土方編1 | ぶーさーのつやつやブログ

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艶が2次小説と薄桜鬼ドラマCD風小説かいてます。

まずは一番最初に「T・GIRL序章」をご覧下さい。


「歳三さんでお願いします」



写真を見たその時は取り立てて印象に残った訳でも、顔がタイプだった訳でもない歳三さんを私は選んだ。
どうしてか、はっきりと理由を自覚した訳ではないけれど、あの鋭い目でこちら側を見据える眼差しが焼きついて忘れらないでいたのかもしれない・・・。

「はい、畏まりました」
とこちらの意に介さない様子でやんわりとほほ笑んでアルバムを抱え上げ、
「それでは今暫くお待ち下さいませ」
軽く頭を下げて店内の奥へと去って行った。

慶喜さんの後姿はすぐ見えなくなり、私はなんだか落ち着かずに店内を見渡す。
私達の他にもお客さんは来ているのだろうか?
入り口からここまでも、他の人の気配を感じるはなかった。
話題のお店と聞いていたので、もっと騒がしく人であふれかえっているものだとばかり思っていたのだけれど。
キョロキョロしている私に「ねえ、うちのグロス落ちてへん?」と花ちゃんが顔を寄せてきた。

「んー、大丈夫大丈夫。暗くてわかんないけど」
「なんやのー!もぅっ」
「あははは、だってさっき直して来たばかりでしょ?」
「そうやけどー」
初めて来る場所だってどこだって、花ちゃんと一緒だと安心だし楽しい。
そんな思いで大好きな親友を眺めていたら、花ちゃんの顔に暗い影がかかった。

「初めまして、ご指名ありがとうございます。純哉(じゅんや)です」
花ちゃんが指名した純哉くんは私達と同じ年で大学に通いながらバイトでホストをやっていると説明された男の子だった。

「初めまして・・・歳三です」
純哉君と比べると、もの凄くぶっきらぼうな言い方で登場したのは私の指名した歳三さんだった。

「初めましてー、花でーす」
テンションが上がった時の花ちゃんはいつもこんな風に1オクターブ声色が上がる。

「あ、初めまして・・・~~です」
おずおずと言ってしまってから、無理やり誘われたとはいえ今のはちょっとまずかったかな?とチラリと花ちゃんを見ると、すでに隣に座っている純哉さんの名刺を受取ってご満悦の様子だった。

「隣・・・宜しいですか」
にこりともせず、仏頂面のまま隣に腰を下ろした。
座った歳三さんの膝が触れ、ちょっとびっくりして腰を引いてしまった。

「宜しく」
指先に挟んだ何かを目の前に突き出された。
見るとそれは名刺のようだった。

「あ、はい・・・宜しくお願い致します」
両手で受け取り一応見てみると、慶喜さんの名刺同様黒い和紙素材で出来ていた。店内は暗いし、しかも黒エナメルのような色味で名前が書いてあってことさら読みづらかった。

「あ・・・っと・・・つちかたさん?」
「ひじかただ」
速攻で正されて、慌てて謝った。

「ごっ、ごめんなさい・・・土方歳三さん」
「そうだ」
怒っているのかそうでないのか表情が読み取れない・・・。

「もともとだ」
エスパーの様に私の心の声を聞いたのか、眉ひとつ動かさずにつぶやいた。

「あっ、えっ、あの・・・ごめんなさい」
「なんで謝る?」
「あ、う・・・・」
調子が狂うというか、会話が弾まない・・・・。なんでこんな人を指名してしまったのかと今更後悔してみる。

「失礼致します」
オーダーを取りに店員がやってきた。
慶喜さん始め、純哉君も歳三さんも普段着っぽい要素が強い服装をしているのに対して、この男性は真っ黒いスーツに黒シャツ、黒ネクタイという出で立ち。多分、ホストではないのだろう。

4人分のオーダーを純哉君がまとめて伝えてからすぐに、同じ店員がシルバーの大きなトレイに飲み物を載せて再び現れた。
花ちゃんと純哉君は赤ワイン、私はお酒が強い方ではないのでカクテルを、歳三さんは冷酒を頼んでいた。
予想通りというか、なんか渋いなと思いながらキラキラした綺麗な色のカクテルグラスを手に取った。

