福島をずっと見てほしい。
そんなブログ【Vol.7】は「叫ぼう、福島。」
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私は生まれも育ちも福島県福島市の、根っからの福島の人。
ナカヤマ.と名乗るイベントクリエーターです。
震災後、自分たちに出来ることをして福島を盛り上げたいという気持ちから、
福島にご当地アイドルを結成し運営していこうというプロジェクトを展開している人間です。
そんな職業柄、可能な限り様々なニュースから情報を吸収しようと考えていて、
常に携帯片手にうーうー唸りながら色んなニュースを見たりしているのが日常です。
そんな中、怒涛の1年も年の瀬を迎え
『紅白出場アーティスト発表』
の見出しを見つけてニュースを読みました。
そこに書いてあった猪苗代湖ズの名前。
福島に住んでいたら絶対に耳にする
『I LOVE YOU BABY 福島』のフレーズ。
そこで感じた複雑な感情。
嬉しいという気持ちがまず最初にあった事は間違いありません。
福島から全国に発信していかないといけない事はたくさんあるし、
何より著名なアーティストの方がこういった大きな場で、
震災復興のテーマソングとも言うべき楽曲を披露してくださる機会がある事が有り難いと感じました。
ただ、2011年が終わってしまうという事実に、
恐怖に近い感情を抱いている自分に気づいたのです。
『復興』という言葉は2011年に最も多く使われた言葉の一つだと思いますが、
それが2011年の流行語であってはならないと感じています。
大晦日。
今年を締め括る日に、福島の為の楽曲を披露してくださる有り難さの反面に、
東日本大震災が『2011年のこと=過去のこと』として捉えられてしまったらどうしようという気持ちがあったんです。
『明日から何かが始まるよ。素敵なことだよ。』
この歌詞に込められた想いの通り、
2012年が『素敵なこと』で埋め尽くされるような年であれたら――
そう願うばかりです。
『復興』って言葉は流行語なんかじゃないんです。
福島がもっと福島を愛さなければいけないと、そう思う毎日です。
震災後、『自分に出来ることってなんだろう?』
そう考えた方は多いと思います。
ありきたりですが、
1日1日を本気で生きる事に答えのヒントがあるのではないか、
そう考えながら毎日を過ごしています。
3月11日
地震の後に突然、吹雪ましたよね。
『やべー、日本沈没しちゃうわー』って思った人は私だけじゃないはず。
大きな自然災害の前には為す術など無いと痛感した瞬間でした。
私たちは平和な国で暮らしている為、
明日死ぬ事は無いと考えてる人が90%を越えているんじゃないかと個人的に思っています。
あの日、震災で亡くなった方や津波の被害に合った方々の多くも、
3月10日まではそう思っていたんじゃないかなと思うんです。
だけどあの震災が発生してしまいました。
長らく考えた末に
『自分が信じた道を進んでいくしか出来ない』
という答えに行き着きました。
残念ながら、
震災前の、ありふれた日々が広がる福島ではなくなってしまったかも知れませんが、
私たちは一人一人が自分の決めた道を進んでいくしかないのだと思っています。
絶えず、福島から発信していかなければいけないんだと思います。
福島の事を悪く言う人も見てきましたし、
福島の人が福島を諦めてしまっているような姿を見ることもありました。
しかしそれでも、福島は絶えず発信していかなければならないんです。
善悪の境界線を越えたところで、
これから人類が選んでいかなければいけない道を考えていかなければいけない。
その発信源は今、福島にあるのだと思います。
幸か不幸か
日本人は大人しい民族です。
それが美徳と呼べる文化なのです。
しかし、『大人しい』ことと『黙っている』こととは別です。
少なくとも福島は
