絶叫に近い喘ぎ声を浴室に共鳴させた私は、歳三さんの胸に身体を預けて小刻みに跳ねながら完全に脱力していた。
この密室の中では相変わらずシャワーからお湯が出続けていたから、サウナ以上の熱気と湿度に覆われていて、余計に意識が朦朧とする。
はぁっ、はぁっ、と歳三さんが胸で呼吸をし始めたのに気づいて顔を上げると、ゆっくりと彼の目が閉じて、やがてぐらっと身体が傾いた。
「と、歳三さんっ!」
慌てて背中に手を回して、なんとか倒れるのを防ぐと
「・・・熱が・・・上がっちまったかな」
薄く目を開き頬を上げて、口の中で呟いた。
(い、急いで出なきゃっ・・・)
歳三さんの身体を支えたままコックを捻ってシャワーを止め、彼の太ももから下り、壁についた操作パネルの換気ボタンを強にする。
大量の白い蒸気はみるみるうちに天井の通気口へと消えてゆく。
呼吸が少し楽になったのを感じて、なんとか歳三さんを立ち上がらせる。
「大丈夫ですかっ?ベッドに、行きましょう」
浴室から連れ出してバスローブで彼を包み、急いで自分にバスタオルを巻きつける。
なんとかベッドのすぐ近くまで歩かせると、歳三さんは糸が切れたように倒れ込んだ。
「ははっ・・・目が、回るな・・・」
笑いながら硬く目を瞑って、ベッドの上で仰向けになる。
「何か、水分摂りますか?」
傍でおろおろしていると、氷を持って来てくれと目を閉じたままキッチンの方を指さした。
私は急いで冷凍庫から氷を出してグラスにいくつか放り込み、彼の元へと戻った。
「氷、持って来ましたよ」
「ん・・・あーーーー」
歳三さんは口をぱっくりと開けて舌を出す。
(入れてくれ・・・て事かな?)
1つ取って、入れますよ?と声をかけて舌の上に乗せると、コツン、と氷と歯がぶつかる音をさせながら口の中へ落として氷を転がす。
しばらくの間、眉間にシワを寄せたまま目を閉じて口内で氷を溶かす。
「・・・のぼせちゃいましたかね・・・気分、悪くないですか?」
尋ねると、歳三さんは目を開いて、半分ぐらいの大きさになった氷を乗せた舌を出す。
(んと・・・もういらないって事、かな?)
「取りますね」
氷をつまみ上げようと指先を口元へ近づけると、突き刺すような視線で睨みつける。
「・・・・・・・・・」
「えっ?」
思わずぎょっとして手を引っ込めると、歳三さんは私の後頭部に手を添えて自分の顔へ引き寄せた。
(・・・く、口でっ?)
理解した頃にはもう唇に冷たい感触があたって、私が慌てて唇と舌で氷を受け止めると、歳三さんはくっくっくと嬉しそうに笑い、真っ赤な顔で目をパチパチさせている私を見上げていた。
「ん、んごぅ、ばじゅがじいばばひげっじゅが」
もう、恥ずかしいじゃないですかと抗議したつもりが、口の中の氷のせいで全く何を言ってるか意味不明になってしまった。
歳三さんはそんな私で爆笑して、目の端にうっすらと涙まで浮かべていた。
(うっ・・・悔しい・・・)
むっとして目を伏せると、大きな掌で頬を包まれて・・・またキスをする。
舌先を器用に動かし私の口から氷を奪うと、ガリっと奥歯で噛み砕いてそのまま飲み込んだ。
そして耳元に口を寄せ、
「怒るなって・・・お前はほんっと、可愛いな」
「・・・・・・・え、えええっ!?」
彼の言葉とは思えない、甘い台詞に耳を疑う。
「か、可愛いって・・・だって」
「だって、何だ?」
「だって・・・いつもで経っても、歳三さん・・・何もしないから」
「から?」
「・・・今日だって、こんな風になるなって思ってなかったし」
「し?」
「だから、その・・・」
なんだか次第に責められている気分になってきて、先を言い淀んでいると
「・・・初めて逢った日に言っただろ?大人は色々と思慮深いんだって」
初めて逢った日に見せたように、照れくさそうに目許を少し赤くして
「出逢いが出逢いだろ?ホストだから、どうせ遊びじゃないかって・・・すぐ手を出す様な男だって、思われたくなかっただけだ・・・」
あまりにも私がまじまじと目を見つめて話を聞いているから、今度は歳三さんが不貞腐れたようにぷいっと顔を背けてしまう。
「そんな顔で見んじゃねえよ・・・」
それでも言葉を返せずまじまじと彼を見続けていると、私の視線を感じているのか、濡れた髪から覗く耳が少しずつ赤くなっていく。
(ヤバい・・・歳三さんの方こそ、可愛いよ・・・)
弱っているところを見せられて、調子に乗った私は思い切って口を開く。
「あの・・・歳三さん?」
「・・・・・・」
「何か、今のって」
「・・・・・・」
「告白・・・された気分なんですけど・・・」
「・・・・・・」
待てども待てども、顔を背けたままの歳三さんからの返事はなかった。
(・・・変な事言っちゃったかな・・・?)
すぐに自分の言葉に後悔して、さっきまで高揚していた気分が一気に落ち込んだ。
重いため息を吐こうとした時、
「はあああぁっ」
歳三さんがとんでもなく大きなため息を吐きながらこちらに振り返る。
まだ少し赤らんだままの顔で優しく微笑んで、
「お前のそれ、鈍いのか、わざとなのか・・・・・・ったく」
小声で言って、私の頭をぐっと抱え込む。
逞しい胸に耳をつけるような格好になって、信じられないほど激しく打っている彼の鼓動が伝わってきた。
「・・・こう見えても、俺は初めて逢った時から・・・お前に夢中なんだよ」
「っ!!」
気がつくと、私は自分から歳三さんにキスをしていた。
・・・それから私たちは、ついさっき湯あたりをおこしたばかりなのも忘れて、何度も何度も互いを求めあった。
結局そのまま私は歳三さんの部屋で一夜を過ごし、翌日―――
「ックシュン!!!」
「おーおー、38.3度だとよ」
もうすっかり熱も下がってすっきりした顔の歳三さんは、私の腋から取り出した体温計を眺めて、まるで他人事のように笑っている。
(ホントに他人にうつして、歳三さんはすっかり元気になってるしぃ・・・)
「もぅ、こんなはずじゃなかったのに・・・」
彼の部屋のベッドで横になっている私は、小さく独り言を呟いた。
その独り言が聞こえてしまったのか、熱冷ましシートのフィルムをはがして私の額に貼った後、ふっと口元を緩めた歳三さんが耳元で囁いた。
「その風邪、俺がうつされてやろうか?」
≪End≫