ネタの練習はもっぱら近くの大きな緑地公園だった。


稽古場なんて使えなかったから。


夏の暑い夜も


冬の寒い夜も


そこでネタの練習をした。


雨の日は公園の屋根のあるベンチの下でした。


警察によく職務質問された。


でも理由を話すと「頑張れよ」といってくれた。


ラリったグループに何日も追い掛け回された事もある。






ある日の事、


いつものように新しいネタが出来たので公園で立ち稽古をしていた時だった。


そのネタは


会社の同僚である若ハゲの二人のうち一人がある日、黙って隠れてカツラを被ろうとする。それをもう一人が見てしまい寸劇が始まる。





「お前、なにやってんだよ!お前カツラ被るのかっこ悪いって言ってたじゃねーか」





「この前ヘアチェック行ったら進められてよ」





「だいたい、今さらカツラ被って会社行ったら笑われるだけだぞ!」





「俺、転勤するんだ」





「え?それってカツラ被るのにはうってつけじゃねぇか…」





今思うと、なんとも恥ずかしいくだらない内容だが…。


ネタの終盤、カツラを被って自信満々に去っていく同僚に向かって僕が叫んだ。





「どっから見てもヅラだぞー!!」





その直後だった。


全く関係ない方角から





「ヅラちゃうわぁ!」





と一言。


公園内に本当のヅラの人がいたらしく、自分の事を言われていると勘違いして怒鳴られた。






なんでやねん。






でも、すみませんでした。






そんなある日、


ものすごく面白いネタが出来た。


練習中も笑いが絶えなかった。


笑いすぎてネタが進まないほどだった。


僕らには自信があった。


こんなにも面白いんだから絶対に合格する。


僕らは満を持してオーディションでそのネタをやった。


結果は…


不合格。


全く受けなかった。


僕らは間違っているのか?


僕らが面白いと思っている事は実は面白くないのか?


自分らに自信を持てなかった。






そんな時だった。


同期から別のイベントのネタ見せの話を聞いたのは。


他に出る場所もなかったので


自信はなかったけど


とりあえず受けに行ってみる事にした。


僕らはその面白いと思っているネタをした。


すると


目の前に信じられない光景が…


ネタ見せをしていた構成作家とこのイベントを主催している事務所の社員さんが笑いながら転げまわっているのだ。





「自分らおもろいな!なんて名前?連絡先教えてくれへん?」





今までそんな風に言われた事がなかったので


ビックリした。


でも


うれしかった。


初めて僕らが面白いと評価された瞬間だった。





自分らの信じてきた事は間違っていなかったんだと思った。









コンビを結成して一年半が経った夏の事だった。

一九九七 秋




僕らは養成所を卒業した。



コンビを結成した後も相変わらず評価はされなかった。

でも明らかに変わった事があった。

それは…

ネタ作り。

楽しかった。

一人でしていた時は正直何が面白くて、何が面白くないのか分からなかった。

でも二人でのネタ作りはとにかく楽しかった。



僕らは毎日会った。

そしていろんな話をした。

恋愛の事。

バイト先での事。

今日あった出来事など

どれもこれもが面白かった。

無駄話が盛り上がりすぎてネタ作りが進まないなんて事はしょっちゅうあった。


今日こそはネタ作りの話しような。」


「今日は無駄話禁止な」


なんて言ったりもしたが、結局は無駄話で花が咲いてしまった。


でも、この無駄話こそが

面白いネタを作る為の最も重要な事だと気付くのは…これからまだ先の話だった。


この時はまだ

それをただの無駄だと思っていた。

だけど、あの頃の僕らは、それが楽しくてしょうがなかった。



ネタ作りは試行錯誤の繰り返しだった。

漫才というものを理解しようと

今はコンビを辞めバラエティー番組の司会などをしているベテラン先輩芸人のコンビ時代の漫才をビデオを観ながら一言一言台本におこした事もある。しゃべりが早すぎてついていけず巻き戻しと再生を繰り返した結果ビデオデッキが壊れた事もあった。