『黙っている』べきではない。
『黙っている』ことは
『黙認』していることと同じだと思うのです。
立ち上がる力が無い程、福島が弱いとなんて思っていません。
だからこそ、福島から叫び続けなければならないことは山ほどあると、
そう思います。
震災があるまでは
『何にも無い街だ』と思っていました。
しかし、今はこの福島を『何とかしなきゃいけない』
『忘れられた街にしてはいけない』と感じています。
悲しく、苦しく、辛いことは日々ありますが、
それでも福島から叫び続ける意志を持ち続けていきたいと、そう思います。
だってここが自分たちの故郷なんだから。
大事なものは全部ここにあるんだから。
最後に、
私は今福島に住んでいますが、福島から避難した方のことを
批難するようなことは絶対にありません。
同じ福島の人間として、その決断は尊重されるべきものであり、
それぞれの事情があると考えています。
福島人である事を忘れなければ、いつまでだって、
どこにいたって福島人だと思います。
いつかなんの心配も無く福島で笑顔で暮らす事が出来る日が来ることを、
心から祈っています。
ここは皆の福島なんです。
だからこそ立ち上がっていかなければいけない。
福島は絶対に負けない。
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ナカヤマ.さんの活動は、こちらの記事でも紹介されています。
http://atmc-tokyo.com/status_of_disaster_area/9825/
福島の若者の力強い活動を私たちも応援します!
福島をずっと見てほしい
そんなブログVol.【6】です。
(新サイトを立ち上げました。)
そちらからもご覧いただけます。
http://fukushima-real.jimdo.com
********* 3.11からの絆 ***********
3月11日。
私は病院で就労支援を終え、
体調を崩し、真っ暗な静養室で寝ていた。
その時が来た。
携帯の地震速報が鳴り出し、揺れだした。
【普通の地震だろう…】
と思い、布団を頭まで被り、揺れが収まるのを待とうとしたが、
揺れはだんだん酷くなり病院中から悲鳴が聞こえてきた。
次の瞬間、ベットから振り落とされた。
本当にただ事ではないとようやく頭の中で理解できた。
スタッフが助けに来ない、パニックを起こしつつ、
這いつくばって、出口を探し、ようやく廊下に出た。
運よく、院長先生に見つけてもらい、
避難することができた。
病院はあちこちとヒビが入り、天井が抜けた病棟もあった。
私はパニック障害を起こしたものの、生き延びることができた。
地震直後、原発の爆発。
福島県は【原発】【放射能】のレッテルを貼られてしまい、
県外に行けば、車にいたずらをされたり、
指を刺されたりと差別を受けた。
【同じ人間なのになぜ?同じ日本人なのになぜ?】
頭の中をグルグルまわった。
なら、自分たちが住んでる福島から今の福島を見てもらおう、
知ってもらおうと思っていたが、
ネットの日記だけでは限られた人しか読んでもらえない。
『どうしたら今の福島をわかってもらえるだろか…。』
NHKでいつも見ていた青春リアル。
そこで『福島をずっと見ている』という企画が始まり、
≪福島リアル≫という活動があるということを知った。
そして私は、代表の関根さんに会いたくて会いたくて、
私は大胆な行動に出た。
その行動は友達から『普通は逆じゃん!!』
と突っ込みをもらったぐらい(笑)
LIVE福島風とロックSUPER野馬追の酔祭に参加する事が出来た。
そこに風とロックの仕掛け人?の箭内道彦さんが来ると聞いて、
ますます私の行動力は動き出した。
(宵祭りでもあったのでお酒の力もあったかもw)
宵祭の終わり、迎えを待つのに会場の外にいた。
そこに箭内さんが現れた!!
