とろりとした、極上のヘンテコ・ファンタジー
本屋大賞2位に選ばれていますね。
森見登美彦の作品を読んだのは、「太陽の塔」以来。
「太陽の塔」は、あまりにも主人公の若々しさが痛かった。
空想と現実が混濁した世界がお腹いっぱいで、読むのがしんどかったことを覚えています。
度数も香りもキツすぎる酒を飲まされた気分。
そのイメージが強すぎて、この作者の作品は敬遠していました。
先輩に薦められたことがきっかけで、再び手を伸ばしてみた次第。
舞台はすごく似ているけれど、
濁りを濾過すると、こんなにも飲みやすい酒に変わるとは。
酩酊状態にずっといるような、ふわふわとした感じを味わわせてくれる作品。
奥ゆかしくて、和服をまとった静かなファンタジー。
まず、登場人物たちがチャーミングすぎる。
みんな、ちょっと現実にいたら引いちゃうかも、でも、幻想的な存在として際だっている、
そんなキャラクター性を持っています。
ちょっと厭世的で捻くれてて、頭でっかちですぐに妄想を膨らませてしまって、そのせいでおかしな騒動を引き起こしたり巻き込まれたりする主人公の「先輩」。
普段何をしているか想像できない、地に足がついてない、そして、本当に地から離れてフワフワ飛んでしまったりする「樋口氏」。
好々爺の風情を醸し出しているけれど、幻の美酒を大量に抱え込んでいて、湯船に池まで備えた豪奢な乗り物を持っていて、人を陥れたり弄んだりしてニコニコ顔でいる「李白さん」。
他にも、やたら博覧強記で老成した言葉遣いの美少年とか、半年近く下着を替えていないパンツ総番長とか。
そして何より、
ちょっとズレてて、
天真爛漫で人なつっこい猫っぽくて、
あまりに素直すぎて人のいうことすぐに信じちゃうんで、ゆきずりのオジサンに乳を揉まれたり、
天然で、「先輩」に何度も町中でばったり会うのに、「奇遇ですね!」で済ませちゃう、
そんな「黒髪の乙女」がキュートすぎる!
(NOTかわいい、BUTキュート)
「先輩」と「黒髪の乙女」の二人の視点で物語が進んでいくわけですが、
語り部となる二人とも普通の人よりちょっと感性がズレてる。
しかも、それが同じ方向じゃなくて、お互い90°違った方向を向いているもんだから、どっちを読んでていても面白くて仕方ない。
「先輩」は、弁士みたいに滔々とストーリーを読み上げてくれます。
ちょっと斜にかまえて、やたら勿体ぶって、妄想たっぷりに。
「黒髪の乙女」は、感情たっぷりにお話を聞かせてくれます。
彼女のちょっとズレた感性で、感情の赴くままに、ぽかぽかした気持ちそのままに。
みんな、濃いけれどキツすぎて嫌いになっちゃう、っていうほどじゃない、ファンタジー性に溢れたキャラクターたちです。
キャラに加えて何より特徴的なのは、言葉あそび、古典の名言からの引用、シュールなセリフ回し、などなど、
作者の優れたエンターテインメントに対する感性が、ファンタジーの中に遺憾なく発揮されていること。
「・・・彼女がその夜にサア乳を揉めと言ってきたら、貴君はそれを拒めるか」
「拒みはしない、拒みはしないよ!しかし…」
「それ、見たことか。…彼女に謝れ。土下座して謝れ。そして道ばたに転がるゴム鞠でも揉んで満足しておれ!」
笑いのセンスがシュールすぎる。
笑いを堪えながら小説を読んだのは、本当に久しぶり。
カフェで読んでいたのですが、端から見たらかなり怪しい人間だったことは間違いない。
とにかく、頭空っぽにして楽しめるファンタジーです。
面白い。
あと、京都が舞台なので、現在京都在住の自分としては、なじみの多い場所が多いのも面白かったですね。
木屋町の「月面歩行」は、この間行って酔いつぶれたなぁ…
舞台にむいているんじゃないかな、と思ってたら、既に演じられていたのですね。
また、ファンタジーなのでそれほどどぎつい世界設定じゃないけれど、キャラクターが立っているからマンガにも向いているなー、と思ったら、やっぱりマンガ化されていますね。
みんな、考えることは同じか。
個人的には、万城目学の「鹿男あをによし」との比較が興味深かったです。
あちらは、「鴨川ホルモー」と比べて、設定を練り込んで青春の汗臭さ・若々しさを取り除いたせいで、自分としてはちょっと物足りない作品になってしまったと思っています。
でも、この作品は「太陽の塔」と比べて、痛々しい若さを取り除いたおかげで、ファンタジーとしての純度が上がり、読みやすく楽しめる作品になっています。
同年代、同じ京都大学出身で、日本的なファンタジー要素を織り込んだ作品を得意としている二人なのに、こんな違いが出てくるのは、面白いな、と思いました。
これは、その作者が作品を作る上で真骨頂となるモノは何か、ということと密接に関係しているのでしょうね。
- 夜は短し歩けよ乙女/森見 登美彦
