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タジのドイツブログ

ドイツ、Tübingen
チェコ、South Moravian
で暮らすタジのドイツでの生活記録

2011年大晦日


激動の2011年最後の日。



ユーロは2012年1月1日で現金としての使用が開始されて、10年。

対米ドルでは全体的にユーロは安くなってきた。


ドイツマルクは未だに1兆4千億程度ドイツの銀行等に残っているとされ、まだユーロへ交換することができる。

先日29日には金融危機を迎え、2010年9月以降の対ドルユーロ高になった事から、地下で未だにドイツマルクを刷って調整のために準備していると疑う人もいるらしい。


ユーロ円は100円を割り、来た頃は120円くらいだったのだから、実感として変化を感じる。


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ライン家から頂いたクリスマスプレゼントと、会社のトンボラというくじ引きで引いたソーセージ、肉製品セット。



部屋でぼーっとドイツに来てからの事とか思い出してると、2年前の大晦日は実家にいて、大学院の卒業論文のまとめの時期で、正月にも関わらず河野先生は速達を使ってまで、最後の添削をしてくれていた。


気持ち的には、ドイツに行く事も決まり、夏から秋にかけて河野先生にその論文をまとめるにあたっての重大なヒントをいただき、そこまで追い込んでいるとは言えなかった。


そのまた2年前は、思い出すのに苦労したけど、大学4年の冬休みで実家にいて29日か30日にご飯を食べてうとうとしていて、やっぱり絶対行く事になる大学院に行きたいと決めた瞬間があった。

それで正月明けの体育の授業で同級生になることになるマッキーにそれを伝えて握手をしてもらったのかな。

それは合格したあとだったかな。


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それから4年。 ドイツのチュービンゲンという街の家の2階で大晦日を迎える。

本当に素晴らしい4年間だった。

漂流教室~ロングラブレター~というドラマがとんでもなく面白くて、毎週見てた。

それはもう10年前。


世間は来年の抱負という事で、どんどん先は加速し、とにかく急ぐ。

2011年震災が起きて、節約的なムードになると、足るを知るという事が大切だと言われる。


足るを知るのは、人間の欲望の自然に反するもので、今足りるのは、今以上の欲望が満たされた時だから、言葉のイメージと人間としての実感とは反する。


2011年を忘れない。 これをいつも原点、原点ではなくても、何でもとにかく忘れない。

2011年を足るを知るの「足る」にすること。

来年の抱負というか、今後は2011年を忘れない事。


本当の事を言うと、2011年「丁寧にやる」というテーマと、失敗しても受け止めて、観察して楽しむという事をできるようになりたいと思って、とにかく飛ばした。


8月に一度ドイツ語で挫折して、少し日和りながら、それでも少し粘って今日。

来年。2012年。ドイツ3年目。27歳。


ブログを見て下さる皆さま。

2011年、本当にお世話になりました。

皆さま良いお年をお迎えください。

2012年、日本、ドイツ・チュービンゲン


2011年12月24日~26日

ドイツで迎える2度目のクリスマス


今年もライン家にお邪魔し、25日は住んでいる家にも家族が大集結し、たくさん話し祝った。

24日夜、ライン家では、チーズフォンジュの機械を使って、油を温めて肉を揚げるfleisch fondue。

デザートはシェフのキリアンが2つも用意してくれた。

プレゼントも頂き、素晴らしい夜だった。12時頃車で家に着いた。


25日は一緒に住むおばあちゃんのひ孫まで全家族が集まった。

たくさんワインを飲んで、郷土料理のマウルタッシェンとたくさんのケーキで祝った。

見ていると、まず皆来てクリスマスツリーの下にプレゼントを置くけど、あらかじめお願いされてるらしい。

それから高価でないプレゼントには20ユーロとかがくっついていてお年玉みたいになってる。

お昼から夜まで皆で楽しく祝った。


26日は同僚のデヤンがまた家に呼んでくれた。

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彼のお兄さんのダニエルと、彼女とその子供とお母さん

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そのあと、彼女のお兄さんの家に行ったけど、彼らの父はコソボからの移民で、お兄さんの奥さんはイタリア人。

デヤンは今年大学で論文を仕上げようとしていて、テーマが教育システムと言う事で熱弁していた。

父親世代からのドイツ人がいないリアルな状況で、彼はテーマを熱弁し、移民の人たちの状況が少し見えた。

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28日で2011年の仕事が終わり、いよいよ2012年は3年目が始まる。

