20××年、×月某日。
歌舞伎町に出来たばかりのホストクラブ「T・GIRL」
かつて歌舞伎町で何年も連続ナンバーワンをはっていたという若きオーナーが全国のホストクラブを探し歩いて、厳選に厳選を重ねた中から選ばれた7名をスカウトして作り上げた至上最強のホストクラブだ。7名ともが他店舗でナンバーワンを務めあげていた者ばかりだったという事と、オーナーが伝説のホストだと言う事でオープンと前から歌舞伎町だけではなく日本中のホスト・水商売関係者、さらにはマスコミからも注目を集め、連日テレビでも大々的に取り上げられていた。
ネオン煌めく歌舞伎町の中で逆の意味で目を引く京茶屋風の建物。
まるでタイムスリップしたかのような外観を見上げる二人の女性・・・・・・・・
「花ちゃん、私ホストクラブなんて行った事ないんだけど」
「ええやんええやん、うちかてないし。それにうちらもう20歳越えた大人なんやし。何事も経験やんか」
私は大学の親友「花ちゃん」こと糸井花里ちゃんと歌舞伎町で今話題のホストクラブの前に立っていた。
「うちこないだテレビで見たんやけど、オーナーがめっちゃ美系やねん。話題騒然のわりに、ホスト達の正体は明かされてないんやて。お店に行かんと、顔見られへんらしくて」
「えっ、そうなの?それってなんか、怪しくない?」
「んもぅ!ごちゃごちゃ言わんと入ろ!」
花ちゃんに背中をぐいぐい押され、店名「T・GIRL」と書かれた自動ドアのマットを踏んだ。どう見ても歌舞伎町に不似合いな入り口の戸だったが、すぅーっと音も立てずに自動で横にスライドした。
「ぅわっ」
思わず声が漏れた。
戸が開いたその先は長い通路になっており、床に置かれた行燈の明かりが道しるべとなり、奥のドアをぼんやりと照らしていた。
「なんや暗いな」
花ちゃんはそう言って前方と指さし
「あ、奥にさらにドアがあるんやね。行こっ」
私の右腕に腕をまわして強引に進んで行った。
普通、ホストクラブとかって(と言ってもテレビドラマで得た知識だが)壁一面にホスト達の写真が飾ってあったり、シャンデリアが煌めいていたり、もっと派手なものだと思っていた。
この入り口から想像できるのはお化け屋敷みたいだなと思いながら、奥のドアへと辿り着いた。
途端、すっとドアが向こう側へ開いた。
「いらっしゃいませ」
出迎えてくれたのは金髪に近いぐらい明るい髪を後ろで軽く纏め上げた美青年だった。
「この人がテレビ出てたオーナーさんっ」
小声で花ちゃんが耳打ちする。
オーナーの美青年はにっこり微笑んでしなやかに一礼した。
「こんばんは、お二人とも初めてですか?」
うっかり飲み込まれそうな美しい微笑みに一瞬息をするのを忘れてしまった。
「あ、はい」
「畏まりました、それではこちらへどうぞ」
さっと華麗な動きに先導され、私達は店の奥へと案内された。
「ちょっと、テレビよりすっごいイケメンやーーーーーん」
花ちゃんは大興奮して肘で私のわき腹をつついた。すっかり浮足立っている彼女を見て私も少しドキドキしてしてきた。
案内された店内には、座り心地の良さそうな大きなソファと大理石で出来た低いテーブルがゆったりと間隔をおいて配置されていて、それぞれが背の高い仕切りで隔てられており各テーブルのお客同志が顔を見えないような配慮がなされていた。
照明も天井に埋め込まれたシーリングライトとテーブル上のキャンドルのみで、ほの暗くどこかミステリアスな空間を演出していて落ち着く印象だった。
「うわ、このソファめっちゃ沈むー」
ソファに腰掛けた花ちゃんは、背が低いせいもあってか足が床から浮いてしまっていた。
いつにもなくはしゃぐ花ちゃんの様子を見て笑いながらソファに腰を下ろした時、私達の傍らに立っていた一橋さんが片膝をついてテーブルの上に重厚なアルバムの様な冊子を広げた。
軽く料金説明を受けた後
「初めてのお客様にはまず、この中から写真でご指名のホストを選んで頂いております」
私たちが頷くと、黒い表紙をめくって
「こちらが(総司)、22歳です。お酒はあまり得意な方ではございませんが、優しい男性がタイプという女性に特に人気です」
一橋さんは一人ひとり、在籍ホストの説明を始めた。
