27歳になった隊長のブログ -25ページ目

SEVEN-ELEVEn

 SEVEN-ELEVEnの最後の「n」が小文字であることに、お気づきだろうか。


sebunnirebunn


 今日、職場で出た世間話なのだが、セブン-イレブン・ジャパンのサイトをのぞいてみると・・・


理由についてはこちらでも分からないというのが現状です。セブン-イレブンはもともとアメリカのコンビニエンスストアでした。このロゴマークは1973年、アメリカのサウスランド社(現 7-Eleven,Inc.)とヨークセブン(現セブン-イレブン・ジャパン)がライセンス契約を結び日本に持ち込まれ、現在も使用しています。しかし、ロゴの製作があまりに古く、今となってはアメリカでも「何故最後のnだけ小文字にしたのかについては分からない」ということです。「デザイン性を持たせるためにnだけ小文字にしたのではないか」など社内での憶測はありますが、この「真相」については迷宮入りのようです。

ということである。



 先日のお客様との会食 で、そのお客様の部署の女性社員Tさんのことを「かわいい」とボクが言ったのだが(以前からお気に入りではあった)、昨日早速Tさん本人に話したそうだ。

 しかし残念ながら、Tさんはボクのお隣さんの部隊の責任者であるM氏がお気に入りのようだ。


 それにしても余計なことをしてくれたものだ。その部署さんにMTGなどで行く度に、ボクは恥ずかしくて下を向いてしまうハメになった。昨日はTさんもずっとボクの方を見ているようだったし、皆さんの視線が痛い。

 しかしTさん、いつも笑顔で挨拶してくれるのだが、今日になってみれば目すら合わせてくれぬ・・・。


 実はTさんは、その昔ボクが仲の良かった部下のT君(男性)とそっくりである。姓も一緒だ。「まさか」とは思うが。。


ピース!



青ロス 第3話

 予定3ヶ月の東北出張だった。しかし、2月の初めに、東北地区の担当役員から急な指示が出た。


 「今週いっぱいで、東京に戻ってくれ」


 理由は、東京のボクがいた支社で、部下のひとりが急に辞めたとのことだった。支社には、副社長の奥さんが事務をやっているというアットホームさもあったが、どうもその奥さんとうまくいかずに喧嘩になったらしい。



 ボクが東京に戻ると、状況はますます変化した。


 年明けに赴任したばかりの支社長のNさんは、新しい部隊の責任者として異動、支社を去った。副社長の奥さんは、専務のTさんと喧嘩をして会社を辞めていった。


 残されたのは、ボクとKというたったひとりの部下だった。ボクは両袖の大きいデスクを用意され、ひじ掛け付きのイスに座ることになった。部下だったKは、若くして大手先物企業の課長職を歴任した人材であり、その優秀な能力には大変助けられた。今でも感謝の念は拭えない。


 6名で運営していた組織は、たったの二人になった。しかも年に一度の繁忙期である。毎日、早朝から深夜まで働いた。日曜日などなかった。



つづく


青ロス 第2話

 そもそもボクは支社の責任者ではなかった。これには複雑な経緯がある。



 その前年の暮れのことである。当時支社長だったHが、連日のお客様の忘年会に潰れ、会社に出てこなかった。それが、ひょんなことから本社にバレてしまう。Hは、年内いっぱいの「自宅謹慎」だった。


 ボクは年明けから3ヶ月間の東北への出張を控えており、少し不安に思った。



 年が明け、仕事始めの1月4日のことである。朝から本社での全体会同だった。自宅謹慎を解いた支社長のHは、頭を丸めてきた。飲んだ次の日に会社に出てこないという「ハレンチ行為」の噂は、全社に知れ渡っていた。「丸めた頭」と、営業畑出身という人当たりの良さも手伝って、人気者にさえ見えた。


 しかし、当日付でHは退職することになる。全体会同の後、Hは役員たちに呼び出され、どうやら専務のTさんと「ハレンチ行為」の一件で喧嘩したとのことである。Hについて「人当たりが良い」と書いたが、我が強く、ひねくれた面を持ち合わせているのもHの特徴だった。