「じゃあ乾杯―」
純哉君がグラスをあげて音頭をとった。

「わーい、かんぱーい」
「乾杯・・・」
ちらっと歳三さんを見る。

「・・・」

無言だったけど、少しだけ微笑んだ気がした。


ほどなくして、花ちゃんが私の方に背を向けて純哉君との会話に没頭し始めた。
無言が続いてしまうのかと心配したが、さすがは歳三さんもプロだった。
私への色々な質問をしてくれたおかげで会話が途切れる事はなかった。
それどころか緊張が解け始めて場の空気に馴染んできた私の話を、頷きながら時にはふっと笑顔を見せながら聞いていてくれた。

あ、また笑った。

いつのまにか彼が見せるさり気ない笑顔を嬉しく感じていた。

なあんだ、怖い人じゃなかった・・・良かった。


「ふっ、おもしろいな」
どんくさい自分がいつもどれだけ花ちゃんに助けられているか、私達の仲の良さを物語るエピソードをいくつか話してた時に、少しだけ歯を見せて笑ってくれた。

それに気を良くしながらカクテルグラスに口をつけた瞬間
「・・っ!」
唇にチクリと刺激を感じて離したグラスをじっと眺めた。
やっぱり店内が暗いからか、異変は何も見てとれない。

「おい、大丈夫かっ」
歳三さんが焦った声をあげて私の頬を両手で包んだ。

「えっ?」
一瞬何が起こったかわからなかったが、どうやらグラスが小さく欠けていて、唇を切ってしまったようだった。

大きな手で頬を包んだまま、右手の親指で確認するように私の唇ゆっくりとなぞった。
キュンと胸がときめいた。

「だ、大丈夫・・・です」
目を伏せて彼の手から逃れようと頭を振ったが、彼の温かい手はそれを許さなかった。

「血が、出てる」
「えっ!」
思わず舌先を出して、切った個所を舐めてみる。
きっと出血はほんの少しだけだろうけど、確かに血の味がした。
そんな私の動作を見た歳三さんの瞳に動揺の色が浮かんだ。

「・・・」

彼は両手から私を解放し、近くにいた制服の男性を呼んでグラスを取り替える様に指示をした。
すぐに新しいグラスに入ったカクテルが慶喜さんによって運ばれてきた。

「大変申し訳ございませんでした、お怪我は大丈夫でしょうか?」
大した傷でもないのにオーナーの方に平謝りされて、逆になんだか申し訳ない気分になった。

「いえっ、全然大丈夫です!こんなの舐めとけば治りますから」

それでも慶喜さんは何度も何度も頭を下げた。
花ちゃんと純哉君も心配そうにこちらに視線をよこしていた。

「~~ちゃん、痛くない?大丈夫?」
「うん、平気平気」
場がしらけない様に皆に笑顔を見せた。


「すまなかった・・・俺が気づいていれば」
ポツリと歳三さんがそう言ったけれど、こんなに暗い店内で、しかも他人のグラスが割れていることなど気づく方がおかしいのに、と思った。

「そんなっ、歳三さんが謝る事じゃ・・・」
「・・・まぁ、そうなんだが・・・」
さっきまでの楽しい空気を取り戻したくて、とっさに話題を変えた。

「あの、歳三さんの趣味とかって何ですか?」
「しゅ・・・趣味か」
しばらく空中を眺める様にしていたが、
「ない」
2文字であっさり終了。

「え~っ。例えば映画観賞とか・・・散歩とか、盆栽いじりとか・・・」
「俺はじじいか」
みけんにシワを寄せて鋭い瞳で私を睨む。
でもそれが、本当に怒っているわけではないんだとわかっていたからつい調子に乗って当たる筈もない回答を選び、思いつくだけ渋めの趣味を指折りしながら次々に挙げてみた。


「え、なんかそんな趣味が似合いそうだなって。詩吟とか、短歌とか、俳句とか」
「・・・っ」
急に右手を額に当てて、バツの悪そうな表情をした。

あれ・・・ひょっとして当たっちゃった・・・?