初めの頃ネタは二人で作っていた。


二人で面白いと思う設定を出し合った。

その中から、それおもろいなぁって盛り上がると自然とミニコントに発展していった。そしてその後、


「さっきのあのやりとりおもろかったなぁ。なんて言ってたっけ?」


と振り返りながら僕がそのやりとりをメモしていく。

そして振り返るうちにまた楽しくなってミニコントが始まり、また振り返りメモを取る。その繰り返しだった。

そのやりとりやフレーズのメモを見て、僕がパズルのように構成を考えて台本におこし一つのネタにしていく。そんな感じだった。

だから非常に時間がかかった。

一ヶ月に一本作るのもしんどかった。



養成所を卒業すると僕たちは心斎橋にある若手の劇場に出る為のオーディションを受けに行くことになった。

そのオーディションはお客さんを入れた公開オーディションで毎週日曜日の昼間にやっていた。

オーディションを受けるのは、僕らのように養成所を卒業した生徒の他に一般からも自由に受ける事が出来た。

僕らの同期だけでも三百人くらい。

先輩芸人も何百人もいて、さらに一般の人も参加出来るからものすごい数だった。

だけど、オーディションには定員があったので参加者はクジ引きで決められた。

クジに当たらなければ受ける事すら出来ない。

運よくクジに当たってもチャンスは月一回だけだった。

何ヶ月も当たらない時期もあった。

だから舞台に立てるチャンスは月に多くて一回。

下手すりゃ何ヶ月も立てなかった。

だけど僕らは毎日ネタ作りとネタ合わせを繰り返した。



オーディションは

毎回出れるのは三十組くらい。

持ち時間は一分半。

しかし、面白くなければ時間内でも容赦なく不合格にされる。

合格するのは一組か二組。

合否の判定は劇場担当の構成作家がしていた。

まず最後までネタをする事自体が難しかった。


月一回あるかないかのその舞台に僕らは全力でいどんだ。

だが、結果は毎回不合格。

一分ももたない。

でも僕たちは諦めなかった。

出番はない。

それでも僕らは毎日ネタ合わせをした。

そんな僕らを同期たちはあざ笑った。

養成所時代Aクラスだった奴らだ。

僕らは万年Cクラスでカス扱いだったから

カスが無駄な努力していると思われていた。


「お前らまだ毎日ネタ合わせしてんの?365日中何日?俺らなんか10日ぐらいちゃう?わはははは…」


そいつらは何回かは合格していた。

ただ、その上のレギュラーにはなれないでいたが。

それでも僕らは毎日ネタ合わせをした。

毎日

毎日

毎日、繰り返した。




続く…









一九九六年 秋




養成所の授業が始まった。


授業と言っても、実際には特に何も教えてはくれなかった。

する事いえば、まず授業が始まる前にネタを発表したい生徒がホワイトボードに名前やコンビ名を書き、授業が始まったらその順番に講師の構成作家の前でネタを披露し、そのダメ出しを聞く。そんな流れだった。



僕も見よう見真似で発表した。

でも、僕にはネタの作り方は分からなかった。

というよりネタというものを観た事がなかった。

当時は、今のように全国区のテレビでネタ番組などやっておらず。コントといえばもっぱらテレビのスタジオコントだった。コンビでやる舞台でのコントなんてものは観た事がなかった。そんなだから当然僕も芸人=テレビタレントなわけで。ネタをするなんて考えた事もなかった。

今思えば、ネタはその芸人の名刺のようなものだから当たり前の事なんだけど、みんなその段階を経てきているなんて考えた事もなかったから初めはとまどった。


しかし、ここは大阪。


ネタ番組も多くやっており、漫才やコントが文化として根付いていた。だから回りの同期たちは初めからそれっぽいことをどんどんやっており、自分だけ取り残されている感じがした。

僕はとりあえずネタというネタを観まくった。

深夜にやっていた若手のネタ番組は全てビデオに録画し、何度も繰り返し観た。

そしてネタのようなものを作っては披露した。

でも何度やっても、全くウケなかった。

ダメ出しも声が出てないとか滑舌が悪いだの基本的な事ばかり

大きな声を出す練習の為、深夜の公園で一人練習を繰り返した。


ある日、いつものように一人フェンスに向かってネタを練習していると、知らない人に声をかけられた。


「~さんそこに居る?」


僕はとまどい


「いや、知りませんけど」


と答え目線を下ろしたその時、その人の右手にビニール袋を持っているのが見えた。どうやら僕はそういういけない物を吸っている仲間に間違えられたらしかった。そらそうだと思った。だって夜中に一人しゃべってるんだから、しかもフェンスに向かって。確かにその光景を知らない人が見たら、完全にラリった人だ。


僕はコンビが組みたかった。


誰かを誘って養成所に入るっていう手もあったんだろうけど、僕は養成所に入っている事すら誰にも言ってなかったし、何かの本で養成所は一人で入ってくる奴が多いと書いてあったから、相方は養成所で見つけようと思っていた。

