一九九六年 秋




養成所の授業が始まった。


授業と言っても、実際には特に何も教えてはくれなかった。

する事いえば、まず授業が始まる前にネタを発表したい生徒がホワイトボードに名前やコンビ名を書き、授業が始まったらその順番に講師の構成作家の前でネタを披露し、そのダメ出しを聞く。そんな流れだった。



僕も見よう見真似で発表した。

でも、僕にはネタの作り方は分からなかった。

というよりネタというものを観た事がなかった。

当時は、今のように全国区のテレビでネタ番組などやっておらず。コントといえばもっぱらテレビのスタジオコントだった。コンビでやる舞台でのコントなんてものは観た事がなかった。そんなだから当然僕も芸人=テレビタレントなわけで。ネタをするなんて考えた事もなかった。

今思えば、ネタはその芸人の名刺のようなものだから当たり前の事なんだけど、みんなその段階を経てきているなんて考えた事もなかったから初めはとまどった。


しかし、ここは大阪。


ネタ番組も多くやっており、漫才やコントが文化として根付いていた。だから回りの同期たちは初めからそれっぽいことをどんどんやっており、自分だけ取り残されている感じがした。

僕はとりあえずネタというネタを観まくった。

深夜にやっていた若手のネタ番組は全てビデオに録画し、何度も繰り返し観た。

そしてネタのようなものを作っては披露した。

でも何度やっても、全くウケなかった。

ダメ出しも声が出てないとか滑舌が悪いだの基本的な事ばかり

大きな声を出す練習の為、深夜の公園で一人練習を繰り返した。


ある日、いつものように一人フェンスに向かってネタを練習していると、知らない人に声をかけられた。


「~さんそこに居る?」


僕はとまどい


「いや、知りませんけど」


と答え目線を下ろしたその時、その人の右手にビニール袋を持っているのが見えた。どうやら僕はそういういけない物を吸っている仲間に間違えられたらしかった。そらそうだと思った。だって夜中に一人しゃべってるんだから、しかもフェンスに向かって。確かにその光景を知らない人が見たら、完全にラリった人だ。


僕はコンビが組みたかった。


誰かを誘って養成所に入るっていう手もあったんだろうけど、僕は養成所に入っている事すら誰にも言ってなかったし、何かの本で養成所は一人で入ってくる奴が多いと書いてあったから、相方は養成所で見つけようと思っていた。

でも、実際にはコンビで入ってきていた奴らが多く、一人の奴は少なかった。

だからなかなか相手が見つからなかった。


相方探しは、恋人を探すのとよく似ている。


「僕とコンビを組んでくれませんか?」


これは、まるで女の子に告白をしているようですごくドキドキする。

時には電話越しで


「俺、お前の事、面白いと思うねやぁ。だから俺と一度二人で話せえへん?」


「まずはお友達から」


まるで高校生の恋愛だ。


養成所の近くの公園では、男同士で隣り合わせに座って、うつむき加減でこのまま続ける続けないだのもめてたりする。


完全にホモのカップルである。



養成所の期間は一年で、三ヶ月に一度能力分けのネタ見せがあった。

能力によってA、B、C、に分けられるのだが

配分としては

Aはだいたい五組くらい。

Bは十組くらい。

残りは全てCだった。

同期はだいたい三百人くらいいたので、Cクラスは組数で言えば百三、四十組はいたと思う。

Aは授業の数が増え、一組あたりのダメ出し時間も増える。Cは組数も半端なく多いので当然のごとくダメ出し時間も減る。だいたいが一言。


「声が出てない」


だけである。カス扱いだ。

僕はずっとCでカス扱いだった。

Aの奴らからもそういう目で見られた。

僕は悔しかった。でも言い返す事が出来なかった。

でも、僕は諦めなかった。

諦める訳にはいかなかった。


両親の気持ちを裏切ってしまった思い。

母のやさしさ。

そして何より

僕の生きる証がそこにあったから。


そして、その思いとは裏腹に評価される事なく時間は過ぎ

最後の能力分けのネタ見せまで日が迫っていた。

僕はまだちゃんとコンビを組めないでいた。

僕は焦っていた。

でも、ここに遊びに来ているわけじゃないと思っていたし、回りの奴らを全てライバルだと思っていたので、話の出来る奴は何人かしかいなかった。

その中の一人と話をしていた時の事、

そいつが僕に言った。


「実は俺、ネタ帳二冊あんねん。今組んでる奴用とは別に、もっとおもろいネタ。でも、今の相方おもんないから、別の奴と組んだ時にしよう思てんねん」


「そうなんやぁ。相方面白くないんやぁ」


そんな他愛もない会話をかわした。

その数日後、そいつのコンビは解散した。


僕は卒業前の最後のチャンスだと思い、勇気を振り絞ってそいつに電話をした。


「俺とコンビ組まへん?」


「ごめん。俺もう相手決まってんねん」


終わったと思った。

でも、とっさに、


「じゃ、相方の電話番号教えて!」


と僕はそいつに聞いていた。


「別にええけど、やめといた方がええんちゃう?あいつおもんないで。暗いし、しゃべらんしな」


その相方の評判は最悪だったけど

僕は誰でもいいからコンビが組みたかった。

僕はすがる思いでその相方に電話をした。


「別にええよ」


気が抜けるほどあっさりした回答だった。


会ってみると、うわさがウソのように会話がはずんだ。

楽しくて、僕たちは時間を忘れて話に夢中になった。

今思えば、これが運命ってやつなのだろう。

僕はここにコンビを結成した。





養成所卒業まで後三ヶ月の夏の事だった。