「のう、翔太」
「はい、なんですか?」
着替えを終えた龍馬と翔太はダイニングテーブルで向かい合わせに座っていた。
「実の母親に捨てられるっちゅうのは・・・げにえずらし事じゃのう」
常日頃から太陽のような笑顔を貼りつかせた龍馬の表情が、見た事もない程曇っていた。
「そうですね・・・あの子、心配ですね」
少女に対して、こんな憐れな事はないと思う同情の気持ちと、まるで自分の事のように心を痛めている龍馬に対するさらなる尊敬の念を抱きながら答えた。
ポケットの中から、少女にもらった綺麗なガラスビーズのアクセサリーを取り出して眺める。
「これ、おばあさんに、って一生懸命作ったんだろうなって。それなのに、僕にくれたんです」
手の中でアクセサリーを包んで、続ける。
「そんな優しい心を持ってるんだから、きっとお母さんにも沢山愛されて育ったんだって・・・・・・思いたいですよね」
少し目を潤ませて俯いてしまった翔太の両手に、龍馬のごつごつとした大きな手が被さった。
「・・・わしらがこげな顔しよったらいかんちや」
のう、翔太!といつもの眩しい笑顔に戻った龍馬が言う。
「・・・そう、ですよね」
憧れてやまないこの龍馬のように、少女の為に自分も笑っていなくてはと明るい笑顔で答えた。
そこへ、キッチンから良い匂いが漂ってきた。
先ほど少女と話した時に大好物はなんなのかを聞いて、それを慶喜が作ってあげたようだった。
「ふう、出来た」
コンロの火を落としてキッチンを出てきた慶喜が、ソムリエエプロンをつけたまま翔太の隣に座った。
「なんを作ったが?」
龍馬が大袈裟に鼻をくんくんとさせて匂いを嗅いだ。
そのおどけた動作で慶喜と翔太を笑わせて、ガラっとその場を明るい空気にする。
「うん、彼女がねロールキャベツが大好物だって言ってたから」
後ろできつく纏めていた髪をほどいて、手ぐしで髪を掻きあげていつものようにざっくりと纏め直してゴムで止めながら、ちゃんと皆の昼食分も作ってあるからねと笑った。
あれから30分ぐらい経った頃、土方・俊太郎・沖田の3人が戻って来て、8人全員がダイニングに着席するのを見計らって
「彼女にはおばあさんから全て伝えた・・・」
と、その時の様子を淡々と話した。
最初は半信半疑といった様子で土方達の顔とおばあさんの顔を交互にきょろきょろと見渡していたけれど、やがて受け入れ始めると、黙っておばあさんの話を聞いていた。
時折鼻をすすったり涙目になったりする事はあったけれど、最終的に全てを把握した頃にはケロっとした表情で普段通りにニコニコ笑っていた、と。
最後に土方は、彼女はこうなる日が来る事をわかってたような、何故かそんな印象を受けたと自分の感想を付け加えた。
「なんか・・・意外だね」
聞き終えて、目をパチパチさせて慶喜が言った。
皆が予想していたほど、少女はダメージを受けていなかった事に対しての言葉だった。
「そうなんですよ、もっと、こう、再起不能っていうか・・・凄く取り乱すかもと思っていたので・・・意外でしたね」
沖田が俊太郎に言葉を投げる。
「ええ。まあ結果的には安心しましたけど」
「で、彼女は?」
扇子をひらひらさせて秋斉が隣の家の方向を見る。
「まだおばあさんと話してはりますよ」
「私たちが帰る時には またあとでねー なんて手を振ってましたよ」
沖田は朗らかな笑顔で少女の動きを真似た。
「ちょっと拍子抜けしたけど、でも・・・良かったですね」
龍馬を見ると、おう、そうじゃのう!良かった良かったと繰り返し、豪快に笑って翔太の背中をばん、と叩いた。
「て事は、今日からここで暮らすって事だよな?」
口元がほころびそうになるのを必死に我慢して、努めてさらりと言う。
「そうなるな」
高杉に聞かれて土方もさらりと返す。
さっきまでとはうって変わって、そこは穏やかな空気に包まれていた。
少女のその反応はまさに「意外」だったが、ひとまず安心したと皆が胸をなでおろした。
本当に「無垢」と言うべきなのか、「常識外れ」と言うべきなのか・・・もしくは少女は極めて「冷静」だったと言うべきか。
これからこの少女と暮らして行く事に、ほんの少しの不安と大いなる喜びを、誰もが密かに感じていた。
これから楽しい日々が始まるのだと素直に思う沖田、翔太、龍馬。
この先に起こるかもしれない波乱に無意識に備える土方と俊太郎。
そして、胸に思うところある慶喜と高杉、それを静観する秋斉。
独身男8人の殺風景な暮らしの中に突如現れた「名前もない花」
今までとは全く違った暮らしの中で少女はどう変わってゆくのか・・・。
男達はどう変えられてゆくのか・・・。
≪赤ZUKINちゃん第1章 終わり≫