でも、実際にはコンビで入ってきていた奴らが多く、一人の奴は少なかった。

だからなかなか相手が見つからなかった。


相方探しは、恋人を探すのとよく似ている。


「僕とコンビを組んでくれませんか?」


これは、まるで女の子に告白をしているようですごくドキドキする。

時には電話越しで


「俺、お前の事、面白いと思うねやぁ。だから俺と一度二人で話せえへん?」


「まずはお友達から」


まるで高校生の恋愛だ。


養成所の近くの公園では、男同士で隣り合わせに座って、うつむき加減でこのまま続ける続けないだのもめてたりする。


完全にホモのカップルである。



養成所の期間は一年で、三ヶ月に一度能力分けのネタ見せがあった。

能力によってA、B、C、に分けられるのだが

配分としては

Aはだいたい五組くらい。

Bは十組くらい。

残りは全てCだった。

同期はだいたい三百人くらいいたので、Cクラスは組数で言えば百三、四十組はいたと思う。

Aは授業の数が増え、一組あたりのダメ出し時間も増える。Cは組数も半端なく多いので当然のごとくダメ出し時間も減る。だいたいが一言。


「声が出てない」


だけである。カス扱いだ。

僕はずっとCでカス扱いだった。

Aの奴らからもそういう目で見られた。

僕は悔しかった。でも言い返す事が出来なかった。

でも、僕は諦めなかった。

諦める訳にはいかなかった。


両親の気持ちを裏切ってしまった思い。

母のやさしさ。

そして何より

僕の生きる証がそこにあったから。


そして、その思いとは裏腹に評価される事なく時間は過ぎ

最後の能力分けのネタ見せまで日が迫っていた。

僕はまだちゃんとコンビを組めないでいた。

僕は焦っていた。

でも、ここに遊びに来ているわけじゃないと思っていたし、回りの奴らを全てライバルだと思っていたので、話の出来る奴は何人かしかいなかった。

その中の一人と話をしていた時の事、

そいつが僕に言った。


「実は俺、ネタ帳二冊あんねん。今組んでる奴用とは別に、もっとおもろいネタ。でも、今の相方おもんないから、別の奴と組んだ時にしよう思てんねん」


「そうなんやぁ。相方面白くないんやぁ」


そんな他愛もない会話をかわした。

その数日後、そいつのコンビは解散した。


僕は卒業前の最後のチャンスだと思い、勇気を振り絞ってそいつに電話をした。


「俺とコンビ組まへん?」


「ごめん。俺もう相手決まってんねん」


終わったと思った。

でも、とっさに、


「じゃ、相方の電話番号教えて!」


と僕はそいつに聞いていた。


「別にええけど、やめといた方がええんちゃう?あいつおもんないで。暗いし、しゃべらんしな」


その相方の評判は最悪だったけど

僕は誰でもいいからコンビが組みたかった。

僕はすがる思いでその相方に電話をした。


「別にええよ」


気が抜けるほどあっさりした回答だった。


会ってみると、うわさがウソのように会話がはずんだ。

楽しくて、僕たちは時間を忘れて話に夢中になった。

今思えば、これが運命ってやつなのだろう。

僕はここにコンビを結成した。





養成所卒業まで後三ヶ月の夏の事だった。


























今年のM-1。



僕的には笑い飯さんに勝ってもらいたかったんですけどね~



ラストイヤーやったし。



やっぱりネタ選びは難しいですよね



お客さんの空気が大切やから。



ノンスタイルは一本目のネタが爆発してたら、あえて持ってきた二本目がテンドンが効いたと思うけど



一本目ギリギリやったから、あそこは全く違う感じの見たいってなってたもんな。



逆に飯さんは一本目と似たようなのできてたら勝ってたよね。



パンクブーブーは二本共に同じような完成度の高いネタ持ってきたから総合的に



やっぱパンクブーブーだよなって感じでしたよね。



お客さんの反応見てネタ決めれる余裕があればいいけど



時間もないし



用意した二本やるしかないもんね。



どのネタやるっていうのも作戦だからなぁ。



しょうがない。



いやぁどのコンビもお見事でした。



お疲れ様でした。



やっぱM-1っていいね。





たぐちプラスの人生はプラスマイナスゼロだ!でも、若干プラスは多めでお願いします。-??.jpg

今日は一年に一度のテレビを観るのに緊張する日

そう

M-1グランプリ決勝の日。

毎年、こればかりはテレビの前で緊張する

俺が出てる訳じゃないのに。

お世話になった先輩や

仲が良かった後輩が出てると自分の事のように嬉しいし

緊張する。

その前に今年から敗者復活戦もテレビ中継する。

ノンスタイル石田から頑張るとメールも来たし

頑張れよ!石田。

俺たちの夢を乗せて。

テレビの前で応援してるぞ!