(あ、ここだわ。林檎の木があって、柵で囲われたレンガ造りのお家)
おばあさんの家を訪ねるのは初めてだったので、お母さんから聞いた特徴で確認する。
コンコンコン
しかし待てども中からは何の応答もなく、疑問に思った少女はそっと戸を押す。
すると、戸には鍵がかかっていなかったので少女は「おばあさん?」と声をかけながら家の中へと入った。
部屋の中におばあさんの姿はなかったので「調子が良くて、どこかにお出かけしているのね」と、帰ってくるまで待つ事に決めた。
この家は一人暮らしのおばあさんが住むには大きすぎるぐらい広く、部屋がたくさんあった。
(おばあさん、こんなに広いお家に住んでいたのね)
いつも少女の家におばあさんが訪れていたので、初めて入るその家は外観から想像できる広さとはかけ離れていて、もはや屋敷と呼べる大きさだった。
少女は全部のお部屋を見て回ろうと思ったが、まずはバスケットに唯一残っていたお花を活けようとキッチンで花瓶を探す事にした。
素敵なガラス製の花瓶を見つけてお水を入れ、花を挿し、暖炉の横のテーブルに飾ってしばらく満足気に眺めていたところ急に眠気が襲ってきた。
今日一日色んな事があり、少女はとても疲れてしまっていたので、空になったバスケットを床に置き暖炉の前の大きなソファにごろんと寝ころんだ。
そしていつの間にか少女は眠りに落ちてしまっていた・・・・・・・・・・。
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「しかしよく寝てますね」
覗きこんで垂れた長い黒髪が少女の顔にかかりそうになり、男はさっと髪を掻き上げた。
「もう30分経つが・・・」
時計を手に取り時間を確認すると、男は横の少年に視線を向ける。
「うん・・・起きる気配がないね」
手の中でアクセサリーを弄びながら少年は頷く。
「真っ赤な唇だね、思わず食べてしまいたくなるね」
男は袋の中から実を取り出し、ガリっと齧る。
「ほんに可愛い寝顔だこと」
ひらひらと扇子を扇ぎながら男はほほ笑んだ。
「これを鳴らせば起きるか?」
ポケットからオカリナを取り出し、男は口元に運ぶ。
「わりことしじゃのう」
目線で制してから男は銃でオカリナを撃つ真似をした。
「お隣さんに行くと言うてはったはずが・・・なんでここにおるんやろか」
コートの内ポケットに手を忍ばせお守りを取り出すと、反対側に立っている長い黒髪の男をみた。
つい30分前、この8人の男たちがこの家に次々と帰宅した。
キノコを探しに森に行っていた沖田が最初に帰宅したのだが、扉が少しだけ開いていたので「もう高杉さん、また鍵をかけ忘れたのかな」と独り言を言ってキッチンにキノコを置きに入る。
なんだかいつもにない違和感を覚えて暖炉の方へ近づく。
「あれ?・・・花?」
ソファの背から迂回して暖炉横のテーブル上の花瓶を手に取った。
「・・・ぅ・・・ん・・・」
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
聞きなれない声にびっくりして、思わず花瓶を落としそうになる。
振り返るとソファの上では先ほど森で出逢った少女が気持ち良さそうに眠っていた。
少女にそろそろと近寄った時、玄関から数人の声が聞こえた。
土方と翔太、慶喜が揃って帰って来たのだ。
入り口でまだ賑やかに話している3人に駆け寄って、無言でジェスチャーをする。
「え?なにやってんだ?」
眉間に刻んだシワを寄せて総司を見る。
「しぃぃっ」
自分の口ではなく、土方の口に人差し指をピタっとくっつける。
「どうしたんですか?」
「どうしたんだい?」
沖田の突飛な行動に、翔太と慶喜が同時に訪ねた。
「あそこに・・・」
