かなまら祭り ① | パーマン三号のブログ

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一年が経ったのを感じる時はお正月…ではありますが、今回もしみじみ

「あぁ、今年も一年頑張ろう」

と言う気持ちになれるお祭りがあります。。


それは知る人ぞ知る

【かなまら祭り】





去年はじめて行って今年も行きます。

外人が七割のこのお祭りは、さしずめ神奈のカーニバルでしょうか。

https://youtu.be/8omiMd6pjTI?si=r0QSxkaz13WDj3uO
部屋中、カーニバル♪カラオケにあります。

しかし

老若女子が歩きながら、飴を舐める姿は、ほぼ全ての老若男子が妄想してしまうことでしょう。

https://youtu.be/wlro921FXkU?si=kdhSBIJFLrM-cCc1
もちろん、カラオケにあります。

https://youtu.be/rauB3BD5xDY?si=ZVaV5NFrE29QAsRE
最近、楽◯んこちゃん結婚しましたね、相方の男性と…カラオケあり〼

これからも未来永劫お祭りと飴は無くならない事を願います。

https://www.uta-net.com/song/168298/
残念なことに動画はありません、でもカラオケはあります(DAM)

それでは【かなまら祭り】へ行ってきます。


5:30
発車オーライ

7:01
【川崎大師平間駐車場】へ到着



ここは無料です。

ここ以外は一日800円程度とられます。

前回は目と鼻の先の有料駐車場に停めてしまいましたが、二度とその手は桑名の焼きはまぐりです。

駐車場開場は8:00からということでしたが、何の何の南野陽子です。

早めに着いても開いてました。

南野陽子さんは、何と高校時代はあだ名が「デブのブタ子」だったとか…それはもう「あだ名」じゃなくて「醜名(しこな)」ですよ。

太っているだけで「◯ス」と考えてしまったら後々後悔するかもしれませんよ、男性諸君!

ここは「川崎大師」はもちろん「本日のかなまら祭りの会場からも徒歩一分の場所にあります。

かなまら祭りは10:00からなので先ずは川崎大師へお参りに行きます。

7:05
【薬師殿】へ到着。





駐車場からみえるのは「薬師殿」は、インド風のようでもあり、ギリシャ風のようでもあり、ヨーロッパ風のようでもあり…でもこの感じどこかのお寺さんと似ています。

それは「築地本願寺」。

築地本願寺は建築家、伊東忠太氏の代表的な建物ですが、こちらは大岡實氏です。

しかし大岡氏は「日本古建築の特質と私の半生」の中で「私が師事したのは、伊東忠太先生と関野貞先生です」と述べています。

どうりで全く建築思想的には同じなわけです。


宗教は教派宗派問わず、ひとつになれるようでないと本物ではないと思います。

それがこの薬師殿の形になったのだと思います。

でもまだ中にははいれませんでした。

7:11
『大本堂』へ到着。





去年もかなまら祭りの時にお参りしましたが4月2日だったのでまだありませんでした。

そう4月8日は灌仏会、お釈迦様が生まれた日です。

クリスマスほど知名度ないけれど、最近は。

本日7日には、既に灌仏会のお祝いの「花祭り」がおこなわれました。

一日早いですが、川崎大師では一日から明日まであの「天上天下唯我独尊」の御像へ甘茶をかけられます。



甘茶には「上に立つ者がよい政治を行って平和な世が訪れると、甘い露が降る」という中国の言い伝えや、「甘茶は神様の飲み物で、飲むと不老不死になれる」というインドの伝説などがあり、お釈迦様に甘茶をかける行為は、お釈迦様への信仰の表れであると言えるのです。

https://youtu.be/nyC50a5zqD8?si=-RH3zc0yTHeSqITk
カラオケにはありません。

川崎大師、と言ってはいますが正式には「平間寺(へいけんじ)」という寺名があります。

このお寺さんは平間兼乗(ひらまかねのり)というお侍さんが創建したからです。

平間兼乗は42歳厄年のとき、夢のお告げに従い海中から引き揚げたお像をお祀りして供養を続けると、兼乗はそのご加護ご利益をいただき自身の厄が除かれました。

以来、川崎大師平間寺(かわさきだいしへいけんじ)は「厄除けのお大師さま」として親しまれ、全国から篤い信仰を集めています。

御本尊厄除弘法大師のご宝前で厄除けをはじめ家内安全、商売繫昌など諸願成就の護摩祈祷を毎日修行しています(SNSより)