『チャンスは今だ!今しかない!!』
思いっ切って箭内さんに声をかけた。
『いつもNHK見てます。』
『あの、私、関根さんにどうしても会いたいんです!!』
今思えば、ナンちゅう事を言っていたんだあたし・・・・と反省w
箭内さんは
『会場内にまだNHKのスタッフいるから聞いてみたらどうだい?』
と優しく答えてくださり、会場を後にした。
その後、私も迎えが来てしまい
スタッフさんと会えず、そのまま帰宅してしまった。
せっかくの出逢いが・・・・と思いつつ、
同じ故郷を思っていればきっとどこかで出逢えるはずと思い、
私はLIVE福島の相馬会場に足を運んだ。
場所取りをし、あちこちのブースを見ていたらなんと、
NHKのスタッフさんに声をかけてもらった。
何たる偶然。何にも打ち合わせもしていないのに。
そこでまた言ってみた。
私:『福島リアルの関根さんに会いたいんですがどうしたらいいですか?』
スタッフ:『え、そこにいるよ・・・』
そこで初めて関根さんに出逢えました。
ただテレビでしか見たことないのになぜか涙が出てきた。
いろんなアーティストを生で見れる興奮。関根さんに逢えた感動。
頭の中、真っ白。もう、興奮しすぎて何話したか覚えていませんw
(ごめんなさい・・・ (´;ω;`)
でもそこから、友達の木の身が私の心の中に落ちて、
根を張りだしました。
LIVE福島が終わり、いつもと変わったの日々を過ごし、
福島リアルでピクニックがあるということで参加させてもらいました。
毎日、放射能や余震の不安ばかりだったので、気分転換にいい機会。
参加者さんで子ずれのパパさんがいらっしゃいました。
久々に元気に外で走り回る子供たちを見て、
『福島は大丈夫、大丈夫。子供たちがこんなに元気だもん』
勇気つけられました。
おいしいお弁当を交換したり、思い思いの話をしたり、
初めて乗るゴンドラで絶叫したり、
五色沼では恋柄がある鯉を必死に探し、
今後の自分の恋を心配したりw
充実した日を過ごせました。
先日、友達の木から身が落ちたのがその日から芽が出てきた。
先日のイベントから友達の木から身が落ち、数か月後。***
福島空港にボーイングが!!!!
で、福島リアルメンバーで
我が故郷に来てくださるお客様をお出迎えしようとなり、
前日から思い思いのお出迎えボードを書いて準備してきた。
でも、正直。私の中では不安だった・・・。
原発問題を抱えた福島に来てくれるのだろうか。
けれど、福島県民の私達が落ち込んでたら、
来てくださったお客様に大変申し訳ない気持ちでいっぱい。
なんなら、今のありのままの福島を見てもらおうと思った。
ボーイングが到着し、一番先に出てきたのはなんと箭内さん。
それから、笑顔でドンドン到着口から笑顔のお客様が来てくださり、
私の中の不安は一気に吹き飛んだ。
お客様を見送り終わり、空港内でLIVE福島の映像を見ることに。
『僕らは君たちの恋人になりに来た』
この言葉に何度涙し、
猪苗代湖ズのあの曲で心の底に隠していたものが
改めて出てきて号泣した。何度見てもいい。
その後、思い思いの時間を過ごし、
新しいメンバーさんとも話したり楽しい時間を過ごした。
空港に戻ると、箭内さんのサイン会が始まっていた。
まさかとは思って、事前に公式本を準備して持っていた(笑)
ちゃっかり列に並び、箭内さんにサインしてもらってる間、
何話そうと考えていたが全く浮かんでこない。
いよいよ自分の番。
とっさに浮かんだのが、宵祭で箭内さんと