「あ・・・っと・・・」
ちょっとだけ気まずくなって、テーブルの上のカクテルグラスを掴んで口元に運びながらチラリと歳三さんと見ると、手で隠し切れていない口元だけで少し微笑んでいた。

「ま、お前からしてみたら俺はおじさんなのかもな」
開き直ってこちらに向き直す。
予想外の言葉に、私は綺麗なピンク色した液体で気管を詰まらせた。

「げほっげほっ」
「おい、大丈夫か」
「は、はい・・・げほっ、えほっ。」
歳三さんはジャケットの胸に差してあった白いチーフを抜き取り、噴き出したカクテルで濡れた私の服を拭いてくれた。丁寧に優しく、膝やお腹のあたり、胸元まで・・・。
なんだか急に恥ずかしくなって、わざと明るい声で有難うございますと繰り返した。

「おじさんだなんて・・・だってまだ20代ですよね?」
「ん、まあ一応な」
「全然おじさんじゃないですよー。むしろ、私みたいなどんくさい子は同じ年ごろの男の子より10こぐらい離れている方が包容力があって安心します」
目を見ながら思わず力説した。別に他意もなく、私の本音だった。
歳三さんは緩く目を細め、次第に目許を赤らめた。

「ん・・・そ、そうか」
自分のグラスに手を伸ばし、グラスに付着した無数の水滴を指で拭き消した。
カシャっとクラッシュアイスが溶ける音がしてグラスの中の透明な液体が揺れた。
同じタイミングでバッグの中に入れた携帯電話から振動が伝わってきた。

「あ、ちょっと化粧室に」
バッグを持って立ち上がると、「こっちだ」と暗がりの中を歳三さんが案内してくれた。

化粧室に入ってまず驚いたのはデパートのそれと思うほど広い事だった。
暗い店内とは対照的に照明が多くて目が眩むほど明るかった。白を基調とした大理石のような高級な材質で造られている洗面台には一流ホテルの品揃えと同じぐらいのアメニティがあり、全てブランド品で統一されていた。
おまけにフィッティングルームまで備わっている。

うわ~と感嘆の声をもらしてから、はっと思い出してバッグの中の携帯を取り出した。
着信はお母さんからで、留守番電話にメッセージが残っていた。

(もしもし、お母さんです。お父さんと一緒に近所の田中さんご家族とご飯食べに行ってきますので、帰りは遅くなります)
私の両親はとても社交的で今日みたいにご近所さんと夜遅くまで出かける事もめずらしくはなかった。

ふぅ、小さくとため息をついて、ふと鏡を見る。
アルコールでちょっとだけほんのりと頬がピンク色になっていた。
手ぐしで髪をセットしなおして鏡に顔を近づけ、覗き込む。先ほど切った唇はじっくり見ないと見えないぐらいの小さな傷痕になっていた。

「・・・」
右手の中指で軽くなぞる・・・歳三さんに触れられた親指の感触を思い出して鼓動が少し早まった。彼の笑い顔が頭をよぎり、自分も自然と笑顔になる。

バッグの中からコンパクトとブラシを取り出してささっと化粧を直し、傷口が目立たない様にピンクのグロスを塗り直した。
手を洗ってハンカチですみずみまで拭き取ってから、壁に貼り付けられた大きな姿見の前で洋服の乱れをチェックする。
女子なら誰もが化粧室で行う一連の慣れた動作を終えて、最後に鏡に映った自分を見ると、零したカクテルを歳三さんが優しく拭いてくれた事を思いだしてしまった。
幸いワンピースに染みは残っていなっていなけったけど、拭いてくれた膝や胸元に目を配ると、じんわりと温かい何かが胸の中を満たしていった。

・・・そんなんじゃ、ない・・・よね・・・

自分自身にいい訳をしながら、化粧室のドアを開いた。

「きゃっ!」
出たすぐのところで、お絞りを持って立っていた歳三さんの胸に顔面を激突させてしまった。

「ぅわっ・・・大丈夫か」
衝撃で後ろに倒れそうになった肩をがしっと掴まれた。

「は、はひ・・・」
今日だけで一体みんなに何回「大丈夫?」を言わせてしまったんだろう・・・と反省しながらツンとする鼻を押さえて返事した。

「悪かった・・・驚かせてしまったか」
「いえ、私こそ下を見ていて・・・不注意でした・・・ごめんなさい」
ドアが閉まりかけた化粧室の中から漏れる明かりで、歳三さんのシャツにピンク色したグロスがべったりと付いているのがわかった。

