本日も超ECO、半径200m圏ぶらりであります。
子供のころは、このあたりをかけずり回っておりました。写真の家は、波板の塀は違っていたかもしれませんが、そのころからほぼこのままの形であったと記憶しています。
おやじにとりましては郷愁を誘われる建物です。
そこから西へ少し、この路地を抜けた所は広場だったと思います。
紙芝居のおじさんがここで子供たちを集めます。
当時は子供も多かった(何年前のはなし?)。
・・・・・・・・・・・・・・・・・50年以上かと・・・
紙芝居をみながら食べるのは、水飴など何でもない駄菓子でしたが、美味しく感じたものです。
ちょっと並べる順番を間違えてしまいました。
先ほどの広場だったところから北へ100m程にある玉浦橋のたもとから見た五剣山です。
玉浦橋を渡ったところにある蛭神社です。
旧市街地にはこの他にも蛭子神社があります。
玉浦橋から一本南側を通る源内通りにかかる橋の古い橋柱?
「珠橋」と「慶応二年十一月」の文字が読み取れます。
江戸時代にかかっていた橋のもののようです。