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自分不器用ですから

下手の横好き、へっぽこモデラーの工作&料理Tips。
手先の不器用なオッサンの、どうにかして器用な人と渡り合おうと健さんもとい研鑽を積む過程の記録。
謹告:アフィリエイト目的のコメントは一切お断りしております。
頂いても削除対象とし、公開いたしません。

どうにか算段を付けて、「君の名は。」を予約して見てきた。
実は数週間前に空き時間活用で見に行こうとして、結局当日完売で見れずじまいだったのだ。
その間見たい思いは相当に溜まりこみ、事前に小説を買って本編の内容はほぼ読み込んでしまっていたし、他の人が上げたサイトやネット記事で「感動したけどよくわからなかった」という話も知ったため頭のなかで二転三転、練ってから見ることになった。
「それぞれの相手がこの2人である必然性がわからない」という意見もあったようだが、とりあえず自分としては、この展開には「必要なものである」と考えられた。
頭のなかに情報を色々入れた状態で見た映画は、予想外に尺が速く進み、「え、もうそこ?」という感じが強かった。時間の経過を忘れていたのかもしれない。

かんたんに言ってしまえば、三葉が入った瀧は三葉死亡ルートの世界線の3年後の瀧で、三葉のほうはそうとも言い切れない。多分最初から生存ルート。
(一瞬だけ死亡ルートのような描写もあるが)
瀧は意識のみならず実体も片割れ時に3年前に飛んで、生き残る三葉に会い、生き残る世界線を実現した。
片割れ時が終わると同時に3年後に突き返さえるが、歴史を変えた引き換えに相手の名前やらなんやら徐々に殆ど忘れてしまう。そしてその3年後は元とは違う世界線(生存ルート)。

何年も前からネット上にある記事の「ジョン・タイターのタイムトラベル」のような話と考えればからくりとしては成り立つ。
物理的なことを色々考える方向の物差しに使うと、却ってわからなくなる。「そういうもんだ」で割り切るしかない。物語なのだから。
実は飛騨への道中までに既に世界線がずれだしている。
携帯の記録が消えだしたりするのは多分それ。

野暮ついでに。
1:ティアマト彗星は架空の彗星だけれども、よくよく考えると速度とかが設定が変。(小説を先に読んだから?)
秒速30キロで降ってきた、という設定だけれども、地球の太陽公転速度は大体29.7km/s。
これに30km/sで突っ込むには巡行(地球と同じ回転方向で太陽を公転)であれば地球近傍での公転速度が60km/s弱になってしまい(それは太陽系離脱速度を越す:つまり行ったきり二度と帰ってこない天体になる)、逆行だと対地速度が60km/sになる。
辻褄をあわせるには太陽赤道面上、ほぼ地球軌道の辺りで太陽に最接近する軌道傾斜角90度前後の極軌道しかないけれど、描写はそうではない(ように見えた:というのは劇中写ったテレビ画面では航路がさらに金星軌道など、より内奥へ向かっているような感じだったから。水金地火木土天海の8つの星の軌道傾斜角はさほどないので(一番大きい水星で7°、ほかは0°台~1°後半)、地球近辺で地球軌道(≒太陽赤道面)と直交するとそれより内側の星の軌道には全く向かわない)。直交する描写だったとして地球の直径は大体13,000㎞ほどなので、直交の瞬間はほんの400秒、つまり7分程度のことになる。日数をかけて見れる天体ショーではたぶんない。
地球と同じ巡行で30km/sなら地球との相対速度は0.3km/sしかなく(高度12万km地点でこれではロシュ限界どうこう関係なく地球重力に捕捉される:より遠方の月でさえ公転速度は1.2km/sある)、あれほどの高速になるのか・・・な?

