10月14日は『スポーツの日』。前身は10月10日の『体育の日』。出来るだけ連休を増やしてリフレッシュできるようにと、10月の第二月曜日に変更になったが、何だかまだ慣れない。
『体育の日』は、元を辿れば昭和39年の東京オリンピックの開会式が10月10日に行われたのを記念して制定された祝日である。
じゃあ、何で開会式をこの日にしたのかと言うと、10月10日が『晴れの特異日』だったから。開催日を決定するにあたり、この時期で最も晴れる日を、往年の日付ごとの晴れの日数を集計して決められた。
実際今年はどうだったかと言うと、無事に晴れた。念の為に昨年と一昨年を確認してみたが、どちらも雨模様だった。まあ、そういうこともあるだろう。ちなみに、その前の年は晴れ。その前。。やめておこう。
今では5月に行われることの多い運動会も、20年程前までは9月中旬から10月中旬に行われていた。昨今ではその時期がまだ残暑が厳しいことや、文化祭や遠足など、暑さが厳しくない時に模様される行事が立て込まないようにとの配慮からなのだろうか。
小学生、中学生にとって、運動会は一大イベントだった。走ることがあまり得意ではない子でもリレーや玉入れなど、クラス対抗、色組別対抗などの競技に一喜一憂した。
色別対抗の各色組の得点は、最初のうちは校庭向きの窓に大きく張り出された。終盤になると得点はわざと更新しなくなり、果てして順位は如何に!と興奮するのである。
昼になると、応援に来てくれた家族に合流して広げたお弁当を食べる。食べ終わるか終わらないかのうちに友達が誘いに来て、わーっと駆け出して行く。家族にとっても楽しくて大切なイベントだったとつくづく思う。校庭の一角にアイスの屋台やたこ焼きの屋台も出ていて、それも楽しみの一つだった。
僕はといえば、かけっこは良くて2番、大体3番で、1番は一回だけだったと思う。5人か6人で競争するが、運動会の練習でメンバーは分かる。今年は行けるかもと思う年と、こりゃダメだと思う年と。アクシデントがない限り、走る前から順位はあらかた決まっていた。
ただし、障害物競争となると話は違う。身のこなしは誰にも負けない自信があったし、ほぼ1番。2番になった時は悔しくてたまらなかった。
楽しい時は終わりを告げ、一年生から順に一人一人自分の椅子をおなかの前で抱えて、列をなして教室へと戻って行く。