「ママが危ない。すぐに行け。」

 

と、夫からメッセージが届いたので、急いで裏の集落に駆け付けた。

 

 

すでにママのきょうだい、その子供たち、親戚一同が集められていた。

 

「ああ、きっとたいまいを待っていたんだよ!」

 

誰かが大きな声で言う。

 

 

 

数週間前にも、いつもママの面倒をみてくれている叔母さんから、

 

「最近は、あまり食べないし、もう長くはないと思う。」

 

と、いう話を聞いていた。

 

 

その時に、夫にも最終確認をして、もうこのまま逝かせてあげようあげよう、ということになった・・・

 

 

 

 

のだが。

 

 

 

 

ママのところに行くと、すでに意識は朦朧としているように見えた。

 

「ママ!ママ!」

 

と、呼んでみるが、私が誰かもわからないようだった。

 

 

 

ママが寝ている夫と弟の家は、小屋なので、ほとんどの親戚は、外にいる。

 

 

一番、しっかりしている近所で両替屋を営む叔母さんは、各方面に連絡をしまくり、ママが危篤であることを伝えている。

 

 

 

その少し離れたところで、他の親戚連中が東屋のようなところで座っているのだが・・・

 

 

宴会でもしていらっしゃるように賑やかで・・・

 

 

 

まぁ、死生観というのは、人それぞれであるし、この辺の通夜なんぞ、到底、人が亡くなったとは思えないほど、賭け事で盛り上がっている。

 

 

 

そのうちにママが叫ぶ出す。

 

叔母さんの一人が、ママのお母さんやおじいちゃん、おばあちゃんを呼んでいるのだと教えてくれた。

 

 

マジでお迎えがきてるんだ・・・

 

 

と、神妙に思っていたのだが、このママの叫びは、もうここ数週間、ずっと続いており、夜中でも何でも、こうして大きな声で叫ぶまくるので、叔母さんも困惑しているのだそうだ。

 

 

完全にボケてしまったのかな。

 

 

最近は、確かに、私がここを訪れても、虚ろな目をして、果たして、私を認識しているのか、していないのか、判断ができないような状態だったな。

 

 

しかし、しばらくして・・・

 

「パンを食べる!」

 

と、いきなり言い出した。

 

 

 

一同、キョトンをするが、ご所望とあれば、と、その辺に待機していた子供にパンを買いに行かせ、食べさせた。

 

 

すると、もぐもぐと食べ始め、ミルクもゴクゴクと飲み、ことんと寝てしまった。

 

 

 

えっと。

 

何か、まだそういう場面じゃなくない?

 

 

 

と、帰り始める親戚もチラホラ。

 

うん、私もそう思う。

 

と、何かあればすぐに駆け付けるから、と、言って、家に戻った。

 

 

 

それから、約一週間後。

 

夫からビデオコールがあった。

 

 

「ママを入院させる。」

 

 

え?その話は、済んだはずでは?

 

 

前回、入院させた時も、たった一週間の入院で、かなりいいクラスの新しいスクーターが買えるくらいのお金が飛んでいき、お陰で夫に買ってもらうはずのバイクを自分で買うはめになった。(しかも最低クラスの!)

 

それは、まぁ、仕方がない、と思っていたのだが、退院してきたママは、病気を悪化させるものばかりを好んで食べていた。

 

 

 

結局さ・・・

 

 

自分の金じゃないしね。

 

神様、ありがとう。

 

だもんね。

 

 

いやいや、ママ、神様にも感謝しない感じよ?

 

だって、ママの教会に行く姿と、歯磨きしているところを、20年以上、同居しているが、一度も見たことがないよ?

 

 

それに退院後のママの生活だってさ。

 

きょうだいや親戚たちにも、あまり相手にされず、ウチでほぼほぼ寝たきり生活だったし、お世辞にも幸福そうには見えなかった。

 

生きる意味、なんて大層なことを言うつもりもないし、それこそ人それぞれなんだから、他人の私がどうこう口をはさむ問題ではないが・・・

 

どうなの?

 

と、思うところはある。

 

 

 

「入院させてどうするの?」

 

「・・・・・」

 

今更、治療できるような病状でもないと思う。

 

フィリピンで緩和ケアのような入院が可能であるのかどうかはわからないけど、おそらくそうではないと思う。

 

 

しかし、夫の気持ちも理解する。

 

 

と、いうのも、こちらの人は、本当に無責任にいろいろなことを言うのだ。

 

 

以前、近所に住む高齢の女性ががんで亡くなった際には、お葬式の席で、

 

「治療もしてもらえなかったらしいよ、可哀そうに。」

 

と、暗に家族を責めるようなことを堂々と言っていた参列者がいた。

 

 

 

夫は、そういうプレッシャーをファミリーから受けているとか?

 

はたまた、そういう陰口を言われるのが嫌。

 

 

所詮は、夫が自分で働いた金なので、自由に使えばいいと思う。

 

が。

 

ここ数カ月は、マジで厳しいんだってば。

 

何もこんな時にわざわざ予定外の出費をさせてくることないじゃん。

 

と、思うけど、まぁ、だいたい、こんな時だからこそ起こる謎の事象だよ。

 

 

私が、この数カ月の我が家の財政的危機を何とか乗り越えようとあれこれ画策し、これなら、まぁ、何とかなるか、と思っていた矢先に、全部、ひっくり返された。

 

 

「うん、まぁ、お金のことは、何とかするけどさ、制限なしには出せないよ。」

 

「わかってる。」

 

と、ある程度まとまった金額をひねり出した数日後・・・

 

 

 

それでは足りなかったらしかった。

 

 

うん。

 

わかってた。

 

 

でもさ。

 

ウチだって厳しいんだよ。

 

 

正直、出そうと思えば、もう少しは出せる。

 

けどさ。

 

 

いつも思うんだけど、ウチが困った時に、誰も助けてくれないじゃん。

 

だから、蓄えているわけじゃん。

 

 

だから、

 

「もう、マジで金はない!」

 

と、夫に言った。

 

 

すると、

 

「わかってる。自分で出す。」

 

「え?」

 

 

私が管理している銀行からではなく、自分のお金で送金すると・・・

 

 

「え?え?そんなお金、あるんだ。」

 

「うん。」

 

 

あるだけ使ってしまう江戸っ子気質のフィリピン人夫が?

 

 

「え?どっかに借金するとか?」

 

と、恐る恐る聞いたら、

 

「いや、借金を返してもらった。」

 

「は?」

 

 

聞けば、日本に住むいとこやら、フィリピン人の友人に、金を貸していたそうで、今回、それを全部、回収したそうな。

 

 

 

 

それ、早く言え。

 

 

 

 

で、ママだが・・・

 

 

比較的、安く済むという公立の病院に入院させたそうだが・・・

 

 

 

 

先ほど・・・

 

亡くなった、と、夫から連絡があった。

 

 

 

 

結局、立ち会っていたのは、ママの妹の一人と、弟の子供(孫)二人。

 

 

 

なんだかんだ言っても、ママには、お世話になった。

 

 

 

今までありがとうございました。

 

どうか安らかにお眠りください。