THE BACK HORNの松田さんが漫才した時に、
小物にとビールや水差しを差出した事。
その事をとっさに謝っていた自分がいました(笑)
もっと話す事はあったはずなのに、
本番に弱いなぁ、自分。
サイン会も終わり、
県内を楽しんできたお客様が空港に戻ってきました。
そう、もうボーイングで戻る時間。
出発ロビーで何かできることはないか考えた。
メンバーのみんなはボードに来てくれてありがとうの気持ちを書いていた。
私は余分なボードを用意していなかった。
ん~自分らしく、尚且つ福島の温かみが表現できるもの・・・・。
『あ・・・・方言だ!!!』
小さい頃からばあちゃん子で育ち、
専門学生時代には老人施設で実習を重ね、
方言で話す事で利用者さんと
心の距離を縮める事の出来た、福島の方言。
方言で話すなんて恥なんてない。
『まだ、きてくだっしょない!!まってぞい!!』
初めは笑われたが、自分でできる精一杯のやれること。
これで、福島の暖かさは一人ひとりの
こころに届いたのだろうだろうか・・・・。
飛行機が行き来見えるデッキに移動し、
みんなで綺麗な星空の中に飛び立って行った
ボーイングを無事に見送る事が出来た。
滑走路にいた作業員さんや乗務員さんが、
デッキに向かって手を振ってくれたり、会釈をしてくれた。
そして、歓声。
デッキからはち切れんばかりの拍手でした。
それぞれの心に、友達の木の種は残っただろうか…。
その種が、時間がかかっても、
根が張り、身を付けたくさんの花が咲き、
また種が落ち、次の代へ行くことを私は願っている。
福島をずっと見てほしいブログ
【Vol.5】
******* どっちも応援したい。 *******
10月初旬。
LIVE福島の余韻を残したまま、
東京にいる自分には何ができるのかを見い出せずに、
ちょっと焦っていたりもして。
思い切って福島リアルのコミュニティに参加させてもらった。
あの日から、いろいろ解ったことがあったと、
今すごく実感している。
これはあくまで東京在住の人間の感じたコト。
なので、福島で生活してるみんなと視点は違うと思うのだけど・・・
正直、あの日あの場でみんなの話を聞くまで、
やっぱり私の中にも、福島は危険な場所なんじゃないか?って
拭えない不安というか、疑問というか、そういうものがあったのは事実。
多分、未だにどうして避難しないのか?理解してない人が、
県外には多いんじゃないかと思う。
仕事や経済的な負担や、そういう生活に密着する問題を
解決するのは大変だからだろうって、
漠然とは頭ではわかっていても、
でも命には変えられないじゃないかっ・・・
って、3月・4月頃の考えから進んでないんだと思う。
私もそうだから、大きなこと言える立場じゃないんだけど、
東京にいると、放射線量のこととか、考えなくても生活できちゃってて。
心配だけど、TVやネットで見る専門家と言われる人たちの言葉だけが、
判断材料で、それ以上に深く調べたり、勉強するってことをしてない。
(もちろん、してる人もいるんだろうけど。周りにはいないかなぁ。)
だから、10月のコミュで「福島で生活してたって大丈夫だ」
という発言を聞いた時、その瞬間は正直、驚いた。
でも、話をいろいろ聞いてみて、
あぁ、みんなちゃんと自分で調べて、勉強して、
その上で自分で判断してるんだってわかったから、
そうやってココで生きてるんだなって、
あの場で初めて知って、納得できた。
そういう人もいる中で、まだまだ不安もあるし、本当に大丈夫なのか?
