いよいよ帰国の日です。


1日1日過ぎていくのがあっという間。


報告会も送別会も1つずつ行事が終わっていくのが、


こんなにもさみしいこととは思わなかった。


心から感謝の気持ちでいっぱいです。





今日、どんな思いでウズベキスタンを離れるのか。


実感があるようでないようなラスト日です。




何から書こうか…


いろいろありすぎて、このリズムについていくのがやっと。



ひとまず、明日上タシです。

夢にまで見たこの日。


長かった。


いや、早かったかも。



自分の備忘録なので、長いです。あしからず…



活動ラストの週から、いろいろありました。


院長に挨拶に行ったら、明日会議を開くから挨拶しなさいと言われ、

翌日、偉いドクターや師長らを前に挨拶。


大好きな先生から、花束をいただき、興奮。


ウズベキスタンの過ごし方


こんなこと、考えてもなかったので、始終笑ってしまった。



その日は仕事後、師長らが集まってくれパーティー。


ウォッカも入り、みんな踊ります。


ウズベキスタンの過ごし方


救急室の師長は男性で、なぜかここにいる全員とチークダンスを

踊ると断言。


我がICUの師長も嫌々だけど、応じてた。


ウズベキスタンの過ごし方

いやー、超楽しそう。




夜はホラズムで活動するJOCV+専門家でパーティー。


ウズベキスタンの過ごし方



ウズベキスタンの過ごし方


大好物ばかり。身も心も満たされた。




そして活動を終えて、ラストのカラまわりへ。


残暑が厳しく、40度くらいの気温…

カラまわりには非常に酷なお天気だった。


ウズベキスタンの過ごし方


写真も人まかせで、自分は無理せず、ダラダラまわり。


それでもみんなとのんびり過ごせたし、楽しかった。

夜はいくつもの流れ星やくっきりした天の川を見て、

これも見れなくなるんだなぁなんて思ったり。



それから、挨拶まわり。


いつもお世話になっているジャホンギルさん宅でトゥフンバラックを

みんなで作りました。


ウズベキスタンの過ごし方


この一家は音楽一家なので、いつの間にか好きになっていた

ホラズムラズギ(踊るための音楽)やホラズムの伝統曲である

ノリンノリン?を弾いてもらった。



ウズベキスタンの過ごし方

いやー。贅沢。


お気に入りの杏のジャムをいただいて、お別れ。

最後にハグしたとき、やっぱり涙がぼろぼろと出てきた。


なんでしょうね。

あんなに帰りたかったんですけどね(笑)



そんで連日荷物の整理と掃除。


これでもかってくらいに清潔にした。


途中、同僚が荷物を引き取りに来て、なんとあけみとケーキの
ファーストバイトをしたいといって、手作りケーキ持参。


朝5時に起きて作ってくれたそうな。

なんて嬉しいことを…


ウズベキスタンの過ごし方


ウズの結婚式、いまどきはファーストバイトがあるそう。


結婚式はキリストスタイル、葬式はイスラムスタイル。
日本と感覚が少し似ている。



近所の人や子どもたちが次々と部屋を訪ねてくれ、

あーでもない、こーでもないと話ながらずーっと掃除してた。


来る人来る人、結婚グッズを手土産に持たせてくれる。


改めて、ウズベクの結婚意識の高さを思い知った(笑)


同僚からもらった結婚グッズも併せると、たぶん10点以上。


一体これらをどうすんだろうか、自分…(笑)






