「困りましたね」
沖田は土方を見上げた。
「うむ・・・」
「とりあえず、お隣のおばあさんの家に行って事情を説明しないと」
「ああ、そうだな。俺も一緒に行こう」
翔太の発案に賛同した土方は2人で家を出て行った。
「わしゃ、ちくと熊をかたしに・・・」
バツの悪そうな顔をしながら、龍馬は熊を家の裏庭まで移動させに。
「わたしは何か、気付け薬の代わりになりそうなものを探しますね」
沖田はアルコールの類はなかったかと食糧庫へ。
「そろそろ日が落ちますな、わては暖炉にくべる薪を」
俊太郎はキッチンの奥の通用口から倉庫に薪を取りに。
「じゃあ僕は何か美味しいものでも作ってあげようかな」
慶喜はシャツを腕まくりしながらキッチンへ。
ソファの前には高杉と秋斉の2人が残った。
「・・・死んでないよな?」
「高杉はん!」
「はは、冗談冗談」
秋斉は呆れ顔でため息をついた。
せわしなく動いている他の男らと秋斉を交互に見て
「で、お前は何か用事はなかったか?」
「わての用事は、あんさんがこの子に悪さしんよう見張っとくことどす」
涼しげな顔で高杉を横目見て、ぱたぱたと扇子を扇ぐ。
「ったく、信用ないねえ」
まいった、まいったと首に手を当てて暖炉前のカーペットに腰を下ろした。
ほどなくして、隣の家から翔太と土方が戻ってきた。
おばあさんに事情を説明したところ、今から帰したところで夜になってしまう、しかし自分の家には少女が寝るベッドもないので今夜一晩そちらに泊めてはもらえないだろうか?という事だった。
「どうやらおばあさんは長い事この子に会っていないみたいだから、まだ小さな子供だと思っている感じでしたね」
また翔太の意見に同意して、土方は頷いた。
「うむ、なんかそんな感じだったな」
「まあそうでも思ってなきゃ、こんな可愛い子を俺達みたいな男だらけの家に泊めてとは言わんだろ」
愉快そうに笑った高杉を一瞥して
「俺達って、わてらをあんさんと一緒にせんといておくれやす」
冷やかに秋斉が言った。
そこへ薄い琥珀色の液体が入った瓶を持って沖田が倉庫から戻ってきた。
「こんなのありましたけど」
ボトルの蓋を捻り、鼻で匂いを確かめてからそのまま自分の口へと含んだ。
一同がぎょっとして沖田を見る。
どうやら口移しで飲ませようとしているらしい。
「おいおい、待て、総司」
土方が肩を掴んで引き戻した。
「・・・・うっ」
ごくっと音がしてから、沖田は苦痛の表情を浮かべて土方を見る。
「なにするんですか、土方さん!飲んでしまったではないですか」
「なにするんですかじゃねえ、口移しで飲まそうとしやがったな」
「え、だって・・・・先ほど私はこの娘にそのように薬を飲ませてもらいましたから・・・」
もじもじと照れながら少女の寝顔をチラリと見る。
「ええええっ!?」
その場に居た全員の視線が沖田に集まる。
「ち、違いますよ・・・私があまりにも咳き込んでしまったので、その・・・彼女から・・・なんですよ。変な事想像しないでください」
皆が何を言わんとしているか悟って、慌てて後ずさりする。
そこへ、それぞれの用事を済ませた龍馬と俊太郎が部屋へ戻ってきた。
「・・・なんかさ、常識外れというか、ちょっと変わった子、だよね」
少女を見降ろしてぽつりと言った翔太の意見に、今度は土方以外の皆も同意した。
「穢れをしらぬというか・・・ね」
慶喜の一言に反応して秋斉が高杉を横目で見る。
「おい、そんだその目は」
「別に・・・」
うすら笑いを浮かべながらつん、と視線を逸らす。
「ちょっと貸してみろ」
土方が沖田の手元から取り上げ、少女の鼻先にボトルの口を近づけた。
「う・・・ぅん・・・」