年末は友達同士で祝うので、3日までゆっくりして、またスタートする。

2011年も個人的にはまぁまぁ色々やった年でした。

日本では震災が起きて、その後の対応、政治と以前は想像できなかったリアルな展開となっている。


ヨーロッパも金融危機が来て、失業率をはじめとして、色んな問題が出た。

その中でドイツはヨーロッパの中心として、特に忙しい一年だった。

2011年後半、ドイツへの移民は前年の半年に比べ19%増の約435.000人 2010年の前半の半年に比べると、68.000人多い。

ギリシアからは2010年前半の半年に比べ85%増の8.900人、スペインは49%増7.300人、イタリアからは23%象の13.900人


若年失業率はスペインが一番ひどくて、50%にせまる。

イタリア、ギリシア、ポーランドは30%台だし、イングランド、フランスも30%にせまる。


2011年は世界中ものすごい一年だった。

その中で平和に個人的な問題無く過ごせた2011年だった。

2011年12月11日 日曜日


お母さんお誕生日おめでとうございます。


先週の土曜日は同僚のデヤンと、ダミア達とバスケットを観に行った。

チュービンゲンのワルタータイガースはバスケのブンデスリーガ一部と言う事で、初めてプロのバスケを見た。

http://walter-tigers.de/  (※音注意(画も))

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マスコットのタイガーが見守る中ウォームアップ。
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この日の相手はボンから来た、テレコム・ボン。
収容人数3000人のPaul Horn Arenaはほぼ満員。
試合は白熱。
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結果は1ゴール差で勝利。

この日はこの後、ステファンとデスメタルのライブに行った。圧倒された。


昨日10日土曜日はチュービンゲンのクリスマスマーケットへ

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手前でハグしてた。

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グルーワインをたくさん飲んで温かくなり、楽しんだ。3日だけなので、人が多く買い物どころではない。

今日11日はstuttgartのクリスマスマーケットへ。

今年もハリーさんの家にクリスマスお呼ばれしたので、子供たちのプレゼントを買う。

ここは11月23日くらいからクリスマスまで一ヶ月くらい続くのに、今日は人がとても多かった。

schumpfnudelnというキャベツの酢漬けとベーコン、パスタのようなものを混ぜたのが人気で、うまい。

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手前で手振ってた。皆グルーワインで暖まる。

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激動の2011年が暮れてゆきます。
12月3日

今週も一週間が終わった。
今週はチュービンゲンでチョコマーケットが始まって、水曜日は部署でご飯に行って、先週末からのイベントラッシュで疲れた。

皆クリスマスの準備が始まり、クッキーを焼いたり、装飾をしたり、プレゼントを買いだしたりしている。

今週火曜日からチュービンゲンではチョコレートマーケットが始まって、フランスやスイス、アフリカなどからお店が来た。
早速火曜日にはステファンと行って、グルーワインという暖かいワインを飲んだ。

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ステファンはチョコが嫌いだし、夜だし、高いからワインを飲んで最近見つけたバーに行った。

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中心地の地下にあるバーなんだけど、ファスビアというのが1リットルのビールで、うまい。

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この写真には懐かしいものがたくさん入っている。

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まず左のテレビ画面は64のマリカー。
ただでできるし、ソファーになってて居心地がいい。
大学の時は皆これが好きで、自分はへたくそだったけど、コースとか見覚えがあって懐かしかった。

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画面右のバットは胡椒ふり。
その左によってみると、ハードゲイ。
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一発屋という言葉がまだお笑いでは信じられてなかった頃にハードゲイは出てきて、その後こんなに一発屋が早いサイクルで出てくるようになるとは思わなかった。
大学に入った頃はM1も全盛期で、毎年本当に興奮した。

前のブログで書いたstuttgart21はnoが58%をとり、プロジェクトは続行となった。
ひどい。世論の読みは逆で、何より、選挙の内容を理解できていない。
yes,noは続行がストップではなかった。もう少しちゃんと世の中を見ないと。
生活の質を上げないといけない。


