道路を横断する。
こちらの国では、命がけである、ということは、割と早い段階で気が付いていた。
まず、横断歩道というものが、ほとんどない。
信号も、よほどの大きな交差点でしかない。
一時期、マクタン島にも、要所で信号が取り付けられたことがあったが、渋滞が激しくなった、という印象で、だからなのかは理由は定かではないが、今や、そのほとんどが機能していない。
交通量の多い道路や学校の近くでは、歩道橋なんてものもあるにはあるが、ほとんど使われてはいないようで、学校の前には、登下校の際に出張ってくる交通整理のオジサンがいたりする。
それに、この歩道橋、よく落ちる。
地震や大きなトラックが接触した、などとの、一応は理由はあるらしいが、突然、落ちるかもしれない歩道橋なんぞ、誰が渡るか、という気持ちも理解できるし、そもそも歩道橋なんぞに上って降りて、なんてことをしなくても、目の前の道路を渡ってしまえばいいじゃん?という心理もあるのかもしれない。
こちらの国に来て間もなくの頃は、道路を横断する、ということは、まさに命がけなんだ、と、かなりビビっていたが、そんなことを言っていては、こちらの国で生きてはいけない、と、郷に入っては郷に従えとばかりに、こちらの国での横断の仕方を覚えた。
まず、歩行者優先、などという意識は、ドライバーにとっては皆無である。
特に大きなトラックは、運転席から見える部分はかなり限られている。
が、だからといって特別に注意などはしないということは、時々、起こる事故の動画などからも明らか・・・
急いでいても、触らぬ神に祟りなし。
じっと通り過ぎるのを待つしかない。
多少、待てば必ず途切れる田舎の道はいいが、町の中では、待てど暮らせど途切れることなどないので、強引に渡るしかない。
初心者は、まずは道連れを探すことをお勧めする。
赤信号、みんなで渡れば怖くない!
なんて、昔、聞いたことがあるが、まさに、という感じ。
片側2車線の大きな道路だったりすると、まずはとりあえず真ん中まで渡る。
真ん中で待機しているのは、かなり危険だが、仕方がないのである。
まぁ、そんなことを繰り返していると、だんだんこちらも図々しくなってくる。
途切れないならば、途切れさせましょう・・・
と、ばかり、手を挙げて、無理やりに車を止める。
日本みたく、手を上に挙げる、なんて、お行儀よくなんぞしていられない。
運転手に圧をかけながら、横に。
五本の指を目一杯広げ、
「おい!止まれや!」
という感じに。
これでも止まってくれるという保証はないけど。
それに、一番気を付けなくてはならないのは、バイクね。
あいつらは、世界は自分中心に回っているという思考の人がかなりの割合でいるので、例え、周りの車が止まっていようと、先へ先へ、まるで止まると死ぬと思い込んでいるように、車の死角から突然飛び出してくる。
特に車が渋滞している時には注意が必要だ。
さて、私くらいのベテランになると、「見切り横断」という危険行為もできるようになる。
車が通り過ぎるのを見越し、横断し始める、というもの。
ただし、むやみに走ってはいけない。
走ってしまいたくなるけど、歩くことが重要。
もし、突っ込んでくる車やバイクがいても、自分を認識させる時間が必要だから。
こうするしか町の中の道路を渡る術がなかったので、当たり前のようにやっていたが、逆の立場になってみると、これ、かなり怖いのね。
バイクが私の足となり、私が運転する側となると、この横断技術は、単に突っ込んでくるように見えるのだ。
「ひえ!」
と、何度、寿命が縮まる思いをしたことか。
しかし、思い出してみると、歩行者の私は、たまに、止まってくれる車やバイクに対し、かなり戸惑っていたのだ。
こちらは、こちらのタイミングで、通り過ぎた瞬間を見極めているのに、わざわざ止まられると、完全にタイミングを逃し、逆に渡れなくなってしまい、親切で止まってくれたドライバーに対し、
「ちっ!」
と、心の中で舌打ちをしてたような・・・
なので、バイクの私としては、突っ込んでくる歩行者の心理を理解し、止まらずに走り抜けてあげることが正解なのだ。
そんな国での運転に慣れてしまった私・・・
去年、日本に一時帰国をした際に、車を運転したのが・・・
助手席に座っていた日本で免許を取得した次男に、
「お母さん!今、横断歩道に人がいたよっ!」
と、大きな声で怒られてしまった。
一瞬、何を言っているのかわからなかったが、そういえば日本では、歩行者優先で、横断歩道に人がいれば、必ず止まらなくてはいけなかったっけ・・・
私、もう日本で運転するの、やめておこう・・・
ちなみに。
夫も次男も、日本に行く前は、こちらでバイクだけど乗っていたにも関わらず、一時帰国の際は、
「こんなところで運転できない!」
と、申しております・・・