2:新幹線の席の向きが逆。新幹線でに3人がけの席で窓が右肩に来るように前向きに乗り、それが下りだとなると、東北・北海道・北陸方面行になる。
新幹線はどの線でも東京駅で海側になる方が3人がけなので、名古屋方面に向かう東海道新幹線だと3人横並びで窓が左肩に来る描写か、右肩にするなら2人がけにするしかない。(業々逆向きに直して後ろ向きに3人グループだけで座る人はいまい)
エンドロールのなかには「ジェイアール東日本企画」とある。JR東海の子会社(ジェイアール東海エージェンシーが同業としてある)の名前はない。窓口がJRグループ全体でそこ一括なのか、JR東海がさほど協力してくれなかったから全部JR東日本の電車で概略図を作ったのか。
意図的に「太陽を2つ置く」演出があるのだから勿論これらは枝葉末節なのだが。

(後日記:あれは意図的なもの、つまり「これから時間を遡らせる」という隠喩であると指摘されている方もいる。その為、三葉が上京する時の新幹線も実際とは逆向きになっている、という)

作中に出てくる「消えた糸守町」と殆ど同じ図式の写真を書店で見たことがある。5年前の震災の記録写真で(版元は確か河北新報かどこか、東北の大手新聞社だったと思う)、日付だけが違う。(勿論監督は東日本大震災を念頭に置いたことは明言されている)
「2013.10.4」か「2011.3.11」か。見出しの文面は日付以外全く一緒。
学生時代の知人が支援で東北へ赴任したり、一緒に仕事をした人の学生時代の友人が震災で亡くなっていたりということから、その本の見開き写真は強烈に印象に残っている。
正直なところ、あの瞬間は心苦しかった。救えたはずの命が、どれだけあったのか、と。

ついでに。実はしばらく全く更新していないのだが、その間の出来事も今後書きたい。
これも逆行。
前は新宿駅のバスターミナルは使い慣れてなければ非常にわかりにくいところにあった。
東京と地元の往復に、当時まだ規制されていなかった格安ツアーバスをつかっていたのは、ターミナルが東京駅八重洲口と割合分かりやすかったのが大きい。
今春一括されてわかりやすくなったので、路線バスとなった今、安心して使える。

一方で色々ツッコまれるのがこの名前。
看板の字体は1960年代風なので「ダサい」とか、さらに名前そのものも標的に。
「バスタ」は「バスターミナル」を詰めたものだが、イタリア語・スペイン語で"Basta"と言えば「もういい!たくさんだ!」だし、英語で発音の近い"Buster"は「破壊するもの」とかなぜか「坊や」とか。
坊やが破壊・・まあ小さい子供は往々にしてそうだけど

さらに紛らわしいことに近所に「パスタ新宿」とか「スタバ新宿」とかあるらしく、色々混ぜっ返される。
エスカレーターで登っていった先は、往年の夜行列車待ちのターミナル駅コンコースそのものの雰囲気だった。
それなりの数の待合席があるのだが既に満席で、仕方なしに床に座っていたり極端なのは寝っ転がっていたり。
これ自体は予想していたので、春先に買った携帯スツールを家から持参していた。

問題なのは飲食・ことに空腹を紛らすだけの固形物を昼より一切摂っていないので、売店を探したのだが、受付のお姉さん曰く「外のコンビニしか今のところありません。いずれ設置しますが・・・」とつれない返事。
いや・・・もうそこまでの元気はない。バスが最初のトイレ休憩で停まるサービスエリアまでは待とう。

この売店問題、10月になった今でも未解決どころか元へ戻ってしまって、決まりかけた会社が辞退してしまった。
まあ契約事項にないはずの仕事までやらされそうになっては、会社としてもひとたまりもないからね。

バス発車。取れた席はじつは運転席の背後
大体目的地方向の同じバスが雁行するからか遅い車がいるからか、高速道路では時々車間調整も兼ねて追い越しをかけるが、そのつど一時的に車間が詰まるのでひっきりなしに「ピピピピピ・・・」と警告アラームが鳴る。
乗車時間からして寝ていけるとは思っていないが、寝ていける距離でもあれでは寝られない。
正直怖い・・というか心臓に悪い
最初のSAで見切り品のダンゴを買って食べる。
およそ夕食と言えない量だが、休憩時間の長さを考えるとこの程度。置いてきぼりにされても困る。
トイレでは「ポケモンGO」に関する注意書きがある。日本で公開されてからその時点ではまだ日が浅かったのだが、海外ではある程度事故の報告もあり、当然予想されていたのだ。

(その後一月そこらで、現実に起きてしまったが。なんであんなもんばら撒いたかね。サービス中止しても、ITに長けた連中がすぐリバースエンジニアリングかけるだろうから、同様のソフトはずっと残ってしまうのに)