11月26日土曜日


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木曜日帰り際、空が赤くなっていた。

ブログによると、去年は11月27日に突然大雪が降ったよう。

朝晩は氷点下になり、今年も寒いがまだ雪が降る気配はない。

ドイツもチェコも温度的にはものすごく寒いけど、湿気がないので、嫌な寒さではなく、やっていける。

去年のチェコの本当に寒い時は、充電が満タンのアイポッドは寒すぎて、外に出て3分で充電が切れた。


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25日金曜日は仕事が終わって、ステファンが家に招待してくれて、ポーランド料理を作ってくれた。

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ポーランドのビールと、ウォッカを飲んだ。

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ポーランドの郷土料理のロシア風ピロッギ。ロシア風だけど起源はポーランドらしい。

今日土曜日は会社で、大学に通いながら週2日働いているDejanが食事に招待してくれた。
彼は27歳で歳も近いし、親身になって話してくれる。
お昼過ぎにTübingenから電車で10分のReutlingenという都市部に移動し、街を案内してくれた。
クリスマスマーケットが始まっていて、街には人が溢れていた。

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Dejanのお母さんがスープとピザを作っていてくれた。
Dejanの両親はセルビアの出身で、セルビア語を話していた。でもおじいちゃんはドイツの出らしい。

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ブンデスリーガを見ながらご飯を食べれて、途中からもう一人の同僚も来た。

彼はTübingenで開催されるクリスマスハーフマラソンに出るために昼休みを削り走っている。


夜にはDejanの兄の家に行った。

4ヶ月の赤ちゃんがいて、彼の彼女と四人で色々話した。

ドイツの中のセルビア移民としての物の見方とか、日本人、アジアに対する見方、アメリカ、色んな事を話せて楽しかった。

とても親切な同僚達と一緒に楽しい土曜日だった。


明日も夏のドイツ語コースで知り合ったAlexにステファンと共に食事に呼んでもらった。

ありがたいと思う。


Stuttgart21という15年くらい前に始まった、Stuttgartの駅の大改造計画で、デモとか、お金と時間かかりすぎとか、色々問題の多いプロジェクトがある。

今年に入って、スイスの会社が入ってストレステストをしたりとか、色んな調査があった。

いよいよ明日はドイツ史上初の国民投票が行われる事になっている。

Baden-Württembergという今住んでいる州だけの選挙だけど、住民で投票権のある者は皆Yes・Ja/No・Neinを投票する事になっている。


張り紙とか街の雰囲気だと、Jaでとりあえずプロジェクトを進める方が少し多そう。

ドイツ語の先生は本当に半々で分からないと言っていた。

史上初の国民投票にドイツ中が注目している。

2011.11.18~20

金曜日は仕事を終えて、電車に乗り三時間Baden-Badenというリゾート地に移動し、出張に来ている父達と週末を過ごした。

Baden-Badenは世界最大のカジノ、歴史的な温泉浴場、ゴルフ場、等いろんなものがそろい、ヨーロッパ屈指のリゾート地。

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Stuttgart、Karlsruheで乗り換え。

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素敵なホテルで2日ゆっくりできた。

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土曜日はゴルフをした。
たくさん打ったけど、難しいコースを力いっぱい楽しめた。

ゴルフ場はフランスにあり、車で約1時間。

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夏に比べると、観光客は少ないが、近いところからはけっこう人が来ていた。
フランスの国境に近く、ロシア系の富裕層の別荘地もあるため、色々な文化のある地域だった。

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日常を離れ、ゆっくり出来ました。

ありがとうございました。

2011年11月2日


昨日は休日だったので、夕方から街へでかけ、ステファンとビールを飲みながら散歩をして、クナイペと呼ばれる居酒屋へ行った。

さすがに先週末はステファンも疲れたみたいで、ビールをゆっくり飲んで解散した。


今日はステファンとポーランドについて書く。


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ステファンはポーランドのワルシャワではなく、第二の都市で大学を出て、24歳でドイツに来た。

ドイツコースで同じクラスになり、彼も九月からPraktikumをするらしく、来た頃の自分と同じ境遇だったので、仲良くなった。

ドイツに来てからは、日本のように誰かと良く一緒に飲みに行くというよりは、イベントを待つのみだった。


ステファンと仲良くなり、良く飲みに行くようになった。こういう友達ができたのはドイツでは初めてだった。

ポーランド語はチェコ語と似ており、ロシア語にも近いので、彼の周りには自然とロシア、チェコ、ウクライナ等の国の仲間が集まった。


8月にはポーランドで何十万人の集まるフェスがあるらしく、招待してくれた。


昨日はポーランドについての歴史の話しをしてくれた。

特にウクライナとの関係は面白かった。彼の御祖父さんの御祖父さんは、当時のポーランド領地で成功して富を得たけど、歴史的にウクライナと土地だと主張してくるウクライナ人に殺されてしまったと言っていた。

