土方さんの説明はこうだった。
さっきの雪村って依頼者の話だと、元々は会社の同僚からストーカー被害を受けていて、ある時ひょこり現れた見知らぬ男性に助けてもらったらしいのだ。
ところが、その男性ってのがストーカーの同僚から守ってくれた際に「俺の嫁になにをするのだ」だとか「やっと見つけた人のものに」だとか口走っていたらしく、今度はこの助けてくれた男性に対して恐怖感を覚え、うちに相談に来たらしい。
「うーん・・・なんだ、そりゃ?」
新八っつぁんは首を傾げた。
そりゃそうだ、ちょっとややこしくって俺もすぐには理解できなかった。
俺たちの怪訝そうな表情を汲み取って、土方さんも眉尻を下げた。
「まぁ、な・・・その風間っていう男があらたなストーカー、って事なんだろうな」
そう、依頼者を助けたのは風間という名前だそうで、身なりもきちんとしている30代の男性だと言う事だ。
土方さんは資料を挟んだファイルの中から雪村千鶴の顔写真と、元ストーカーの写真、そして風間の写真をテーブルの上に並べた。
「あの依頼者、災難だな・・・」
雪村千鶴の写真を眺めながら、新八っつぁんが漏らす。
ほんと、せっかくストーカーから助けてもらったその恩人がストーカーだなんて、ツイてないよな、この依頼者。
「で、土方さんどうすんだよ?俺か新八っつぁんがやるんだろ?」
俺がそう尋ねると、土方さんは険しく眉間に皺を刻んだ。
「そう、だな・・・」
考え込むように目を瞑った時、事務所の入り口のドアが開いた。
「おやおや、これはこれは・・・どうしたんですか?難しい顔をして」
現れたのは山南さんだった。
「あ、おはようございます」
一くんは山南さんに向かって深く頭を下げてから、お茶を入れる為にキッチンの方へ消えた。
「おっ、珍しいじゃねえか、山南さんがお出ましだなんてよ」
新八っつぁんの言葉ににっこりと柔和な笑みで返し、山南さんは空いてる椅子に腰を下ろした。
「ええ、ちょっと近くの書店に用がありましてね、ついでに寄ってみたのですよ」
一くんがお盆に乗せて持ってきた湯呑を山南さんの前におくと、有難う斎藤くんと言って、湯呑を口元へ運んだ。
「で、何を話していたのですか?」
ひと口飲み終えると、ゆったりとした口調で土方さんに尋ねた。
「それが・・・」
さっき俺達が聞いた話をもう一度山南さんに繰り返して説明し始めた。
山南さんは終始黙って聞いていたが、土方さんが語り終えると突然、ポンと手を叩きにっこりとほほ笑んだ。
「ああ、それならばうってつけの方を知っていますよ」
「本当か?山南さん!?」
ぱぁっと表情を明るくした土方さんだったけど、山南さんの口から出た名前を聞いてすぐに凍りついちまったみてえに固まった。
「い、伊東さん・・・かぁ・・・」
「ええ、伊東さんにその風間とやらをスト―キングしてもらえば、相手の戦意喪失間違いなしですよ」
「そりゃそうかもしれねえけど・・・でも、なぁ?」
土方さんにふられて、一くんも表情を強張らせる。
「え、ええ・・・あの方はかなり取り扱い注意で混ぜるな危険、ですからね・・・」
一くんがこう言うのも無理はない。
その伊東さんってのは、正式にうちに所属してる訳じゃないんだけど、まぁなんつーか、アレなんだよな。
「おい、平助、伊東さんってあの伊東さんだろ?」
声を潜めて新八っつぁんが俺に聞く。
新宿2丁目界隈では知らない奴はいないって噂もあるし、本職は俺もよく知らねえんだけど、そっちの世界では「かしこ様」なんて呼ばれて恐れられてるって話だ。
「あぁ、土方さんも一くんもあんな顔するって事はあの伊東さん、だろうな」
