「総司さん、準備できました」
散々着付けの練習をしてきた甲斐あって、私は手際よく着替えて髪のセットを終えるとベッドルームの総司さんへ声をかけた。
自分の浴衣姿を見てなんて言ってくれるかという気恥ずかしさと、総司さんの浴衣姿への期待感が相まって、今日一番の緊張を味わっていた。
ゆっくりとベッドルームから出てきた総司さんは、まるで絵から抜け出して来たように素敵だった。
全体に白を基調とした生地に細い縦縞模様と帯の渋茶色がアクセントになっていて、思わずほぅっと息をついてしまう美しさだった。
後ろで軽く縛った長い髪が、肩から胸に流れるように掛っていて、その縦のラインと着物の模様との相乗効果でスタイルの良さが際立って見える。
言葉を失ってしばし見惚れていた私に、頬を染めた総司さんが声を掛ける。
「浴衣とてもお似合いです・・・綺麗です・・・すごく」
そんな風にストレートに褒められるなんて思ってもいなかった私は、上手くお礼も言えないまま、俯いてしまった。
「浴衣だけでなく、髪型もすごく似合ってます」
顔を熱くして、私を褒めちぎる総司さんに視線を戻すと、にっこりと笑って行きましょうと手を差し伸べられた。
行き先は聞かされないまま私はその手を取り、部屋を出た。
ホテルを出て少し歩くと、ここは鴨川ですよ、と総司さんが言った。
鴨川・・・聞いた事があるような無いような。
何しろ京都に来るのは初めてだったし、土地勘も全く私は鴨川ですか、と繰り返して総司さんに優しく手をひかれるまま歩いていた。
少し先の方から、鴨川河川敷に添ってぼうっと明るい光が灯っているのが見え始める。
「わぁ・・・綺麗・・・」
私が声に出すと、
「本来、京都の七夕は旧暦の8月に行われるんです。このイベントも昨年までは8月に行われていたんですが、今年は7月に行うって聞いて・・・」
総司さんは嬉しそうに微笑んで、驚きと喜びに目を瞬かせている私を見下ろす。
球状にした竹細工のかごの中にLEDライトが仕込まれていて、伝統工芸と近代技術の合わさった行灯が河川敷沿いに無数に並べられていた。
どこかで炊かれている香の匂いと鴨川のせせらぎ、幻想的な光に包まれて、総司さんと繋いだ手から早まっていく私の鼓動を気づかれやしないかとドキドキしながら視線を彷徨わせた。
あちこちに、私達のように浴衣姿で訪れている恋人たちを何組か見かけた。
みなお互いに身を寄り添わせて、頬笑み合ってはまた幸せそうに鴨川を眺めていた。
「総司さん、素敵なもの見せて下さってありがとうございます」
「喜んでもらえて、良かったです」
総司さんはふふふっと柔らく微笑んだ。
すると、私達の少し目の前を歩いていた男女が急に立ち止り、人目も憚らずにキスを交わす。
「・・・な、なんか私達も恋人同士みたいに・・・見えますかね?」
びっくりしてしまって、何か言わなきゃと咄嗟に口をついて出た言葉だった。
「こんなに綺麗なあなたと恋人だなんて思われたら・・・光栄です」
照れながら言って、繋いだ手に力がこめられた。
「そんな、私こそ・・・総司さんみたいな素敵な人と・・・勘違いでもそう思われたら・・・嬉しい、かな」
私からも手を強く握り返す。
すると総司さんはピタッと立ち止って、赤く染めた顔をゆっくりと私に近づける。
唇が触れる、と思った瞬間、総司さんの口から色気のないセリフが発せられた。
「じゃ、お夕飯食べに行きましょうか」
えっ?!