梅からすくい上げたお像は「弘法大師」だったということです。

ここ川崎大師の御守りに、腰に蓑をつけ釣り竿をもった、まるで浦島太郎のようなキャラクターとして、描かれているの人が平間兼乗です。

お寺さんの由来を知らないと誰なの、この人、となるでしょう。

名前も「ひらまくん」まんまです。

そしてこの「ひらまくん」の顔をじっとみると、どこかで見たような御尊顔です。

実は「せんとくん」と同じ作者、彫刻家の籔内佐斗司(やぶうちさとし)氏作なのです。

さらに

川崎大師の門前の「久寿餅住吉」の店頭に鎮座している「独鈷(どっこ)狛犬」も1997 年に籔内氏が制作した作品です。

他にも川崎の稲毛神社の「天地睨みの狛犬」も薮内氏の作品で、迫力あります。

川崎大師は灌仏会の他にも珍しく「八角五重塔」の中に入ることができました。

この八角五重塔は弘法大師・空海上人の入定一千百五十年にあたり、本尊大開帳の記念事業として建立されました。

この塔も薬師殿と同じ大岡實氏の設計で、趣旨をその草稿の中で次のように述べています。

「私が川崎大師平間寺に八角五重塔を提唱したのは、先ず形の点からである。

八角形の建物は四角の建物より屋根の形が複雑で、形に変化があり、かつ穏やかさを持っている。

軒も八方に出るので賑やかさを持っているので華麗な感じがある。

かって伊豆の遠笠山の霊友会の道場の中心建築に八角三重塔を設計したのであるが、姿がよいと好評であった。

今回の設計は軒の出を大きくし、堂々たる姿とすると同時に上記の変化である穏やかさと同時に華麗さを出すよう努力した」

と述べています。

実は自分がこの塔へ入りたかった理由は、塔内の二層の両界曼荼羅並びに真言宗祖師恵果和上、弘法大師、興教大師の三尊像が展示されているからです。

今、興教大師の本をたまたま読んでいたからです(構築された仏教思想、覚鑁 白石凌海著)

覚鑁(かくばん)は、平安時代後期の真言宗中興の祖にして新義真言宗始祖です。

平安時代後期に隆盛する浄土思想を、真言教学においていかに捉えるかを理論化した「密厳浄土」思想を唱え、「密教的浄土教」を大成します。

西方浄土にいます阿弥陀如来は、真言教主大日如来という全ての仏徳を備えた仏から生まれた尊であるとしました。

日本密教を学ぶうえで非常に重要な思想です。

しかし、当時の彼はぶっ飛んでいたので内々では「異端視」されていて、三度目にやっと「興教上人」の名前をもらったのです。

…またまた長くなりそうなので、詳しくはまたいつか感想文を書きますね。

覚鑁大師像、しかと参拝しました。


川崎大師のあとひとつのの見どころは、山門の四天王です。

四天王は邪気を踏みつけているのが普通ですが、多聞天(毘沙門天)だけ「地天女(ちてんにょ)」という女神に両足を持ち上げられているのです。



四天王はそれぞれ持ち物が違いますが、わからなくなっても毘沙門天だけはこれでわかります。

さて、真面目はこのくらいにして、本日はかなまら祭りがメインですので、やらしく哀愁。

https://youtu.be/oKTI0aM16HY?si=FLbFlqEfxoF45g2H