「ご、ごめんなさい。汚しちゃった」
「あ?ああ」
私の目線を追って、自分のシャツについた小さな唇の形そのままのキスマークに気付いた。

「洗えば取れる。心配ない」
「じゃ、じゃあ」
思わず歳三さんの手首を握り締めて化粧室の中へと連れ込んでしまった。

蛇口を捻って勢いよく水を出す。
バッグから取り出したハンカチを濡らし、歳三さんの胸へと押し当てようとした時、

「っ!」
歳三さんにハンカチを持った右腕をぐっと掴まれた。

「また血が出ているぞ」
低く呟いて、そのまま顔が接近する。

唇が触れる!覚悟してそっと目を閉じた。
ここで拒否る程もう子供ではないんだし、なんなら大人の経験だってもう済んでいるのんだから・・・と・・・。




「ん?どうした」
「へ?」
数秒後に視界を取り戻すと不思議そうな顔をした歳三さんが目をぱちぱちさせて私を見ていた。

ボッ!と音がしそうなぐらい勢いよく顔が火照った。
二人の沈黙の中、この広い空間に蛇口から流れ続けている音だけが響いた。

きっと私はどうしようもなく間抜けな顔をしていたに違いない。
恥ずかしさでじわりと涙が浮かんできた。

「お、おい!なんだ、なんで急に」
「だ、だって・・・だって・・・」
掴まれた右腕をぶんっと振り払って、手にしていたハンカチで目頭をぎゅっと押さえた。
肩を小刻みに震わせてその場にしゃがみ込んでしまった。私に合わせて歳三さんもしゃがみ込んだのが気配でわかった。

「・・・おい、~~」
優しく名前を呼ばれて上目遣いで彼を見上げると、私の唇に軽く歳三さんの唇が重なった気がした。一瞬過ぎて、気のせいかもしれないと思ったけど、彼の唇にうっすらと血が滲んでいったのが見えた。

「あ、血が」
「・・・お前のな」
彼は照れくさそうに微笑んだ。

頭をくしゃっと撫でて「ほら」と腕を掴まれ、まるで人形劇の人形のように立ち上がらされた。
やっぱり伊達に逞しい腕をしている訳じゃなかった、なんて、こんな時にそんな事が頭をよぎった。

洗面台の横にあるベンチシートに座らされて、横に腰を下ろした彼が顔を覗き込む。

「・・・」
膝に両腕を載せて、無言でただじっとこちらを見ていた。
きっと私が平静を取り戻すまでずっと待ってくれるつもりなんだろう。

いたたまれなくなって、私から沈黙を破った。

「・・・なんか言って下さいよ・・・バカだな、とか」
「なんでだ」
「だって・・・キス・・・されるかと・・・思ってたのに・・・」
凄く勇気を振り絞って言ってみたものの、また涙が出そうになった。
笑い飛ばされるのかと思っていたら以外な言葉がかえってきた。

「ん・・・しようと思った」
「ですよね・・・やっぱり・・・っええええ?」
つい彼の返事に対して用意していた言葉を吐いた私は、びっくりして零れる寸前になっていた涙も引っ込んでしまった。

「そ、そうなんですか・・・?」
もじもじして歳三さんの顔もまともに見れない。

「ん・・・でも・・・まあ、初対面だし・・・なんといっても俺は俳句が趣味のおじさんだしな・・・まあ大人は思慮深いんだよ」
意地悪な口調で自虐と嫌味を含んだ台詞だった。でも、ぱああと私の心の中の雨雲は消え去り大きな太陽がじりじりと熱く胸を焦がし始めた。
我ながら、相変わらず単純だなと思う。

「おい、今の笑うとこだぞ」
視線を感じて横を向くと、真っ赤な顔をしてつまんなそうな表情を作り、むぅと唇を尖らせていた。

「あ、あは、あははは」
「わざとらしい」
きゅっと左の頬を軽くつねられた。
ジンジンと、頬ではなく、胸の中でまたあったかいものが広がっていく。

「行きましょうか、あんまりここに長居するのも・・・」
「ん、そうだな」


いつまでも帰ってこない私たちを心配している花ちゃんたちの待つ席へと戻る事にした。



この時はまだ、今よりもっと彼の事を意識する事になっていくなんて想像もしていなかった・・・・。



≪土方編2へ続く・・・≫