「ここから歩いてすぐの木屋町に、素敵な料亭があるんです」
「・・・」
私は思わず絶句して、貼り付けた様な笑顔を浮かべて手を引かれるまま歩いた。
総司さんが選んだ料亭での食事はそれはそれは素晴らしく美味しかった。
食べきれないほどのコース料理がゆっくりと出された事もあって、木屋町の料亭からまた鴨川沿い歩きホテルへ戻ると、すでに22時半ごろになってしまった。
部屋に戻るとすぐ、総司さんは履きなれない草履で疲れたのか、足を投げ出してベッドに座る。
暫くの間私達は、鴨川の景色の話や料亭でのお料理の話をした。
すると総司さんが思いだしたように切り出した。
「あ、そうだ先にお風呂使って下さい」
「・・・そうですね、じゃあ先に・・・」
同じ部屋なのだから、当然お風呂は順番で入るしかないのだけれど、なんだか必要以上に緊張してしまう。
キャリーの中から着替えを出して、備え付けの浴衣を用意する。
「浴衣からまた浴衣に着替えるなんて、ちょっと何か、アレですね・・・」
胸のドキドキを誤魔化す様に、私はそんな他愛もない事を言ってバスルームに向かった。
ゆっくりお風呂に浸かって疲れを癒したいところだけど、お湯を溜める時間の事も考えるとサッとシャワーで汗を流すだけにしておこうと決めた。
化粧を落とすべきかどうするかしばし悩んで、結局はそのままでいようと思ってできるだけ顔にシャワーがかからない様にして髪を洗い、身体を洗う。
バスルームから戻ると、窓辺に立って外の夜景を眺めていた総司さんが振り返る。
「お先にいただきました・・・総司さんもどうぞ」
「・・・はい、では行ってきますね」
私がシャワーを浴びている間に用意していた着替えと浴衣を持って部屋を出て行った。
しかし、私があれこれと考える間もない程素早く、総司さんはバスルームから飛び出す様に出てきた。
「随分と早かったですね」
「はい、あのちょっとふと思った事があって・・・」
「えっ?」
「なんか、変だと思いませんか?」
「・・・と言うと?」
「・・・だって、僕と土方さんが男2人でこんなジュニアスイートなんか泊まる訳ないじゃないですか」
そう言われてみるとそうだった。
それにしても宿が取りづらいこの時期の京都で、当日に部屋の変更など出来たのだろうか?
そう考えて、返事を返す。
「確かに・・・そうですよね」
「多分これも土方さんの仕業だと思うんです・・・急に部屋を変更するなんて・・・」
総司さんはそこまで言って、はっとしたような顔つきになった。
きっと、さっき私が考えた事と同じ事を思ったに違いない。
「絶対に、これ、前から仕込んでますよ!」
「そ、そんな」
「今日だって・・・最初っから新幹線になんか乗ってなかったのかも・・・」
総司さんは怒ってるような笑ってるような複雑な表情になる。
それじゃあ、もともと京都に一緒に来つもりはなくて、私と総司さんをこうして2人きりにする為に土方さんが仕込んだっていうの・・・?
私が立ちつくしたまま戸惑っていると、総司さんの顔がみるみるうちに真っ赤になってゆく。
「本当にごめんなさいっ」
「総司さん、謝らないで下さい・・・私なら大丈夫ですから」
「でも、こんなドッキリみたいな事・・・」
確かにもし、土方さんが全て仕込んだ事なのだとしても、私は総司さんと一緒に京都に来られた事が嬉しかったし、迷惑だとか怒るだとか、そんな感情は全く持ってなかった。
むしろ逆に・・・
「総司さん」
「・・・はい」
総司さんは子供が怒られる時みたいな顔で私を見つめる。
「例え、土方さんのドッキリだとしても・・・それはそれで今日1日楽しかったからいいじゃないですか」
思い切り笑顔でそう言うと、そうですね、と総司さんも表情を和らげた。
「でもこんなサプライズプレゼント、普通は思いつかないですよね」
総司さんは小さく呟きながら、備え付けの冷蔵庫の中からミネラルウォーターを二つ取り出す。
「サプライズプレゼント・・・」
こうして私と二人きりになってしまった事をプレゼントだと思ってくれてるんだと、その言葉が嬉しくてじわっと耳から熱を持ち始める。
笑顔で振り返った総司さんが、真っ赤になった私の顔を見て驚いたのがわかった。
「どうかしました?」
「あっ、いえいえ・・・なんでもないです」
頭を左右に振って、差し出された瓶を受け取った。
そして少しの間、今日行った清水寺や買ったお土産の話なんかをしていると。
じゃあそろそろ寝ましょうか、と総司さんが急に切出して、私は返事する声が裏返ってしまった。
「僕はこのソファで寝ますから」
「え、そんな・・・身体が痛くなっちゃいますよ」
「平気ですよ」
こう見えても意外と頑丈なんです、と言いながらベッドの上にいくつも重なっているクッションを二つほど掴んで抱きかかえる。
「でもっ・・・」
「ベッドを僕が使って、あなたをソファで寝かせるような真似できませんから」
「えっと・・・そうじゃなくて」
「・・・?」
一緒にベッドで。
そう思ったのだが、多分きっと察してはもらえないのだ。
「・・・じゃあ、すみません」
「はい、おやすみなさい」
「・・・おやすみなさい」
部屋の明かりを絞って、私はベッドへと潜り込んだ。
なんだろう、この感じ。
わざわざ誕生日に泊まりで京都に誘ってくれて、さっきも鴨川で恋人だと思われて光栄だなんて言って、サプライズとはいえこうして同じ部屋に泊まる事になったのに・・・。
それなのに、ソファとベッド別々で寝るなんて・・・。
気を使ってるのか、思わせぶりなのか。
総司さんの煮え切らない態度にもやもやとして頭の中がこんがらがって来る。
すると、
『ピンポーン』
部屋のチャイムが鳴った。
≪総司編7に続く・・・≫