俺が新八っつぁんにそう返すと、また入り口のドアが開いた気配を感じた。
「あっれぇ?山南さんが来てるなんて、珍しいですねえ、どうしたんですかぁ?」
今度は出かけていたはずの総司と左之さんが連れだって戻って来た。
二人は鞄やら大きな紙袋やらの荷物を各々のデスクに置いて、こちらのテーブルにやって来た。
「なんだなんだ?皆でなんの話してたんだよ?」
何か面白い事でも話してたのか?なんて、左之さんが呑気に笑うと、もういい加減同じ話を説明すんのに嫌気がさしたのか土方さんは、斎藤、とだけ短く言って一くんに説明するよう促した。
「実は・・・」
伊東さんがうってつけなのではないか、という山南さんの発案のところまでを一くんが簡潔に語った。
「へえー、なんだか気味が悪いな、その風間ってやつ」
「そうだよねぇ、嫁、だなんてさ。もともとの同僚のストーカーよりもタチが悪いかもね」
左之さんも総司も、少しニヤニヤしながらテーブル上の写真に目を落としている。
自分達は別件を抱えてるからこの案件に駆り出される事はないだろうっ思ってるからか、なんだか面白がってるようにしか見えねえぞ、まったく・・・。
「ただ、山南さん。やはり伊東さんはちょっと・・・どうだろうかと俺は思うんだが」
土方さんがそう言うと、
「そうですか?他に適任者はいないように思いますがね」
山南さんはまた湯呑を口元へ運んだ。
っつーか、なんでこんなにも土方さんは伊東さんに仕事を頼みたがらないんだ?前にも何度かややこしい仕事を引き受けてもらったって聞いた事あるけどな。
俺の考えてる事が分かったのか、横に座った左之さんがぼそっと呟いた。
「そりゃ、伊東さんへの報酬がアレ・・・だもんな・・・」
アレ、って?
そんな顔で俺が左之さんの方を見ると、きゅっと口角を持ち上げて俺の耳元でひそひそと話した。
「カラダ、だって話しだぜ」
うっげーーーーー!マジかよ?ありえねぇっつーーーーの!
そりゃお願いしたくないはずだぜ・・・。
「あ」
そんな中、急に総司が何かを思い出したように声を上げた。
「どっ、どうした総司?何か名案か?」
土方さんは縋る様な目付きで総司を見た。
その眼差しが必死過ぎて、暗闇に射した一筋の光明、ってな感じで俺は思わず可笑しくて笑いそうになる。
「うん、でも土方さんを助ける様な提案だから、ちょっと言いたくない気持ちもあるんだけどね」
こいつどこまで土方さんいじめたら気が済むんだよ、ほんと良い性格してるぜ。
「た、頼むっ!総司、なんでもいいから、伊東さん以外に良い案があるなら教えてくれ!」
ここまで必死になるなんて、さっき左之さんが言った「報酬」ってあながち嘘じゃねえのかもな・・・。
「仕方ないですねぇ、ひとつ貸し、ですよ?」
総司のやつ、いつも悪戯を思いついた時と同じ顔してやがるぜ。
「この子」
そう言って総司は、雪村千鶴の写真の上にとん、と人差し指を置いた。
「おう、それは依頼者だが・・・それがどうしたってんだ」
「僕、この子にそーーーーーーーーーーーっくりな、女装癖のある男の子、知ってるんですよね」
「おおおっ!」
「マジか!?」
一同がどよめき立った。
「うん、ちょっと前に担当したいじめの件で、ね。その子にも僕、貸しがあるからさ」
すげーな、総司。あっちこっちに貸しばっかり作って、おめー闇金みてえだな。
俺はそんな風に思って総司を見ると
「やだな、平助。そんな失礼な事、考えないでよ」
何故か俺の頭の中を覗いたように言って、くすくすと声にして笑った。
≪平助日記3へ続く・・・≫