やっぱり晴れていると気持ちがいい。街も楽しそうだし、わくわくする。約束まで少しだけ時間がある。僕は、ショウウィンドウのガラスに映る自分の姿に気付いて足を止め、近づいた。

 やっぱりシャツはストライプが良かったかも。どうしよう。シャツを買おうかな。

 ん?ガラスに映る通りの向かい側に見慣れない看板がある。なんて書いてある?ホテル?確かめようと振り返った。『HOTEL LIBERTY』。以前からホテルだったはずだが、耳慣れない。経営が変わって名前も変わったのだろう。

 ガラスに向き直ってもう一度自分を見た。ん?シャツが汚れてるかも。近づいて見ると、ガラスの汚れのようにも見える。僕は手を伸ばして、汚れを拭き取るかのように右手の指先でガラスに触れた。

 瞬間、手の当たりが光り、音が消えた。一瞬だった。何だ?手をガラスから離し、光ったと感じた手を見つめた。手も目も変な感じなどない。街は何事もなく動いていた。信号のメロディも変わりなく聞こえている。錯覚だったのだろうか。

 僕は小さくため息をつき、シャツを選びに店へ向かおうと入り口に歩きかけ、立ち止まった。

 まて、変だぞ。何がだ?何かがだ。変だ。考えろ。僕はもう一度ガラスを見た。そして違和感の正体に気づいた。心臓が激しく波打つ。

 ガラスに映っているホテルの看板が、映っているままで読める。呼吸が小刻みに、早くなっていく。僕は恐る恐る後ろを振り向く。

 僕は唖然とした。『HOTEL LIBERTY』の文字が反転している。直接見ている看板文字が、まるで鏡に映った時のように。

 気持ちが悪くなるのを感じながら、僕はもう一度ガラスを振り返った。やはり、ガラスに映った文字が反転せずに見えている。そしてそこには、動揺した僕も映っている。早くなる呼吸を抑えることができない。


 ガラスに映る、小刻みに肩を揺らす自分の姿を見つめていると、やがて彼の肩の震えがピタリと止まり、ニヤリと笑った。ふうっと小さく息を吐き、僕に視線を残しながら、ゆっくりと入り口に向かって歩き始めた。


 気づくと、僕の右も左も後ろの空間も次第に暗くなり、何物の存在も感じなくなった。やがて、ガラスがあった前の一角だけに仄明るさを残すだけになっていった。


 僕はその後も小刻みに体を震わせて立ちすくみ、なす術もなく薄明かりの刺すガラスの向こうの霞んでゆく街を見ていた。