その狭間でまだまだ揺れている人がいるのも、当然だとも思った。
今の福島の実情って、外の人には想像し難いんだと思う。
というか、想像できてないんだと思う。
知るには、そこに行って、そこに住む人と話したり、繋がってみないと、
わからないコトが多過ぎる。
みんなが初めて遭遇したことだから。
そんなことに、私はやっと気付けた。
LIVE福島の時、「福島は安全だ」
「福島は元気だ」ってことを伝えたいって
言葉にすごく違和感を感じてた。
「危険じゃないなんて言えない」そう思ってた私には、
なんでそんなコトが言えるのか?わからなかった。
でも、コミュに行ってから、ちょっとわかった気がした。
今は「元気だよ!遊びに来てね!」って、胸張って大声で言える。
だけど、私は結局東京に戻ってしまうから、
福島に住む人の気持ちを100%理解するのは、絶対無理なんだと思う。
でも、そこに住む人たちの気持ちがあってこその復興であり、支援だと、
絶対にそう思うから、「知りたい」って思う。
知らなきゃ、何もできないし、して欲しくないって思う。
その上で今思うのは、例えば友達2人が正反対の答えを出したとしても、
どちらが正解かなんて、わからない。
その人その人の立場によっても、出す答えは変わってくると思うし。
だから、私はどっちも応援したいって思う。
それは、とても軽々しく聞こえるかもしれないけど、
避難するもしないも、どっちも間違いじゃないって、本当にそう思えるから、
どっちも応援したい。
みんな、本気で向き合って出した答えを、そのまま実行できる環境が、
出来上がればいいな~って、漠然とだけど思ってる。
それを、内からも外からも応援しあえるそういう環境が。
そして、今の福島を沢山の人に知ってもらうってことは、
すごく重要なのだと思う。
実情を知らないから、理解ができないのだと思うから。
そういう意味でも、先日のボーイング787の企画はタイミング的にも、
重要な意味があった気がしてる。
自分に何ができるのか?
具体的なことは、まだまだ探している最中。
一個人ができることは本当に小さいけど、無力だなんて思ってない。
ただ福島へ行って、みんなと話して、実情を知るということが、
私にとっては重要であり、自分にできる何かを探す、大きな力になっている。
これからも繋がり続けていきたい。
私の故郷は福島しかないのだから。
―――*―――*―――*―――
福島をずっと見てほしい
そんなブログ【Vol.4】です。
*********** 私の故郷は福島県 **************
私の故郷は福島県です。
毎年、旦那さん子供と一緒に、年に3~5回は福島へ帰ってます。
旦那さんは千葉県の人ですが、福島へ何度も行くうちに
福島が大好きになりました。
これは、前回帰った時の写真です。(旦那と息子)
「白河らーめんは旨いんだよなぁ」
「鮫川のにんにくは旨いね~」
「福島に住みたいなぁ」
とか言っていました。・・食べ物の事ばかりですが・・![]()
震災があってから、彼は福島の事、
そして福島の人をとても心配しています。
「福島の人は何も悪くないんだよ」
「なんで福島だったんだろう」って。
それはそれは、私以上です。
そんな彼は、出かけるときには、
“福島友達の木ステッカー”のついた
ムーブに乗っています。![]()
しかも、猪苗代湖ズの
「I love you & I need you ふくしま」を
永遠と聞いちゃったりして。![]()
最近も、「老後は福島で暮らしたいなぁ」
なんてつぶやいていました。
普段は、食べ物の事しか考えてない彼ですが、
震災があった後も「福島で暮らしたいなぁ」って
心から言っているのを聞いて
私はジーンと来ました。
きっと、旦那だけでなく、
こうして福島の事を想っている人は、
沢山いると思います。
すこしでもそんな気持ちが届くといいな。
お正月には、また家族で福島に帰る予定です![]()
また、新たな福島の
旨いものが食べれるのが楽しみです。
ふくしまをずっと見ていて欲しい。
そんなブログVol.【3】
***** ピンチはチャンス! *******
いきなりですが、タイトルにあるとおり、
このあだ名を拝命されたのが、3年前。
少々長い、ピンチはチャンスというあだ名で名乗っていたのは、
前置きが長くなりましたが、
実を言えば、私あの地震時は無職でした。
働き口を必死で探していたときの震災には
まずは、震災から1ヶ月しないうちに
震災原発問題であまりにも
ですが、ピンチャンという名は
気楽に考えられない…と思うかもしれませんが、
ピンチャン…福島の復興の合い言葉にいかがでしょうか?
そんな私も「福島リアル」に参加しています。
まげねぇぞ、福島!!