ひそひそ声で暖炉前のソファを指す。
「ソファがどうした?」
少しだけ声のトーンを落として自分の口に当てられた沖田の指を握った。
沖田は無言で手招きして3人をソファの正面にいざなった。
「・・・これは・・・」
「沖田くん・・・君は・・・」
「・・・・沖田さん・・・」
先ほどの沖田が見た時と違って、少女のスカートがめくれ、白く綺麗な足が腿の上の方まで露わになっていた。
「土方さん、慶喜さん、翔太君まで・・・そんな目で見ないでください、帰ってきたら眠っていたんですよ、ここに!」
囁くような声で猛烈に抗議する。
「僕だって、いま帰って来たばかりなんですから」
眉尻を下げて、本当に困った時に彼がする表情で3人を交互に見渡す。
すると今度は玄関先で別の3人の話し声が聞こえた。
沖田は「あっ」と小さく言って慌てて玄関に戻る。
先ほどと同じ事を繰り返し、俊太郎、秋斉、高杉の3人をソファの方へ連れてくる。
話してみるとどうやら全員がこの赤いケープの少女を知っているようだった。
「これ、なにしてはるんや」
秋斉がスカートの端を掴んだ高杉の手を扇子で払った。
「いや、直してやろうかと」
ニヤリと笑ってスカートを離す。
とりあえずこのままここで小声で話し続けるのもなんだと、7人はキッチンの方へ移動する事に。
俊太郎が「あの娘は・・・」と切り出した時、外でどすんと大きな音がした。
何事かと全員で家を飛び出すと、玄関前には大きな熊が横たわっており、その脇に腰をとんとんと叩いて額に汗を浮かべた龍馬が立っていた。
「お?みんなあ、ごっつい熊じゃろ」
汗をぬぐいながら、得意げな顔で7人を見る。
相変わらずの大きな声でわははははと笑う龍馬の口を沖田がぱっと塞いだ。
「んんーーーー、むぐむぐん・・んんんー」
残った6人が2人を囲んだ。
「静かにして下さい」
翔太が小声で耳元で言うと、うんうんと龍馬が頷いたので沖田は手を離した。
「げにがいなことしゆう・・・」
「龍馬さん、すみませんでした、ちょっと事情がありまして・・・」
また龍馬に一から事情を説明し終えて、8人は家に入った。
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そしてその30分後、ソファを囲む形で少女を見ながら話していると、突然パチっと目を開けた。
「・・・あれ?・・・お薬の人に時計の人に・・・みんなどうしてここにいるの?」
少女はこの状況に動じる事もなく、自分がおばあさんの家と隣の家を間違えている事にも気づいていないようだった。
8人はそれぞれに顔を見合わせた。
「娘さん、おばあさん家はあっちの家なんどす・・・」
俊太郎が左手でキッチン側の大きな窓からちらっと見える小さな家を指した。
「えっ!?」
少女はソファから飛び起き、窓に駆け寄って外を眺めた。
林檎が実をつける時期ではないので樹木だけで見分けはつかなかったが、窓の向こうの小さな家のそばにも、果実樹が植わっていた。
「うちのは梨の木だよ」
少女の疑問を解決するように慶喜がソファの方から言った。
「わたし・・・ごめんなさいっ!」
かあっと耳まで真っ赤に染めて、少女は8人に頭を下げると床に置いたバスケットの存在も忘れ、走って家を飛び出した。
同時に龍馬が「ああああっ!」と大声を上げたが遥かにその声を凌ぐ悲鳴が聞こえた。
玄関前に仕留めた熊が置きっぱなしだった事を思い出し、8人全員で外に飛び出す。
案の定、玄関前で少女は気を失って倒れていた。
皆一斉に龍馬をじろりと睨む。
「お、おまんら・・・」
反論しかけたが龍馬に対し、今はそれどころではないと高杉が止めて少女をひょいと担ぎあげ、家の中へ運び込み再びソファへと寝かせた。
≪赤ZUKIN5へ続く・・・≫