そしてウルゲンチ最終日、気になっていたお宅へ挨拶。


先日のブログのお宅です。


きっとお葬式のあとすぐだろうし、どうしたものかと思っていたのですが、

「帰る前にもう一度会いに来て」と言ってくれた言葉を思い返し、

行ってきました。


やはり亡くなられていました。


それも、うちが玄関を出てすぐに息を引き取ったそうです。


よく病院なんかで、会いたい人を待っているという言葉を聞くことが

ありましたが、まさにそんな気分になりました。


子どもたちとも会うことができたし、行って良かったです。



大家に部屋を明け渡し、ラストヒヴァへ。


ここでもお世話になった人に挨拶。


ウズベキスタンの過ごし方


いつも礼儀正しく、嫌な思いをすることなく話ができた人。

茶目っ気もたっぷりで、いつも爆笑。


家族全員分のお土産をいただいた。

ほんと商売っ気がないなぁ。



オーダーしていたお土産スザニもゲット。


伝統的じゃないし、高価だけど、うちはこのタイプのスザニが好き。

どっかにちょこっと入ったザクロのトレードマークがこれまたいい。





今日は現地の人向けの安宿に1泊。


思い存分熱い湯を浴びた。


しばらく慌ただしい日々が続くから、いましかこの気持ちを整理

できないと思って、一気にup。

疲れた…



ご縁があってホラズムに来て、いまではウズで1番好きな場所。

ほんと田舎だけど、妙に落ち着く。


明日、ここを発つとき、自分のなかでひとつの区切りがつきます。


どうもお世話になりました。


たくさんの人の温かさに触れ、おかげさまで無事に帰ることができます。


また会いに来ます。それまで、どうかお元気で!











この1週間は、本当に忙しい…


忙しいなんて贅沢な話だけど、のんびり派の自分にはちょっと厳しめ。

なので、昨日から体調を崩し、今日は活動お休みしました。


相変わらず体力ないなぁ…と自覚。


んでも、約束していた挨拶周りだけしてきました。


医療キャラバンでお世話になったホラズムの保健局と看護協会。


なにかと振り回されたけど、まーよくお世話になりました。




んでから、ずっと会いたかった家族のとこにも挨拶に行ってきました。


赴任当時からよくお世話になった一家。


当時、お昼ご飯はいつもこのおかーさんがやってる食堂に食べに

行ってました。


今はソムサと言えば窯焼きソムサなんですが、おかーさんが作る

オーブンで焼く三角ソムサは別格。


生地にバターが効いていて、本当に美味しいんです。


病院のいろいろで、途中から食堂を閉め、配達という形で子どもが

病院に売りに来ていたのですが、いつも会えるとは限らず…


んでも、メフモンにも何度か行き、去年の独立記念のお祝いには

自分の友人を連れて一緒にメフモンに行き、一緒にお祝いの花火を

見た。


それからタイミングが合わず、メフモンには行けていなかった。



今回、帰国前に挨拶に行きました。


そうしたら、すごくおかーさんが元気なくて。


理由は、旦那さんが脳梗塞でもう手だてがなく、死期が迫っていると。



久し振りに会ったその人は、とても痩せていて、意識もなく、本当に

もう数日で亡くなるであろう状態でした。



軽度の脳梗塞の既往が2回あったが、今年の8月の終わりぐらいに

起こした梗塞が重症で、うちの活動する病院の内科に入院したそう。

治療の手立てがないので、3日前に退院し、家で看病しているとのこと。


あけみに知らせるかどうか悩んだみたいで、でも悲しむから

知らせないでおこうとなったようです。


「お父さんが元気だったら、今年の独立記念のお祝いもあけみを

招待して、一緒に花火を見たかったねって子どもたちと話してたの」


と言われたとき、どうしようもなく悲しくなり、涙が止まりませんでした。



子どもたちは学校と病院へのソムサの配達で不在。


高校生になった上のおにーちゃんはもう理解している。

でも小学校低学年のおとうとは「治る」と思っているそう。


かける言葉がなにも見つかりませんでした。





本当にびっくりしました。そして、とても悲しかったです。


また当たり前に普通に会えると勝手に思い込んでいたから。


たくさんのウズベクの人と接してきたけど、心の底からまた

再会したいと思っている家族の1人がこんなことになってしまい、

どうしようもない気持ちです。



ウズベキスタンの過ごし方


会いたい人に、次また必ず会えるとは限らない。


その時々を大切に。