いろいろあった、
いろいろありすぎた2011年も残りわずかとなりました。
年末には明るい話題「猪苗代湖ズ」の紅白出場も待っていますね。
そんな今年を締めくくるために、
忘年会ならぬ「望年会」を開催いたします。
2011年 福島リアル「友達の木プロジェクト」
『 望年会 』
◆日程:12月18日(日)
◆時間:18:00~20:30
◆参加費:800円 (お弁当付き)
小学生以下のお子様はおひとり200円
◆定員:30名
(定員になり次第、募集を締め切らせて頂きます)
◆場所:郡山駅前ビックアイ 7階
市民交流プラザ 和室
今年一年を振り返り、それぞれの思いを語り合い、
来年はこんな年にしたいといった望みを語り合いましょう。
初めてコミュニティに参加される方にも、
今年の友達の木の育ちがわかる、発表もあります。
当日はお子さんにもご参加いただけるように
和室のお部屋をご準備いたしました。
子供達にもちっちゃな忘年会を開催してもらいま~す
。
応募方法は、お名前、ご連絡先をご記入の上、
こちらのアメブロに直接メッセージをいただくか、
fukushimatomodachinoki@gmail.com までお願いします。
メール確認後、ご返信させて頂きます。
メール受信が確認できない場合がありました![]()
お手数ですが、アドレスを直接打ち込んでメール送信下さい。
(メール返信がない場合はこちらまでご連絡お願いします。)
福島リアルmixiコミュニティご参加の方はそちらからのご応募も可能です。
初めての方も、お子様連れの方も、
お気軽にご参加お待ちしています![]()
12月に入り、すっかりクリスマスムードですね![]()
![]()
郡山駅前も郡山市のキャラクター「がくとくん」を象った
イルミネーションが、街を賑やかにしてくれています![]()
子供を抱っこしたお母さんが、
微笑ましくこのトンネルをくぐっていました。
「夢」へとつながる光の扉
トンネルの入り口には、
『夢を思い描きながらくぐってみてください。
「次の自分」に出会えますように。』
と書かれています。
みなさんも良かったらくぐりに来てみて下さい
。
そんなクリスマスムード真っ只中の
12月の今日はLIVE福島で行った結婚式に、
ウエディングケーキの提供をしてくれた
「フルラージュ」さんのご紹介をします。
『LIVE福島』
猪苗代湖前結婚式に
協力してくれた「フルラージュ」さん ******
郡山市内に安積店と桑野店の2店舗を構えて
営業をされているフルラージュさんは、
震災直後から、避難所へのお菓子支援や、
お菓子で笑顔プロジェクトを行って、
お菓子を通して、元気と笑顔を届ける活動をされています![]()
こうしたお菓子で福島を元気にしたいという気持ちが、
LIVE福島で行った結婚式への協力にも
ご賛同いただけたのだと思います。
お店に伺った際、
白鳥の乗ったケーキを見つけて、
猪苗代湖の雰囲気にぴったりだったので、
お願いをさせていたところ、
快くお引き受け下さり、
こちらのケーキを2台をご提供して下さいました。
ケーキ入刀シーンです![]()
こうして、お菓子を通して、
笑顔を届けてくれた「フルラージュ」さんに
心より感謝を申し上げます。
フルラージュさんのこの地で経営する想いです。
****************************
"フルラージュさんの想い"
去る3月11日の東日本大震災で被災された
すべての皆さまに心よりお見舞い申し上げます。
当店はこれまで地産地消を基本に、
県内の食材を積極的に使用して参りました。
しかし、今般の原発事故による深刻な
放射能汚染問題の発生により、
使用する食材への苦渋の選択をいたしております。
今、最も大事なことはお客様への
安心・安全を第一に考慮することであり、
そのために使用する食材を冷静に見極め、
使い分けていきたいと考えております。
私も子を持つ一人の親として、
常にお客様と同じ気持ちで食材にこだわり、
何より安心して皆さまにお召し上がり頂ける
お菓子を提供して参ります。
私たちみんなの思い"福島の復興"へ向けて、
フルラージュはお菓子を通してこれからも
元気と笑顔をお届けしてまいります。
がんばろう福島!
