「今宵、月明かりの下で…」29
「泡沫」
「テギョン様・・・お話がございます・・・。」
“・・・イヤな、予感がした。
ミニョを見つめ、首を横に振る。『これ以上、何も、言うな』と・・・。”
ミニョは、唇を噛み締めながら、テギョンから視線を外すと、話をはじめた。
「・・・今日、婚約者の方がいらっしゃいました。『テギョン様の心を返してほしい』と・・・。」
不機嫌そうに、口を尖らしたテギョンは、ミニョの肩を掴んだ。
「ヘイとは、結婚などしない。破談をするつもりだ。」
「テギョン様、無理を仰らないでください。ご両親が決めた結婚であれば、尚更のこと。いつかは、結婚することになるでしょう。
それに・・・この『三日月館』を閉めることになりました。私は、ミジャおば様のお知り合いの妓楼に行かせていただきます。もう、会うことが出来なくなるでしょう。
どうか、一介の妓生にすぎない私のことは忘れ、お心を決めてください。」
ミニョは、感情を表に出すことなく、涙さえも見せずに、淡々と話している。テギョンは、ミニョの言動が理解できず、ただ、混乱していた。
“ミニョ、何故なんだ?
俺たちは、あんなにも、深く愛し合っていただろ?
俺は、まだ、ミニョを愛しているのに・・・”
「・・・諦めろ、というのか?」
「これが、現実なのです。テギョン様が、家名を捨てることが出来ないように、私も、妓生を辞めることが出来ないのです。」
「ミニョ・・・」
「テギョン様、どうか、お元気で。」
頭を深く下げるミニョに、テギョンは、引き寄せ抱き締めた。
「どうして・・・そんなことを・・・」
テギョンは、自尊心さえも捨て、ミニョを強く抱き、すがっていた。
「ミニョ・・・愛してる。」
ミニョの心に呼びかけながら、何度も、愛を囁くテギョンの唇が、ミニョの唇に触れる。
優しく、何度も、柔らかな唇に、自分の唇を重ねた。
強張っていたミニョの身体の力が抜け、重なった唇の隙間から、吐息が漏れる。
唇を離し、ミニョを見つめると、睫毛を濡らし、ポロポロと、頬に涙を溢していた。テギョンは、濡れた頬を優しく撫でる。
「・・・ミニョ。」
「テギョン様に、恋をしたとき、いつか、こんな日が来ると、わかっていました。テギョン様と離れないといけないとわかったとき、やっぱり、胸が締め付けられるように、苦しかった・・・自分の立場を、十分わかっているつもりだったのに・・・
テギョン様・・・
お願いが、あります。
『三日月館』が閉まるまで、いえ、ほんの少しだけでもいいです。私と、一緒にいてくださいませんか・・・?」
ミニョが、テギョンの衣服を掴んだ。
テギョンは、言葉の代わりに、ミニョの手に、自分の手を重ね、力強く握った。
★★★★
ふたりの別離が決まりました。
テギョンミニョ推しのハナシでは、珍しいですよね。ホント、ごめんなさい。でも、当初から決めていたから・・・変えずにしました。
さて、もう一度、アメ記事を入れて、このハナシを終わらせて頂こうと思います。
アメ記事も、これから書きますので、すみませんが、お待ちくださいませ。
「今宵、月明かりの下で…」28
「覚悟」
ヘイは『三日月館』に入ってくるなり、ウォルファを呼び出した。
そして、ウォルファの顔を見るなり、ウォルファの頬を、思いっきり平手打ちをした。
ウォルファは、痛みより、驚きで、目を丸くしているが、ヘイは、目に涙を溜め、唇を噛み締めている。
「返してよ!!テギョン様の心を返して!!」
「・・・貴女は?」
「私は、テギョン様の婚約者よ。あなたのせいで、破談なんかされたくないのよ!!」
「それなら、心配には及びません。
自分の立場をわかっているつもりです。テギョン様の妾(めかけ)になるつもりもございません。引き際は、自分で決めております。
それに、テギョン様は、良家のご出身です。家名を守る責任もございましょう。心がなくとも、いつかは、貴女と結婚することになるでしょうから・・・。」
冷静に、淡々と話すウォルファに、ヘイは、悔しさで涙を滲ませ、唇を噛み締め、外に出た。
「大丈夫ですか・・・ミニョ様?」
濡れた手拭いを持ったユリが心配そうに、ミニョの元に駆け寄る。
「・・・大丈夫。ユリ姉さんも、無理しないで。大事な身体に障るでしょ?」
ミニョが、そっと、ユリのお腹に触れる。
ユリは、夫であるジェルミの子どもを身籠っていた。
それは、数日前のこと。
ミニョは、『三日月館』女主人であるミジャに呼び出されていた。
『実はね、『三日月館』を閉めようと思うんだよ。』
『ど、どうして・・・』
『ユリに子どもが出来たんだよ。身重のユリに、妓楼の仕事はキツい。ホラン(ワン)も、妓籍から名前を抜き、マ留守の妾になることになった。
ミニョ、あんたは、どうしたい?
あんたも、妓籍を抜いて、あの儒学生の旦那と一緒になるかい?
もし、妓生を続けるのであれば、私の知り合いの妓楼を紹介するけど・・・』
『私は・・・ミジャおば様のお知り合いの妓楼に行かせていただきます。』
『儒学生の旦那のことは、いいのかい?惚れてるんだろ?』
『テギョン様に、これ以上、何も望むことはございません。いつかは、終わる恋です・・・遅かれ早かれ、覚悟はしておりましたから・・・』
『・・・そうかい・・・わかった。知り合いに伝えておくよ。』
『よろしくお願いいたします。』
いくら、愛し合っていても、所詮、身分が違う者同士。いつかは、別れが訪れることを、ミニョは、知っていた。
ヘイが『三日月館』を訪れた晩に、何も知らないテギョンが、ミニョに会いに来ていた。
注いだ酒を飲むテギョンの横顔を、ミニョは、ただ黙って見つめている。
「どうした?」
ミニョの視線に気づいたテギョンが、ミニョを見つめ、口角を吊り上げる。
「テギョン様・・・お話がござます・・・。」
★★★★
妓生にも、寿命があります。
15~16歳で、水揚げ
22歳で、潮時
24歳で、引き際(ワンの設定年齢)
30歳には、退妓(妓生を引退する)
妓籍とは、妓生の名簿のことです。