「今宵、月明かりの下で…」28

「覚悟」




ヘイは『三日月館』に入ってくるなり、ウォルファを呼び出した。
そして、ウォルファの顔を見るなり、ウォルファの頬を、思いっきり平手打ちをした。
ウォルファは、痛みより、驚きで、目を丸くしているが、ヘイは、目に涙を溜め、唇を噛み締めている。

「返してよ!!テギョン様の心を返して!!」

「・・・貴女は?」

「私は、テギョン様の婚約者よ。あなたのせいで、破談なんかされたくないのよ!!」

「それなら、心配には及びません。
自分の立場をわかっているつもりです。テギョン様の妾(めかけ)になるつもりもございません。引き際は、自分で決めております。
それに、テギョン様は、良家のご出身です。家名を守る責任もございましょう。心がなくとも、いつかは、貴女と結婚することになるでしょうから・・・。」

冷静に、淡々と話すウォルファに、ヘイは、悔しさで涙を滲ませ、唇を噛み締め、外に出た。

「大丈夫ですか・・・ミニョ様?」

濡れた手拭いを持ったユリが心配そうに、ミニョの元に駆け寄る。

「・・・大丈夫。ユリ姉さんも、無理しないで。大事な身体に障るでしょ?」

ミニョが、そっと、ユリのお腹に触れる。
ユリは、夫であるジェルミの子どもを身籠っていた。

それは、数日前のこと。
ミニョは、『三日月館』女主人であるミジャに呼び出されていた。

『実はね、『三日月館』を閉めようと思うんだよ。』

『ど、どうして・・・』

『ユリに子どもが出来たんだよ。身重のユリに、妓楼の仕事はキツい。ホラン(ワン)も、妓籍から名前を抜き、マ留守の妾になることになった。
ミニョ、あんたは、どうしたい?
あんたも、妓籍を抜いて、あの儒学生の旦那と一緒になるかい?
もし、妓生を続けるのであれば、私の知り合いの妓楼を紹介するけど・・・』

『私は・・・ミジャおば様のお知り合いの妓楼に行かせていただきます。』

『儒学生の旦那のことは、いいのかい?惚れてるんだろ?』

『テギョン様に、これ以上、何も望むことはございません。いつかは、終わる恋です・・・遅かれ早かれ、覚悟はしておりましたから・・・』

『・・・そうかい・・・わかった。知り合いに伝えておくよ。』

『よろしくお願いいたします。』

いくら、愛し合っていても、所詮、身分が違う者同士。いつかは、別れが訪れることを、ミニョは、知っていた。


ヘイが『三日月館』を訪れた晩に、何も知らないテギョンが、ミニョに会いに来ていた。
注いだ酒を飲むテギョンの横顔を、ミニョは、ただ黙って見つめている。

「どうした?」

ミニョの視線に気づいたテギョンが、ミニョを見つめ、口角を吊り上げる。

「テギョン様・・・お話がござます・・・。」





★★★★

妓生にも、寿命があります。
15~16歳で、水揚げ
22歳で、潮時
24歳で、引き際(ワンの設定年齢)
30歳には、退妓(妓生を引退する)
妓籍とは、妓生の名簿のことです。