- ¥1,575
- Amazon.co.jp
本屋大賞2位に選ばれていますね。
森見登美彦の作品を読んだのは、「太陽の塔」以来。
「太陽の塔」は、あまりにも主人公の若々しさが痛かった。
空想と現実が混濁した世界がお腹いっぱいで、読むのがしんどかったことを覚えています。
度数も香りもキツすぎる酒を飲まされた気分。
そのイメージが強すぎて、この作者の作品は敬遠していました。
先輩に薦められたことがきっかけで、再び手を伸ばしてみた次第。
舞台はすごく似ているけれど、
濁りを濾過すると、こんなにも飲みやすい酒に変わるとは。
酩酊状態にずっといるような、ふわふわとした感じを味わわせてくれる作品。
奥ゆかしくて、和服をまとった静かなファンタジー。
まず、登場人物たちがチャーミングすぎる。
みんな、ちょっと現実にいたら引いちゃうかも、でも、幻想的な存在として際だっている、
そんなキャラクター性を持っています。
ちょっと厭世的で捻くれてて、頭でっかちですぐに妄想を膨らませてしまって、そのせいでおかしな騒動を引き起こしたり巻き込まれたりする主人公の「先輩」。
普段何をしているか想像できない、地に足がついてない、そして、本当に地から離れてフワフワ飛んでしまったりする「樋口氏」。
好々爺の風情を醸し出しているけれど、幻の美酒を大量に抱え込んでいて、湯船に池まで備えた豪奢な乗り物を持っていて、人を陥れたり弄んだりしてニコニコ顔でいる「李白さん」。
他にも、やたら博覧強記で老成した言葉遣いの美少年とか、半年近く下着を替えていないパンツ総番長とか。
そして何より、
ちょっとズレてて、
天真爛漫で人なつっこい猫っぽくて、
あまりに素直すぎて人のいうことすぐに信じちゃうんで、ゆきずりのオジサンに乳を揉まれたり、
天然で、「先輩」に何度も町中でばったり会うのに、「奇遇ですね!」で済ませちゃう、
そんな「黒髪の乙女」がキュートすぎる!
(NOTかわいい、BUTキュート)
「先輩」と「黒髪の乙女」の二人の視点で物語が進んでいくわけですが、
語り部となる二人とも普通の人よりちょっと感性がズレてる。
しかも、それが同じ方向じゃなくて、お互い90°違った方向を向いているもんだから、どっちを読んでていても面白くて仕方ない。
「先輩」は、弁士みたいに滔々とストーリーを読み上げてくれます。
ちょっと斜にかまえて、やたら勿体ぶって、妄想たっぷりに。
「黒髪の乙女」は、感情たっぷりにお話を聞かせてくれます。
彼女のちょっとズレた感性で、感情の赴くままに、ぽかぽかした気持ちそのままに。
みんな、濃いけれどキツすぎて嫌いになっちゃう、っていうほどじゃない、ファンタジー性に溢れたキャラクターたちです。
キャラに加えて何より特徴的なのは、言葉あそび、古典の名言からの引用、シュールなセリフ回し、などなど、
作者の優れたエンターテインメントに対する感性が、ファンタジーの中に遺憾なく発揮されていること。
「・・・彼女がその夜にサア乳を揉めと言ってきたら、貴君はそれを拒めるか」
「拒みはしない、拒みはしないよ!しかし…」
「それ、見たことか。…彼女に謝れ。土下座して謝れ。そして道ばたに転がるゴム鞠でも揉んで満足しておれ!」
笑いのセンスがシュールすぎる。
笑いを堪えながら小説を読んだのは、本当に久しぶり。
カフェで読んでいたのですが、端から見たらかなり怪しい人間だったことは間違いない。
とにかく、頭空っぽにして楽しめるファンタジーです。
面白い。
あと、京都が舞台なので、現在京都在住の自分としては、なじみの多い場所が多いのも面白かったですね。
木屋町の「月面歩行」は、この間行って酔いつぶれたなぁ…
舞台にむいているんじゃないかな、と思ってたら、既に演じられていたのですね。
また、ファンタジーなのでそれほどどぎつい世界設定じゃないけれど、キャラクターが立っているからマンガにも向いているなー、と思ったら、やっぱりマンガ化されていますね。
みんな、考えることは同じか。
個人的には、万城目学の「鹿男あをによし」との比較が興味深かったです。
あちらは、「鴨川ホルモー」と比べて、設定を練り込んで青春の汗臭さ・若々しさを取り除いたせいで、自分としてはちょっと物足りない作品になってしまったと思っています。
でも、この作品は「太陽の塔」と比べて、痛々しい若さを取り除いたおかげで、ファンタジーとしての純度が上がり、読みやすく楽しめる作品になっています。
同年代、同じ京都大学出身で、日本的なファンタジー要素を織り込んだ作品を得意としている二人なのに、こんな違いが出てくるのは、面白いな、と思いました。
これは、その作者が作品を作る上で真骨頂となるモノは何か、ということと密接に関係しているのでしょうね。