少女が身を捩った反動で、スカートがさらに捲れ上がった。
秋斉はすかさず扇子を広げて高杉の視界を遮る。
「おい、さっきから俺の扱いが不当な気がするんだが」
「ふふふ、あんさんは見境あらしませんでっしゃろ?」
龍馬が「まあまあ」と分け入って素早くスカートの捲れを直した。
「起きないな」
ボトルを持ち上げ、責めるように沖田の目の前に差し出す。
「え、土方さんそんなあ・・・私のせいではないですよう」
不貞腐れて口先を尖らす。
「ま、自然に目覚めるまで待ちまひょ」
扇子をぱたん、と閉じてにっこりとほほ笑んだ。
「そうですね・・・あ、良い匂い」
翔太がキッチンの方を振り返ると
「夕食が出来たよ」
と、黒いソムリエエプロンを外しながらキッチンから慶喜が出てきた。
「わては暖炉に薪くべてから行きます」
ダイニングのテーブルへ向かう7人の背中に声をかけて、俊太郎は倉庫から持ってきた薪を暖炉に丁寧に並べると、近くに置いてある紙を絞って隙間に押し込み、ライターで燃やした。
着火を見届けて、暖炉の前に位置するソファに寝ている少女に自分のコートをかけてから、自分もダイニングへと向かった。
食事を終えた8人は、再び少女の周りにわらわらと集まった。
日もすっかり落ちて、窓の外は真っ暗だった。
キッチンの窓から見えるお隣のおばあさんの家も、明かりらしきものは点いていなかった。
「そうか、いつもこの時間には寝ているな」
土方が懐から時計を取り出して時間を見る、針は8時過ぎを指していた。
「隣のおばあさん、寝るの早いもんね」
翔太も窓の外を見て言った。
2人が暖炉の方へ向かうと、また秋斉と高杉がなにやら言い合いをしているようだった。
「お前、メシの後はいつも部屋で読書じゃなかったのかい?」
「あんさんこそ、自分の部屋で楽器の練習してはる頃と違います?」
「二人とも今日はやけに仲良しだね」
厭味を含んで慶喜がにっこりと笑う。
「そういうおんしも風呂いかんが?」
すると今度は龍馬が慶喜に言う。
「龍馬はんこそ、いつもは狩ってきたらすぐに解体しはるのに」
俊太郎も参戦した。
「はぁ」
5人のやり取りを眺めていた翔太が呆れ顔でため息をついた。
「なんだか今日はみなさん賑やかですね、土方さん」
「そ、そうだな」
呑気な沖田の笑顔にもはや苦笑で答えるしかなかった。
「しかし、このままこのソファで目覚めるまでって訳にはいきませんね」
沖田はうーんと唸って考え込んでいる。
「あっ!3階の客間はどうかな?」
天井を指し示した翔太の指につられ、2人も天井を見上げた。
広いこの家の2階には20㎡ほどの大きさで、まったく同じ間取りの部屋が8つあった。その部屋は男たちが個人個人に使用していた。
1階から階段を上り通路を挟んで両側に4部屋ずつ、その部屋の先の突き当り横の階段から3階に上がると、今翔太が言った客間があるのだった。
「暫く使用していないが、大丈夫か?」
いぶかしむ顔で沖田に確認する。
「定期的に私が掃除してますから、綺麗ですよ」
すでにこっちの輪では、少女を客間に運ぶ段取りが進んでいたが、あっちの輪では未だ5人が揉めていた。
「せやかて・・・」
「だいたい君達は・・・」
「いつも俺ばっかり・・・」
「おまんらええかげんに・・・」
「あんさんこそ・・・」
「・・・どうします?」
ここは3人の中の年長者に、と土方に指示を仰ぐ。
「仕方ねえなあ」
眉を吊り上げて、5人に近づいていく。
「おい、おまえらいい加減にしやがれ!」
土方の一喝に全員が固まり、しんと静まった。
「ぅんん・・・ん・・・」
今の怒声で少女が目覚めたようだった。
≪赤ZUKIN6へ続く・・・≫