最初に説明された総司さんは綺麗な長い黒髪と透けそうに白い肌、優しそうにこちらを見つめる瞳が印象的な美青年だった。
花ちゃんはいちいち「う~ん」とか言いながら真剣に説明を聞いていた。
「(歳三)27歳、ちょっと強面ですが男らしくてグイグイと引っ張ってれる男性がタイプという方にオススメです」
次に紹介された歳三さんは総司さんと対照的に健康的な肌に光る鋭い眼光、胸の前で組んだ二の腕がとても逞しい。
その次に説明されたホストに花ちゃんが食いついて、「うちこの人がええなー」と床に足をつけて前のめりでアルバムの写真を見つめていた。
「畏まりました、ではお客様はこちらのホストを」
「なんや、~~ちゃんまだ決まらへんの?」
自分が指名したホストにすぐ会いたいばっかりに、早く決めてと言わんばかりの視線を投げかけた。
「ご、ごめんもうちょっと見てもいいかな」
アルバムに目を落としながら花ちゃんに向かって言ったつもりが
「ごゆっくりお選びください」
とオーナーに言われて赤面してしまった。オーナーはにっこりと目を細めて次のページをめくった。
「こちらは(翔太)20歳です。当店の中では一番若いですが、責任感が強くしっかりしたいい子です」
翔太さんは同い年には見えないちょっと幼い雰囲気だったが、ちょっと癖のある明るい髪の毛がと柔らかな笑顔が印象的だった。
「こちらは(秋斉)28歳。京訛りでしっとりとした雰囲気が魅力です。私の業務の補佐も務めてくれているんですよ」
秋斉さんは艶っぽい微笑を浮かべて綺麗な手で持つ扇子で口元を僅かに隠し、どこか中性的なイメージ。
「続いて(晋作)29歳。ちょっとドS系なんですが・・・まあそっちの趣向の方にはたまらないんでしょう。彼もとっても人気ありますね」
苦笑のような表情を浮かべて上目遣いでこちらをチラリと見た。
そっちの趣向って・・・意識したことないけど見て私はどっちなんだろう・・・なんて考えながら晋作さんの自信ありげにいやらしく引き上げた口元に目を奪われていた。
その後、数ページ説明を受けた頃に花ちゃんが「お化粧直してくるから、その間に決めといてな」と言い残し、オーナーに化粧室の場所を聞いて席を立った。
「龍馬、29歳。高知出身でお酒がとっても強く、誰とでもすぐに仲良くなれるきさくな性格です」
龍馬さんはゆるくパーマのかかった肩ぐらいまでの髪を後ろでひっつめて、人懐こい満面の笑みがなぜかとっても安心できそうな感じがした。
「俊太郎、30歳。うちの中では一番年上という事もあって、皆から信頼を集めているこの店のまとめ役です」
俊太郎さんはとにかく色男、って感じで余裕ありげでなんでも見透かしてしまいまそうな瞳と、顎にうっすらとたくわえた鬚が大人の男性を象徴しているようだった。
「最後に・・・」
そう言ってアルバムをパタンと閉じた。
「え?」
アルバムも全て見せてもらったし、最後にってまだいるのかな?
「一橋慶喜、29歳。当店のオーナーでございます」
片膝の状態から立ち上がり、深々とお辞儀をした。
「どうぞ、けいき、とお呼び下さいね」
顔を上げ、懐から名刺を差し出した。
「あ、ありがとうございます」
思わずつられて立ち上がり、両手で名刺を受取った。
趣味の良いデザインのその名刺は和紙みたいな質感で、黒地に金の泊で遠慮がちに「T・GIRLオーナー 一橋慶喜」と書かれていた。
その時ちょうど花ちゃんが化粧室から戻ってきて、お絞りを慶喜さんから受け取り、続けて名刺も受け取った後二人同時にふかふかのソファに座り直した。
「で、決まったん?」
ばっちりお化粧を直した花ちゃんが期待した目で私を見る。
「う、うん。決まりました」
言いながら慶喜さんに視線を移して、私が指名する事にしたホストの名を告げた。
「総司さんでお願いします」
「歳三さんでお願いします」
「翔太さんでお願いします」
「秋斉さんでお願いします」
「晋作さんでお願いします」
「龍馬さんでお願いします」
「俊太郎さんでお願いします」
「慶喜さんでお願いします」
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