明るくなってから、地元近くの駅前バス停にて下車。
寝ていないので、時間感覚としてはまだ前日、8月7日のままである。

帰宅後。
まだ家に帰省しているはずの甥が、親元に帰ってしまっていた。
「おばあちゃん(お袋)」と「おじちゃん(自分)」両方いないとつまらなかったらしい。車中泊入れて2泊3日いないだけなのに。

しまったなぁ。

券は2枚あったのだから、炎天下であること、おばあちゃんまではついて来れないことを説明して「我慢できる」というのであれば連れて行くという選択肢もあったんだ。
西武線の特急は今現在全て10000系(ニューレッドアロー:略してNRA)に統一されている。
元の5000系(レッドアロー)も時代を考えればかなり豪勢な作りなのだが、さらにゆったりしたものにしたらしい。
一方で全く変えなかったのが動力部分で、前の5000系共々ローカルの4000系101系と動力装置はギア比まで一緒。
同じギア比なら速度が上がれば上がるほどモーターは高速回転するので、その唸りは(正確には冷却ファンの音だが)凄まじくなる。

ギア比5.73という数値は、直流モーターの時代の電車だとJRの103系の6.07より小さいのだが、車輪径が違い(それぞれ86cmと91cm)、加重平均するとじつは同速度で同一のモーター回転数になる。つまりかなり騒々しい・・・はず。
103系が105km/hだすようには作られていない。100km/h弱でもかなりやかましく、都心では騒音公害になりかけている。
飯能を過ぎ、平坦区間に入ると、いよいよこの西武特急はぶっ飛ばしだす。
台車はよく出来ているので、乗り心地自体は非常によく、道中ヘッドフォンで音楽を(ジャズ)聞いていたら大して騒音は気にならなかった。
外したらやっぱり大きめの音だったけど。3号車で、モーター付きの車だったからだ。
北海道のような、別体ファンにすれば一発で解消するけど、そうはしなかったのは不思議。
都内に入り速度が緩みだすと、もう池袋はすぐだった。

池袋でJR線に乗り換え。
時刻案内を見ると埼京線がすぐ乗れそう・・・だったのだが、入った改札は埼京線ホームにじかには繋がってなく、道を探しているうちに電車は出ていってしまった。

渋々山手線に乗る。階段登って降りてまた登ってして何分後か調べてない埼京線か湘南新宿ラインが来るのを待つより、確実だからだ。
座ることは端から期待していないが。

新宿。
新装なったバスタ新宿に到着。

実は、若干の飲み物以外、まだ夕食も何も摂っていない。

川越で一泊し、朝かなり早めに出発した。
昼13時頃開演なのだが、出たのは確か7時台。
日中はかなり暑いから、それを見越した準備をしようと思うと、そうなる。
多分行列待ちだろうし、熱射病対策をしないといけない。
前日買った帽子と、家から持参してまだ使っていない厚手のタオルはそのため。
着後すぐ帰路・池袋までの特急券を手配し、さらに前日基準をクリアしたスタンプラリーの景品を引き換える。
早めの昼を摂ったあと、コンビニで2リットルのペットボトルでミネラルウォーターを買った。
ひとりで2リットル丸々飲むわけではない。
グッズの行列が開演1時間前くらいから始まる。延々とならぶ行列。
待っている間、個人的にはこれがツボだった。

読み間違い看板・肥料屋

2字を2組・合計4文字書くと往々にして読み違えることがあるのでわざと上下左右を少しずらして書くことがある。

焼肉
定食

とかね、例えば。右がそのまま縦書きで「肉食」で意味通っちゃうので、それを避けるためにどちらかを半文字~1字分ずらすわけ。(左も「やきてい」が略称になりうる)
この看板は3段に書いているのだが、それでもなお右列を「材料薬」と読めてしまう。
左は意味不明になるから、「縦書きではなく横書きなんだ」とまあ気づくだろうけど。

イベント直前、運営側から色々配られる。
中には冷却材まである。
アナウンスでもあったし、壇上の声優さん・作曲家(ミト)さんからも説明があったような気がするが、熱射病には相当気をつけているようだ。

ただこの冷却材、開演時間全区間は保たない。
そこで出てくるのが先のミネラルウォーターとタオル。
飲むために別途コップも買ったが、多分半分も飲まない。残りは荒方タオルに染ませて昔の軍隊の日除けのように後頭部から首筋を濡れタオルで覆う。