株式会社フルラージュ
シェフオーナー 佐藤 豊喜
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福島を愛し、
大切に心を込めて製造してきたお菓子たちが、
店内にはいっぱいならんでいました。
いくつか紹介させて頂きます
。
福島県郡山産米 あさか舞(まい)使用
『福の稲MARU(いねまる)』
もち米のつぶつぶ食感がたまらない
。
縁起菓子『福の島』
青梅ミルク『うめえばい』
かりんとまんじゅうにはまってたけど、
次はこれにはまりそうです
。
磐梯山麗酪乳『新鮮生チーズケーキ』
写真撮る前につい食べてしまったので、
こちらの写真となりました![]()
『磐梯山の麗、朝の平野に白くやわらかな
霧が静かにたち込める美しき大地-福島』
食べ終わった袋の後にそう書いてありました。
商品ひとつひとつに福島の愛を感じます。
クリスマスケーキも豊富に取り揃えていました![]()
このパンフレットにはこんなメッセージ。
********************
「絆」
特別な思いで迎える2011年のクリスマス。
大切な人と過ごすひとときを
これほどまでに幸せに感じたことがあったでしょうか。
家族、友人、恋人・・・
大切な人と、心と心を繋ぐかけがえのないひと時。
どうか全ての人に
あたたかいクリスマスが訪れますように。
*********************
フルラージュさんのケーキのご予約は
数量限定が多いですのでお早めに![]()
クリスマスムードに包まれた店内のご紹介。
お子さんの遊ぶスペースや
喫茶コーナーもありました![]()
この季節ってケーキ屋さんに
ついつい足が向いちゃいますね
。
現在はこちらの支援活動を続けていらっしゃいます。
復興支援 四季のロール(支援価格でご提供)
一部を義援金として寄付されています。
フルラージュさんでは、全国地方発送も承っています。
お問い合わせは
フルラージュ 桑野本店さんまで
024-925-9336
生きていこうという気持ちが生み出す力を、
今日もまた感じることができました。
以上、LIVE福島 猪苗代湖前結婚式に協力してくれた
フルラージュさんの記事でした
。
***妙子ママと福島で元気に生きるクッキング!***
第一回目のお料理教室では、
福島にとどまることを決意された妙子ママの、
熱い思いを持ちながらも、ほんわかした人柄が、
とても優しい時間を与えてくれました。
初めてお会いした時、
自分にもできることがあったらと、
この企画にご賛同いただき、
開催に持ち込むことが出来たのですが、
今後も継続してご協力頂ける想いに
感謝の気持ちでいっぱいです。
第二回「お料理教室」のご案内です
。
今回はクリスマス前ということで、
クリスマスメニューでのお料理教室です。
◆日程:12月17日(土)
◆時間:11:00~13:00
◆参加費:1,000円(ケーキBOX希望の方は追加100円)
小学生以下のお子様はおひとり250円
◆定員:20名
(定員になり次第、募集を締め切らせて頂きます)
◆場所:LIXIL 郡山ショールーム
◆メニュー
・パエリア(クリスマスに合わせたチキンパエリアです。)
・スープ
・ヨーグルトババロア
・クリスマスケーキ
※ケーキは一家にワンホールお持ち帰りいただきます。
20㎝のお皿をお持ち頂くか、100円で箱を準備させていただきます。
参加方法は、お名前、ご連絡先をご記入の上、
こちらのアメブロに直接メッセージをいただくか、
fukushimatomodachinoki@gmail.com までお願いします。
メール確認後、ご返信させて頂きます。
メール受信が確認できない場合がありました![]()
お手数ですが、アドレスを直接打ち込んでメール送信下さい。
(メール返信がない場合はこちらまでご連絡お願いします。)
福島リアルmixiコミュニティご参加の方はそちらからのご応募も可能です。
