小学2年の秋、僕は人生でただ一度の転校を経験した、その時の心情を明確には思い出せないが、記憶しているシーンから推測してみる。
まず、転校前は寂しさに襲われたかというと、それ程でもなかったように思う。元の小学校の友達がみんなで別れを惜しんでくれた。仲良くしてもらった喜びが心に残っている。
では、転校後はどうだろう。場面場面を思い起こしてみる。すると、以前からの友達が一人もいない寂しさと、戸惑いと、不慣れな環境への焦りを感じる。
転校を経験した人はみな感じることなのだろうが、その経験が、否が応にも、良くも悪くも糧になっているのだろう。
小学5年の新学期が始まってから、学期途中に転校生がやってきた。岩崎君といい、スポーツ万能な子だった。彼と僕は一気に距離を縮め、どんどん仲良くなっていった。
この頃やっと体格がみんなに追いついた僕は、運動を友達と競い合って楽しめるようになっていた。しかし、駆けっこだけは普通だった。5人で走るリレーの補欠止まり。岩崎君は、駆けっこも早かった。みんなに、10月の運動会でクラス対抗リレーに出ることを期待された。
2ヶ月程たったある夏の日、岩崎君から遊びの誘いがあった。放課後、海水浴場のある合浦公園で泳ごうと。
午後2時頃、合浦公園に着くと岩崎君はお父さんと2人で待っていた。僕は少し驚いたが、岩崎君の表情から、お父さんを大好きなのを感じ取った。
お父さんにバカ貝や砂シウリ貝の捕り方を教わりつつ、僅か3時間ほどの海を目一杯楽しんだ。平日にも関わらずお父さんと海で遊び、屈託なく笑う岩崎君がとても眩しかった。
その夜、僕は夢を見た。ランドセルを背負った岩崎君が笑顔で手を振って、踵を返して歩き去って行く。お父さんが一緒だったかどうかまでは覚えていない。
次の日、学校に行ったら岩崎君は休んでいた。夏の終わりの海が少し寒かったから、風邪でも引いたかなと思っていた。その次の日も休んだ。岩崎君のことが少し心配になった。僕と遊んだ次の日から学校を休んでいると思うと、心が落ち着かない。
次の日の朝、先生がクラスのみんなに伝えた。岩崎君は家庭の都合で転校しましたと。いたたまれなかった。悔しかった。別れを交わしたつもりもないのに、たった二ヶ月で岩崎君は僕の前から居なくなった。
一方で思った。あの夜見た夢は正夢だったと。そんなことがあるんだと驚いた。
しかし今となっては神秘的なことは考えまい。おそらくは、岩崎君やお父さんの態度やちょっとした言動の中に、転向するかもしれない寂しさ、辛さが秘められていたのではないだろうか。僕はその気持ちや気配を、受け取ったつもりも無いままに、うっすらと心に留めたのではないだろうか。
岩崎君と合浦公園で遊んだ午後の事は誰にも話していない。最後に会う友達に僕を選んでくれた事に感謝している。