 Hの退職が、本人の選んだ道なのか、会社が仕向けたレールなのかは、ボクもいまだに知らない。


 同日付で、Nさんという新しい支社長がやって来た。



 ボクは1月7日、予定通り、東北へ出掛けた。



つづく


GWドライブPHOTO日記

 今回は気合いを入れた「PHOTO日記」であるだけに写真が多く、重いかもしれませんが、お付き合いをよろしくお願いします。


 5月4日、午後2時、自宅を出発。天気良し。


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 北上中の国道4号線(バイパス側)で横転していた車を発見。宇都宮付近だったと思います。直線にもかかわらず、横転したいきさつが謎。ドライバーは無事だったのだろうか。


 郡山で国道49号線に乗り換え。「ここらで一息つこう」と立ち寄った東洋健康センター。
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 GW中で激混み。仮眠室からは人があふれ出し、廊下で寝ているおじちゃんおばちゃん多し。仮眠は無理。あきらめる。4時間にわたり、ゆったりと温泉を味わう。満足満足。


 実は「東洋健康センター」は初めてではなく3度目である。20歳の東北出張の頃、2回訪れた。7年経っているのにもかかわらず、何も変わっていない。思い出が懐かしい。


 会津若松市を走行中、空が次第に明るくなる。新潟県に突入。


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 朝もやのなかの阿賀野川。上流にもかかわらず、水の量が多く、流れはほとんどない。湖のような静けさ。


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 地平線まで見渡す限りの田んぼは圧巻である。さすが米どころ、酒どころ。おいしいご飯と酒は、ボクたちの生きがいのひとつである。


 生まれて初めての日本海。(ちなみに新潟県も初めて)
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 波が立つこともなく、静かな海である。太平洋とは違い、静かなる迫力がある。残念ながら、晴れにもかかわらず佐渡島は拝めず。


sinanogawa

 日本一長い川、信濃川の河口部。水が汚いのがおわかりになるだろう。


 ビーチラインを富山県方面へ。


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 絶景の見所多し。見渡す限りの感動に、「ボクなんてちっぽけな人間なんだ」とある意味、屈辱感さえ覚える。


 上越市に突入。


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 新潟県内の信号機は、縦長に配置されているのが特徴。信号で一番大事なのは「赤」である。通常は「赤」が一番右に配置されている。街路樹等で隠れないためだ。この縦長の信号機は、積雪で「赤」が埋もれてしまうことを懸念してのことだろう。


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 直江津港。ここで「新潟のお土産を」と思い、売店のお土産コーナーを訪れるが、日本酒しか売ってない。新潟といえば日本酒であろうが・・・。


 国道18号線で長野方面へ。


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 海の新潟県から、いざ山の長野県へ。


 長野県へ入ると、すぐに野尻湖。「野尻湖はネッシーが目撃されたところだ!」とありえない勘違いに期待を膨らませ好奇心旺盛なボク。


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 野尻湖は「ナウマンゾウ」の化石が発掘されたことで有名なのである。


 その後、軽井沢。


 軽井沢は連合赤軍事件で有名になった「浅間山荘」を一目見ようと立ち寄る。しかし、現在は当時とは別の方の入居があり、当然ながら公開はされていない。2000ある別荘のうちひとつを探し当てるのは困難極まりない。諦める。


 そして軽井沢は、「長野の原宿」である。軽井沢駅近くの通りには無数のショップが立ち並び、車道はまるで歩行者天国である。路駐も多い。まともに車を走らせることなどできない。


 旧道で碓氷峠のワインディング、高崎を抜けて帰宅。5日、23時30分の自宅着でした。無事でなにより。お疲れ様でした。


ピース!




一緒に流出できる友達がほしいな

 昨日はお客様との会食。「女の話」に華が咲き、終電を逃す。上司宅にて宿泊。朝起きると、意外と酒は残っていないように思えたが、やはり午前中は辛かった。午前中は会議だった。



 今日の東京は最高気温26度晴れ 夏日である。会議のあった新宿から、勤務地の品川まで移動するのに、もう汗だく。若い女性には夏休みのようなファッションの方も見受けられ、目の保養のみが心の救いだ。


 明日は最高気温28度とのことで、考えるだけでも恐ろしい。絶望的な季節の到来は近い。



 「やることをやって早めに帰ろう」と意気込むが、そう簡単にはいかぬ。常連のクレーマーが、ビル周辺で街宣活動を繰り返し、通常業務は足止めに。最悪の終電での帰宅だった。



 メロの「一緒に流出できる友達がほしいな」の発言がショック。ボクには男であれ(当然!)女であれ、そんな友達は必要ない。


ピース!