※お料理教室の後、お時間の許す方には、
残っていただいて、いろんな気持ちを話し合いたいと思っています。
みなさまのご参加をお待ちしています![]()
ずっと応援してくれている田村市の男性の方から、
メッセージを頂きました。
ふくしまをずっと見ていて欲しい。
そんなブログVol.【2】です。
***** 生きていこうという気持ちが生み出す力を信じて *******
実はつい最近知った事があります。
私に広島県出身で幼少期に原爆によって被爆経験した
義理のおじさんがいて、原発事故を心配し、
妻の実家に電話をしてくれていたという事を。
電話でこんな事を話してた、というのを聞いたので
印象深い言葉をお知らせします。
「心配な事もあるけど、毎日毎日生きていれば
俺みたいにいつの間にか歳をとっているかもしれないよ。
俺なんて小さい頃、被爆してるのに今も生きてるんだから。
先の事なんて誰にもわからないだろう?心配すんな。」
といった内容の電話でした。
私はその話を聞いてなんか不安な気持ちが楽になりました。
「毎日毎日を生きていれば.....」
私が想像する以上のすさまじい状況を経験しながら、
おじさんは毎日毎日生きてきたのでしょう。
そんな方が言う毎日毎日を生きるという言葉には
重みを感じてしまいます。
どんな思いで生きてきたのでしょうね。
福島県は放射能がクローズアップされる機会が多いですが、
福島県民は津波によって大事な家族を亡くされた方、
住む家を失ってしまった方、仮設住宅に住んでいらっしゃる方、
県外に避難された方、県外避難を迷われている方、
県内で復興、再生にご尽力されている方などさまざまです。
それぞれが違う状況、思いで
毎日毎日を生きているのだと思います。
ほんの何分、何時間でいろんなものを失ってしまった。
でも生きていこうという気持ち、
その気持ちが生み出す力は共通だし、失ってほしくない。
というのが私の願いです。
私達家族は県内に住んでいますが、
私も父親なので放射能の情報は正直、気になりますし、
放射能の健康的影響も否定しません。
ただ、せめて気持ちだけは放射能に汚染されたくないのです。
健康を第一に考えれば、
自分の選択が良いのかどうかはわかりませんが、
この地で生きる為にはどうしたら良いのかを考え、
行動していけたらと思っています。
(小学校、地域の除染活動には参加しました。)
精神論が放射能汚染を解決できるとまでは言えない。
でも、最初から放射能に気持ちが負けてたら減らす事もできない。
福島県の現状はすぐ解決する問題ではありませんし、
現実を受けとめなければならない事もあります。
何年かかるのか?放射能の影響は実際どうなの?など
不安要素はいろいろあります。
先が見えないのも現実。
でも、私は生きていこうという気持ちが生み出す力、
その可能性を信じて、毎日毎日生きていきたい。
繋がる事で増幅させたり、与えたり、与えられたり、
そんな生きていこうという気持ちが生み出す力を信じて。
先の事なんてわからないのであれば
逆に変える事も作る事も可能ですから。
おじさんの言葉を聞き、感じた、
自分なりの思いも伝えさせていただきました。
これが今の私のリアルです。
*******************
諦めながらここで生活してるんじゃなくて、
生きていこうという気持ちを力にして
毎日毎日を生きている。
それは、数年後、力強いものになっているのではないかと思いました。
生きていこうという力で再生されていく福島。
いま、出会う人たちはそういった力を持っているように感じています。
最後に、放射能汚染を苦にして、
自ら命を絶たれてしまった農家の方もいる中で、
私はとにかく生きていていてほしいと思って、
このような文章になったと綴ってくれました。
生きていこうという力が生み出すもの。
その可能性を信じて、
これからも繋がっていきたいです。

















