二〇〇〇年 初春
大きな希望を胸に始まった僕らの芸人生活にいきなり壁が立ちふさがった。
それは…
ネタ。
僕らのライブは毎週月曜日行われる。
そのライブは毎回新ネタを下ろさなければいけなかった。
そして本番の三日前に本番下ろすネタのネタ見せが行われる。
要するに月曜に本番があり、次の金曜には次のネタを発表しなくてはいけない。
簡単に言えば三日でネタを作らなくてはいけない計算だ。
僕らにはまずこれがしんどかった。
今まで一ヶ月に一度しかなかった出番が一気に四回に増え、そして毎回新ネタ。
一ヶ月に一本作るのにも「ヒーヒー」言っていたのに、毎週て!
しかも実質考える時間は三日。
何も思いつかない。
頭が真っ白。
時間ばかりが過ぎていく…
それでも否が応でもネタ見せがやってくる。
「出来ませんでした。」は通用しないこの世界。
毎回が地獄だった。
ろくに寝ないで考え続け
ノートとにらめっこの日々
結局何も思いつかないまま当日の朝を迎える事もしばしばあった。
その日の午後にネタ見せはある。
その時間ギリギリまで考え続け、もがき、苦しみ、のたうちまわる。
しかし、全然アイデアが浮かんで来ない。
それは僕らが凡人って事なのか?
天才は湯水のように湧いてくるのか?
いや違った。
これは決して僕らだけに限った事ではなかったのだ。
周りの芸人みんなそうだった。
みなが生みの苦しみを味わっていた。
広い楽屋の大部屋の至る所でもがいていた。
これが芸人の裏の姿である。
面白い事なんてそうそうない。
「芸人さんの周りでは面白い事がよく起こるなぁ」って思うかもしれないが、同じ人間。そんなわけないのである。普通の人が気が付かないちょっとした事でも、面白おかしくする。常にアンテナを張って、何も起こらなければ、起こるように自分から持っていく事だってある。ある有名大物芸人さんはテレビでいろんなエピソードを話す時、あたかも昨日起こったかの様に話しをする。しかし実際には何年も前に起こった事だったりする。常にメモを取っていて、その数はノート何百冊にも及ぶという。
それを今も続けてるんだから莫大な量の引き出しである。これがプロの芸人。売れている芸人ほど、上になればなるほどその量はハンパない。
寝る寸前までしゃべり続けると有名な大物芸人さんもある番組でふいにカバンを開けられネタ帳が出てきて恥ずかしがっていたが、そんな大物でも常にネタをメモっているのである。
よく素人の人が
「あの芸人面白くない」とか
「なんで売れてるのか分からない」などと口にする人がいるけれど
出ているからにはちゃんと理由がある。
面白いからこそ出ているし、
努力を積み重ねているからこそ売れているのである。
そういう世界である。
ネタも同じで
簡単そうに見えても
みな必死に考えている。
言葉の一言、一言。
オチの一言だけで何時間も考え込む事だってある。
そうやって必死に作るのがネタである。
毎回、僕らはギリギリまで考え続けた。
そして、僕らは不本意ではあったがなんとか一応の形にしてネタ見せを行った。
しかしそんな薄っぺらな内容が通用するはずもなく、
何度となく、ネタ中に演出家の舌打ちが聞こえた。
睨みつけるようにネタを見る演出家。
苦肉の策で一度やったことあるような設定のコントをすると、
「また、これか!」
と一喝され
なんとか本番までに形に仕上げても
いまひとつのお客の反応。
終演後のダメ出しも
「問題外や」の一言。
そして息つく間もなく次のネタ見せがやってくる。
「お前ら五分はいいわ。三分でいいから面白い事やってくれよ!」
とネタを途中で止められた事もあった。
それでも僕らは必死に考えた。
でも新しい設定が浮かばない。
すがるような思いで僕は押入れの中から過去のネタ作りでメモしてきた何十冊というネタ帳を引っ張り出し、ボツになったネタや途中で行き詰ったネタの中になんか使える物はないかと必死に探しては無理くり広げてネタにして発表した。
そんな、その場しのぎの日々の繰り返し。
でも、結局はそれはボツネタ、ガラクタの寄せ集めでしかない。
ネタとはとうてい言い難い代物ばかり。受けるはずもなく僕らの評価は最悪で、ライブはネタとゲームコーナー、トークコーナーで構成されているのだが、ゲームコーナーは毎週二組抜粋され出演し、残りのメンバーはラストのトークコーナーに出演する。ゲームコーナーの出演は順番でやってくる、はずが僕らの順番は飛ばされ続けた。
「お前らは使えない」
そしていつもトークコーナー。
しかし、そこでもしゃべれない。
じゃべろうとすると次の話題へ
話題へ入れない。
自分が出せない。
笑いが取れない。
いつしか面白くない芸人と言われだした。
悔しかった。
梅田のイベントで面白いと絶賛され
絶対売れると賞されて
その自信を胸に乗り込み
そしてもぎ取った劇場出演権。
現実、プロの舞台の前になすすべなく
こなすだけの時間
悔しかった。
スケジュールは三ヶ月先から決まり出す。だから三ヶ月レギュラーを続ければ別の仕事が貰える。そう言われていた。
僕らはそれでもなんとか月末の入れ替え戦をギリギリだが生き残り三ヶ月耐え続けた。
が、
このライブ以外の仕事は何も貰えなかった。
同じ月に一緒に上がった後輩コンビは何回かの別のライブの仕事を貰っていた。
僕はその日、静かに一人部屋で泣いた。
翌月、僕らはレギュラーを降格した。
劇場メンバー入りして四ヶ月目の事だった。