ウクライナは完全にロシアの文化だけど、ポーランドはチェコ、ドイツの文化だと言っていた。

言葉の境界はロシア側だけど、文化の境界はドイツ側だと主張し、EUの国である事を誇らしげにしている。


境界の国として、西の方に擦り寄るとうよりも、誇らしくある事は良いと思った。

EUの国だと主張するようりも、その位置で、スラブ語族であることを活かして存在感を出そうとする。


ウクライナとは未だに境界の事とか色々あるらしいけど、敵対する感じではないらしい。

まだまだ経済や生活のレベルはウクライナの方が低く、近代化に伴う色んな制度はポーランドが整えた部分も大きいらしい。

それでも物価はドイツの約半分ということで、チェコ同様日本からは4分の1くらい。

ポーランドは過去に物凄く、国境が変わっていて、その時々でその土地の国は変わってもあまり動きたがらないと言っていた。お互いの国には、相手側の移住はあまり多くはないらしい。


それでもウクライナとフレンドリーな態度でいれるのは良いと思った。

少なくともウクライナの学生達ととても仲良くできている。

どこでも同じような問題があるんだなと思った。


ドイツに来てから、ミュンヘンで最初に仲良くなって飲みに行ったのもポーランド人だったし、その後学校や会社関係でも何人か会ったけど、ポーランドの人は皆良くしてくれた。


来年はポーランド・ウクライナの共同開催でサッカーのヨーロッパ選手権、EURO2012もあるし、ポーランドは今後更に良くなっていくかもしれない。

というか、ヨーロッパの中でそこそこの人口を持つポーランドを知らなさすぎた。


彼は来週の月曜日から一週間里帰り。

地元までは、ベルリンから130キロくらいでそんなに遠くない。


11月1日


今日は、Allerheiligen、日本語で万世節というカトリックの祭日でお休み。

ドイツに戻り、一週間、正直体調がおかしかった。

時差ぼけを問題にするのが、嫌いで、時差ぼけは気持ちの問題だけで、その時朝なら朝だし、夜なら夜だと思ってた。

もともとそんなに規則正しい生活をしてるわけではないのに、たまたま海外に行くと途端に時差を気にし出すのは嫌だった。


しかし、3週間の短期で7~8時間の時差を往復したのは初めてで、これは理屈ではなく体にこたえた。

そして、ドイツで既に生活があり、家も仕事も友達もありという幸せな状況が、急激に生活を再スタートさせることになり、少し無理をした。


友達がいた事は精神的には助かり、寂しい思いをしなくて済んだ。

週末にはBonn,Landau,Londonから友達も集まり、ささやかなパーティーもした。

皆それぞれの場所で頑張っているようで、刺激をもらった。


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日曜、月曜、静かに生活をすると体調も戻り、今はすっきりしている。


10月31日で私のドイツでの生活は1年半となり、Prakutikumという実習生の期間も満了した。

当初の予定では11月からスイスの別会社で実習だったが、もう少し今の会社で働くことになった。

明日からまた正式に担当する仕事も出てくるので、スタートの気持ちでやる。


どこかでいつも日本を意識して生活してきたので、日本への一時帰国が終わって少し気が抜けてしまったけど、ゆっくり元のペースに戻していく。

寒くなってくると思いますが、今年も残り2カ月なので、やれる事をやります。

10.24. 月曜日



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201110月は3週間の休暇を取り、日本に一時帰国をした。


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大学院のゼミの恩師、KBSの皆さん、大学の友人、高校の友達、会社の日本支社の方々、家族、多くの方々に会う事が出来た。

貴重な時間を割いて会ってくれた方々に感謝したい。

今回たまたま都合があわずに会えなかった多くの方々にも感謝したいです。

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特に今回は、葬儀があったこともあり、東京と長野をたくさん行き来した。