配られたものの中には、何故か歌詞のカードが。

進行表を見ると、これを歌うらしい。みんなで。

ん?つまり・・・

炎天下の歌声喫茶ですか。飲み物も何も出ないけど。

しかも一番難易度の高い
「心が叫び出す」と「あなたの名前呼ぶよ」の同時合唱

幸いというか自分の席は境目の線よりは離れていて、引きずられる心配は少なかった。

声優さんというお仕事は、演じる年齢と実年齢が多少乖離していても演じられるというのが他の俳優業と違う特徴だけれども(実際田崎大樹役の細谷さんと相沢基紀役の大山さんはそれぞれ30・40代)、大半は実年齢が数歳しか違わない。
若者らしい、パワフルな皆さんだった。

あんな頃が自分にもあったのかな。実感が失せてるけど。

終演後、しばらく西武秩父駅で土産物を買ってからも佇む。
時間の余裕マージンを多めに取りすぎたのだ。
とは言え時間を潰し様子もだんだんなくなってきて、特急券を1本前に再指定して19時台で秩父を発つことにした。

横瀬駅併設の「秩父観光情報館」がスタンプポイント。
個人的には、ここがラリーの打ち切り場所になる。
西武線側の駅で電車を待っていると、少し前に御花畑駅からの連絡線を、西武鉄道の電車が横瀬方面に走っていく。
しまった、1本逃したか、と思った。
秩父鉄道と西武鉄道の連絡線は大きなX字になっていて、暫くすると先の電車とは反対向きに同じ西武鉄道の電車が秩父鉄道側から入り、西武秩父駅の、自分の待っているホームへ入る。
てっきり飯能からの折り返し電車が乗るべき電車の元と思っていたが、どうやらそうではないらしい。
暫くして走り出す。エアコンの冷風が炎天下を歩いた身には心地いい。
トンネルを抜け、横瀬へ・・・と思ったら駅の手前で停車。一番前の車に乗っているので前方は見えるが、「これから連結作業をする」という。
どうやら先に御花畑駅から出ていった電車と、今自分が乗っている電車が、本来西武線内では1本の列車扱いらしい。線路の都合で隣の横瀬で切ったり繋いだりするけど。

この横瀬の駅も作中で2度くらい登場する。
作中の「県立揚羽高校(架空)」は横瀬駅の近所らしく、田崎大樹はこの駅ホームのベンチでやさぐれて仰向けになる。座ったまんま、起こしていた上体を後ろにデンと倒して。

なかなかの年代物。多分開業当初からのものだろう。
演出上変えたのだろうが、作中のベンチには両面向きなのに背もたれがない。
実際にはある。だから大樹の真似は不可能。

横瀬駅ベンチ

寝っ転がられても困るし、昔海沿いから都心へ向かう街に多かった、大きな背負子を背負った行商の人らがいたわけでも無ければ、背もたれの無いベッドのようなベンチは必要ないからね。
横瀬でスタンプを押し、飲み物を飲んで休憩したが、ほどなく飯能方面行が来るらしい。
これを逃すと特急か、そうでなければさらに小一時間待ち。
もう少しまったりしていたかったが、時間に急かされ乗ることにした。
横瀬到着直後に撮ったもの。

横瀬駅「52席の至福」

4両で1組のレストランとなっている「52席の至福」
いいなー。ローカル電車もこうすれば大化けするんだ。

飯能・所沢と乗り換え、新宿線の終点・本川越へ。
宿は東武・JRの川越駅近くにある。


ラリーマップを見ると、次の最寄りポイントは羊山公園らしい。
映画作中では、9歳か10歳の順が玉子の妖精に言葉を封じられる場所だ。
町の南東の高台にある。
数ヶ月経った今地図を開き直して見ると、公園の真下を西武秩父線がトンネルでくぐっている。
それも西武秩父駅とは電車の向きが反対になっていて、トンネルの後Uの字にぐるっと回って町に滑り込む形だ。
天辺までいかないうちにスタンプポイント自体はあるが、そうは言っても8月の酷暑、気温の一番高い時間帯。
銘仙館に置いてくれば別だが、数人連れでは厳しいルートだと思う。

