俊太郎編1 | ぶーさーのつやつやブログ

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艶が2次小説と薄桜鬼ドラマCD風小説かいてます。

続きものですので、初めてのかたはこちらをまずご覧ください。
「T・GIRL序章」








「俊太郎さんでお願いします」



3分ほど待つと、私が指名した俊太郎さんと、花ちゃんが指名したホストが座席にやって来た。

「こんばんは、本日はご指名ありがとうございます」

花ちゃんが指名した龍之介さんは爽やかに笑ってお辞儀をした。

「あ、こんばんは。花でーす、よろしくね!」
「失礼しまーす」

龍之介さんは私とも軽く挨拶を交わすと、花ちゃんの隣に座って早速会話を始めた。


「こんばんは、俊太郎です」

俊太郎さんは下げていた頭をゆっくりと上げ柔らかい笑みを見せる。
私は、指先まで優雅な動きをする俊太郎さんの所作に思わず見惚れてしまって、返事も返せずに口を開けてしまっていた。

「失礼いたします」

聞き慣れないイントネーションと、ふっと漂った香で忘れかけていた記憶が突然よみがえる。

「・・・あぁっ!!!貴方、あの時の・・・?」

私は思わず彼の腕をがしっと掴んだ。

「あ、ごめんなさいっ」

我に返ってぱっと手を離すと

「ふふっ、覚えてくれてはったんですね・・・こんなところで会えるとは、ね」

俊太郎さんは僅かな顎鬚を擦りながら、あの日と同じように、目を細めてふわりとほほ笑んだ。








―――――1年程前、大学の帰りに新宿へ買い物に来た時の事だった。

裏通りにあるお目当ての店から出て新宿駅に向かって歩いていた時、突然激しい雨が降り出してしまった。


(うわぁ、傘持ってないよ・・・すぐに止んでくれないかな・・・)


どこか雨宿り出来るような場所はないかと視線を彷徨わせていると、勢いよく通り過ぎる車が跳ねあげた泥水を大量に引っ掛けられてしまった。

「きゃっ!」

びっくりして足を滑らせ、その場に尻もちまでついてしまい、更には弾みで眼鏡を落として自分のお尻でぺしゃんこに踏みつけてしまったのだ。

泣きだしたくなるほどツイテない・・・。

走り去る車を睨みつけながら立ち上がると、

「大丈夫、どすか?」

不意に声をかけられ、肩をびくっとさせ飛び上がる。
振り向いて、霞む目を凝らしてよく見ると、そこに立っていたのは真っ白な子猫を腕に中に抱えた男性だった。
男性は私を傘の中に入れるように、すぐ傍らに立った。

「えらい汚れてしまってますなあ・・・」

私の泥まみれの格好を見て、男性が困ったように眉を下げると「ニャァ」と子猫が声を上げた。

「ん?そうか?そうやなあ」

男性は子猫と会話するように言うと、

「すぐそこ、わての家なんやけど・・・着替え貸してあげましょか?」


(有難い提案だけど、見知らぬ男性の家について行って着替えを借りるなんて・・・図々しいっていうか、危ない・・・よね?)


そう思って返事もできずに俯いて、自分の泥まみれの服に落胆して肩をがっくりと落とした。
同時に足首に鋭い痛みが走った。
さっき足を滑らせた時にねん挫でもしてしまったのだろうか。

「痛っ・・・」

よろけながら痛む足をかばうように立つと、

「足、挫いたようやな・・・手当もしといた方がええやろ、さ、おいで」

男性は私に傘を渡すと、片腕を支えて少し先にあったマンションへと入る。

「えっ?あの、ちょっと・・・」

腕を引かれつつ、少し怯えて抵抗する私に、

「ふふっ、何もせえへんよ、安心して」

眼鏡がないせいでぼんやりと見える男性は、上品に笑いながら腕に抱えた子猫の額に唇づけるような素振りをした。

「ニャァ・・・」

その様子を見て何故だか急に安堵した私は、着替えを貸りて湿布か何かを貰ったらすぐにここを出ようと思いながら、黙ってその男性の後について行く事にしたのだった。


(服は泥だらけで足もねん挫して、おまけに眼鏡も壊れてしまって・・・。せめて服と足だけでもなんとかなれば、タクシーで家まで帰ればいいしね)





部屋の中へ入ると、男性は腕の中から子猫を床に下ろし

「いま着替えを持ってくるから、ちょっと待っとって」

と言い残し、リビングを出て行った。

待っている間、私は立ったまま部屋の中を見回す。

部屋の中はとても綺麗に片付いており、どこか懐かしい様な香が漂っていた。

「ニャーン」

真っ白な子猫がトコトコとテーブルの方へ歩いて行くのを無意識に目で追った。
すると、テーブルの上で焚かれているお香が目に止まり、部屋の中を満たしている香の正体が分かった。


(なんか、いい匂いだな・・・)



すぐに男性は戻って来て

「これ、男もんやけど・・・」

手に持っていたのは少し大きめのダンガリーシャツだった。


(これなら、上からベルト巻けばワンピみたいになるし・・・)


そう考えて私は、有難うございますと頭を下げてそのシャツを受け取った。

バスルームの場所を教えてもらって泥だらけの洋服を着替えると、ねん挫した足に湿布を貼った方がいいと言われ、リビングのソファに座らせてもらった。


「ちょっと足、ここに乗せて」

男性はそう言って、私の前に膝を立てて座った。

「いや、その・・・えっ?ここに・・・ですか?」

男性は取り乱す私を見て含み笑いを漏らし、黙って2、3度頷いた。


(さすがにそれはちょっと・・・恥ずかしすぎるかも)


私が延々と躊躇っていると、さっと足を掴まれて、彼の膝の上に乗せられる。

「遠慮なんて、せんでええのに・・・なぁ?」

2人の間にちょこんと座った子猫に男性が笑いかけると、ニャアーンと返事するみたいに可愛らしい泣き声を上げる。


そのやり取りがほほ笑ましくて、私の緊張は少しずつ溶けて行った。


男性は丁寧に湿布を貼った後、テーピングで固定して

「はい、これでもう大丈夫や」

ポン、と私の膝に触れて立ち上がった。

「あ、有難うございました・・・」
「いいえ、これぐらい、気にせんといて」


優しく頬を緩ませてから、窓の外に目を向けて暗い空を見上げ、暫く止みそうにないなあと呟いた。
その言葉で私も窓の方を見る。
今は激しく降る雨だけではなく、雷鳴と共に空がストロボのように眩く光を放っていた。


「何か、温まるもんでも淹れましょか?」
「いえ、そんなっ・・・これ以上ご迷惑かけてしまっては」

私がソファから腰を上げようとした時、床から子猫がピョンと飛び上がって、私の膝の上に座ってしまった。

「あっ」
「その子はもう少し、あんさんにここに居て欲しいようやね」

くすくすと笑いながら、男性はキッチンへと消えた。


「・・・」

私を見上げている子猫にそっと手を伸ばして顎を撫でると、気持ち良さそうに喉を鳴らして目を閉じた。







≪俊太郎編2へ続く・・・≫