そんな中でも残された祖母を中心に家族は一つにまとまり、長野にいる日の多くは家族と新族で食卓を囲み、色んな話しをできた。

結果3週間で、長野と東京を3往復し、名古屋へも2度行った。

基本的にはゆっくりできたけど、勉強になることや考える事は多く、多くの課題を持ち帰れた。


特に帰国の際、日本に近づくにつれて感じた事は面白かった。

StuttgartからFrankfurtまではまだドイツの雰囲気だったが、Frankfurtでトランジットした後は日本の雰囲気だった。ちなみに初めてエアバスA380に乗れて感動した。

日本の雰囲気を最初は怖いと思ってしまった。

皆表情はこわばり、他人との境界線は厳密なものだった。

東京の妹の家に着く頃には、この中でやっていけるのか不安に支配された。


とにかく、人が多く隣の人との距離は近い隣人に興味を示してはいけない雰囲気が最初は大変だった。

知り合いが会ってくれるにつれて徐々にペースを取り戻し、後半はどっぷり日本に浸かれた。



今はドイツのチュービンゲンの自宅に戻り、今日から会社も始まり少し安心した気分。

ゆっくりと仕事に入り、問題無いです。


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率直に言って、日本の生活は忙しい。

これはドイツ人が本国ドイツで暮らす時もそうなのかもしれないけど、核心の問題は進んでいかないのに、周りの事を整えるのに本当に忙しい思いをする。

日本人の自分がドイツで外人として生活するから、そういう事から自由でいれる事を踏まえた上で、考えても日本の生活は忙しく、大変だ。

しかし、忙しくて大変だからOKだと寄りかかってしまうと、余裕をもった生活をしている国に負けてしまう気がする。そんなのは悔しすぎる。

余裕のある国は、仕事は仕事で、個々人の核心の問題は確実に進めてくる。

だから歳をとった後で個人として出来る事が圧倒的に多くなると思う。



ドイツの特に南部シュヴァーベン地方は勤勉で知られ、倹約家でもある。

見ていて本当にお金を使わない。

でも、経済の状況は良く、海外の労働力をスムーズに受け入れる事に成功し、私の住むBaden-württembergと、隣のBayernのドイツ南の2つの州だけは失業率は5%を下回り、4%台である。その他の11の週はどこも約10%の失業率にも関わらず。

そりゃまぁたくさん働いて、お金を使わなければその場所だけは経済的には良くなるのか、それは経済全体としてはあんまりありがたくないのか。

でもその余剰を自分みたいな外人も受けられているとしたら、素晴らしいのか。エゴか。

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ドイツで生活を楽しんでおいて言うのもあれだけど、こういう余裕のある生活でこれだけの成果を生み出すのは、単純に羨ましいなと思う。

日本で暮らすのに、見栄や周りに合わせる消費は絶対必要だというのは理解している。今回久しぶりに帰って、その差が忙しさに跳ね返って、仕事以外の人間的な成熟や単純に個人として出来ることの差になっているような印象を受けた。


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どちらが良いかは絶対に言えないとも思っている。日本の雰囲気の中で勤勉、倹約を貫いて、社会人として成熟していけるとは思えないし、日本の社会が良くなるとも思えない。

どの環境でも自分だけ良くなろうと言うのはダメな気もする。

そういう雰囲気を理屈ではなく、受け入れる日本の社会人は大人だなと思った。

あの雰囲気の中で個性を出していくのはパワーがいる。

もう少しドイツで個を磨ければ良いなと考えました。

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水曜日からは夜のドイツ語コースが始まるし、今週末はサマーコースの友達がイングランドとウクライナから来る予定。

少しずつペースを戻していく。


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8.26 金曜日

ドイツとチェコでの初めての厳しい冬を体験し、楽しみにしていた夏もほぼ終わりました。

今年も大学のドイツ語コースに参加させてもらって、世界中から集まったレベルの高い学生、研究者に刺激をもらった。
今年は去年より少しドイツ語のレベルの高いコースで、去年同様毎日遅くまで多くのプログラムをやった。
今年は特にクラスの仲間とずっと一緒にいた。
今年はアメリカ人2人、イタリア人3人、チェコ人1人、フランス人1人、ルーマニア人1人、ポーランド人1人、イギリス人1人、日本人3人のクラスだった。素晴らしいクラスで、多くを学ばせてもらった。

色んな事があった8月はとても速く過ぎ、更に色んな事を考えた。

とても楽しめたから、月曜日からまた一生懸命やる。

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初めてstocherkahnに乗った。

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今日は皆で山に登って、風船を飛ばして、お別れ。

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tschüss, danke alle.