久しぶりに名古屋の神社巡りへ✨その一
「なごや」と読むようだ、漢字としては「名古屋」の古い表記とある
とはいえ、
ミステリィ好きなら「なごの」と読みたいところ、シリーズの舞台の多くは東海エリア、その中心が「那古野市(なごのし)」なのだから✨
那古野神社
もともとは天王社だったようで、主祭神は祇園精舎の守護神たる牛頭天王、すなわち、須佐之男神、本地垂迹によれば薬師如来になり、、つまりはここで、徳川家と交わる要素が多分に出てくるわけなんだね? 東照大権現の本地は薬師如来だから
この本地垂迹説は神社仏閣を散策するうえではとても興味深くて、例えば、閻魔様の本地はお地蔵様だから、閻魔様がお祀りされている寺院では地蔵様もお祀りされていることが多いし、十一面観音様の垂迹は白山権現だから今でも境内に白山神社のあるお寺はわりとある
→鎌倉の古刹杉本寺さんとか、奈良の真言宗豊山派総本山長谷寺さんとか、、
だから
東照宮のあるところはその本地であるお薬師様をお祀りするお寺が近くにきっとある (あった) はず
御朱印
那古野神社
当初は天王社と称し神仏習合により別当として真言宗亀尾山安養寺十二坊あり
御祭神
中扉:須佐之男神すさのおのかみ、櫛稲田姫神くしいなだひめのかみ
左扉:兵主神ひょうずのかみ
右扉:八柱神やはしらのかみ
愛知県名古屋市中区
「天王」が「天皇」の読みと同じということもあって、時の政府により改称させられた って読んだこともあるなあ
そもそも明治期の 神仏分離令 の流れは廃仏毀釈と相まって寺側に多大な影響を与えたんだけど、神社側への影響も結構あって、そのひとつが氏神の統合 (合祀) 問題
神社にお参りしたとき、どうしてこんなにものたくさんの神様が一社に? とよく思ったものだけど、なかば強制的に合祀されたらしいんだなぁ だから、他の地の氏神がこちらの地にいらっしゃったりと、もうメチャクチャなことになっていたりする
これにより土着の風習などはなくなっていったらしい、、
それはそうだよね、その土地その土地の特殊性が薄まってゆく感じ?
明文化されていなかった文化風習などはその時代に生活していた人が亡くなれば自然と消失してゆくだろうし、無くなれば、無かったのと同じになってしまう
だから
これまでも少しでも疑問に思うことがあればうかがうようにしていた、そして、これからもブログに書き足し書き足し記録にとどめてゆくのだ◎