、
砲手および装填手用の覘視孔が再現されており、
劇中でもヴェラーとミシェルが
覘視孔のスリットから外を覗く様子が確認できます。

 

・ピストルポートと脱出ハッチ
砲塔後部左側にはピストルポート、
右側には大型の円形脱出ハッチが設けられており、
これらの配置も
ボービントンのティーガー131号車に準じたものとなっています。


・砲塔上面

砲塔上面には、
円筒形の車長用キューポラ、
装填手用ハッチ、
その後方にベンチレーターが配置されており、
この構成はティーガー初期型の中でも
生産初期に該当する特徴を示しています。

 

まとめ

本記事で見てきたように、
映画『タンク』に登場したティーガー戦車のレプリカは、
実車の構造や形式の変遷を踏まえたうえで、
初期型・中期型の特徴を取捨選択しながら、
一貫した解釈のもとに構成されているのがわかります。

 

実車においても、初期型から中期型へと移行する時期には、
両者の特徴が同時に見られる車両が存在していました。
そうした実例を踏まえると、
本レプリカの構成も自然なものとして受け止めることができます。

 

足回りや装備構成の各所には、
実車をよく理解したうえでの工夫が随所に見られ、
単なる外観の再現にとどまらない仕上がりとなっています。

 

総合的に見て、このティーガーは、
これまで映画に登場してきたティーガー戦車の中でも、
プロポーションやディテール、考証面のいずれにおいても、
高い完成度を備えた一両だと言えるでしょう。

 

次回予告

次回は、映画『タンク』に登場する戦車兵たちに焦点を当て、
彼らが着用している制服や装備の再現度、
階級章や徽章・勲章の描写、
さらに所属部隊の設定について、
劇中描写と史実の両面から読み解いていく予定です。

 

参考文献

  • 『アハトゥンク・パンツァー第6集 ティーガー戦車編』
  • 『ティーガー 無敵戦車の伝説 1942~45』上巻

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

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