両親との考えの不一致は、こんな感じなのです。
「ビジネスではアニマルコミュニケーションはしない」と言い張る私に対して、
両親は「一銭でもお金を貰う以上ビジネスだろうよ」と言い張ります。
「私がビジネスでアニマルコミュニケーションをしているか、していないかを決めるのはクライアントさんで、自分自身でも無く、ましてやペットが家族に居ない貴方方でも無い」と言う意見には耳を貸そうとしません。
どうして親という生き物は、自分の我を押し通そうとするのでしょうか
家の彼は「普通の人の概念は、「お金=ビジネス」と考えるのが一般的だから仕方ない」と言います。
トトちゃんは、「タヒトの考え方と違うのだから仕方ない。それを分かって貰おうとするのも、相手が自分の意見を押し通そうとするのと同じではないか」と言います。
トトちゃんの言っている通り、
ここまで書いて
「分からないものは分からないんだから、ま~イッカ~」
って思えて来ましたw
「文章にする」という事も自分の気持ちを整理するのにとても役に立ちますね♪
でもこれはお互いが自分の主観で物事を考え、それを押し通そうとするから起こる事なのだけれど、
自分の主観でしか物事を考えならないと、
自分のオーラー?エネルギーが、パ~と拡がるのを自らブレーキかけている状態になるんですね。
自分から小さな器に自らを閉じ込めている様な状態。
どうせなら器から溢れかえるエネルギーを
思いっきり両手・両足を拡げて、これでもか~って位拡げて行きたいですよね
仕事=仕えて行う事
志事=「志しを貫き通す」
と書きます。
誰に認められなくても良い
人生の数と同じ位、1人1人それぞれの「志事」があります。
明日も「志事」、頑張りましょう!!
は、そんな話です。