羊山公園ベンチ
公園のベンチをパチリ。
順は途中の石段辺りで地べた座りだったと思うが。

続いては秩父地場産業センター。
秩父鉄道の秩父駅に併設となっている。
一旦西武秩父駅方面へ戻り、近隣の御花畑駅へ行き、そこで一駅移動ということになるようだ。
ややこしいことに秩父市の中心部の駅が三分されていることになる。
御花畑駅と西武秩父駅は市役所のそばだし、運賃扱い上同じ駅とされている。
秩父駅は隣。「ボキャブラ天国」の「浦和・浦和・西浦和・・・」という替え歌ほどでもないが、余所者にはややわかりにくい。
御花畑駅の入り口は羊山公園側からは踏切を渡った反対側にある。
渡る時、何気なしに上を見上げると架線柱の造作が変わってはいる。
上下2車線の道路を渡らせるだけなのに、道幅のスパンで両側に架線柱が立ち、架線の上の吊り線(吊架線)を碍子で引き止めている。真ん中の踏切部分は電気的には繋がってるようだが、別の構造体のようだ。
確かこの駅のどちら側かわからないが、秩父夜祭(三遊亭小遊三は「街に火を付けて踊っている」と随分茶化しているが、有名な祭りであるのは疑いない)で山車が通るのに支障するとかで架線ごと外してしまう、というけど、どちら側だったかな?これとは限らないし・・・(とこのときは思って写真も撮らなかった。あとで調べるとこの踏切こそが年1回の祭りのためだけに架線を外してしまう踏切だった)。
ひとまず切符を買う。自動券売機に気づかず手売りの切符を買ったら、昔なつかしの硬券(厚手のボール紙製のあれ)だった。

3時過ぎだったと思うが、ここまでほぼ、飲み物以外大して口にしていない。
待合室横で駅そば屋台があったので、遅めの昼食とする。
そば生地に海藻が混ぜてあるのか、少し珍しい風味だった。

駅に着く少し前に秩父・熊谷方面の電車が出ていってしまったので、しばらく時間待ち。
入ってきた電車は、元の都営地下鉄の電車だった。
省エネ性には欠けるかもしれないが、元々地方私鉄というのは大して速度を出さないので最新の方法を採らなくとも実際消費電力は量としてはさほど変わらない。
車体がちゃんと保てばそれでいいのだ。

発車。と思ったら2分経たぬうちに秩父駅。大して加速もしていない。
記念品に無効印押してもらった切符以外、無駄だったかな?と思うほど近距離だった。
ともあれ駅下の地場産業センターへ。
スタンプの他、ここで色々買い物をした。
先の銘仙館とは別の反物や、職場への土産(消え物)、アニメグッズ(といってもあまり高価なものは買ってない)、帽子。
普段帽子を被る習慣はないのだが、今日ここまでの道中の日差し、そして翌日(イベント当日)の炎天下(35℃前後の予報)を考えると、必須と思えたからだった。
なかなかいいデザインだった。
惜しいことに3週間経たぬうちに、電車で置き引きかなにかでなくしてしまったが。
職場には実は「どこへ行く」というのは一切伏せていた。「月曜間に合わないので休む」という手続きは取ったが。
消え物:焼き菓子で賞味期限は長いが、今日明日と2日炎天下を持って歩いたものを出すのは如何なものか、と思えその場で職場あてに宅急便で送ることにした。
着日は8日月曜。したがって本人より先に土産が着く。

次が道の駅ちちぶ。ラリーマップには距離尺度は一切描いていないので、駅前側のポイントも、この道の駅も随分遠そうに思えたが、道の駅は歩いて5分程度だという。
ここまで来たからには、歩くか。
踏切を渡り駅の反対側へ出、やや細い道の坂を登っていく。概ね日陰だったのはありがたかった。
登りつめて国道にでると、道の駅の交差点あたりだった。
スタンプラリーのあと、「みそポテト」を賞味。
フライヤーから上げるところを観てなかったので、「熱いですからお気をつけください」とおばちゃんが言ったが最初すぐには意図が読めなかった。
揚げ物だから熱いのは当たり前で、そこまで言う必要ある?と。
持とうとして、竹串がかなり熱い上、少し油で滑るのに気づく。
串も油の中に浸る揚がり方になっている(ならざるをえない)ようだ。
「お気をつけください」は「持つのに」気をつけろ、という意味が入っているのだ。
とは言え串が持てる程度に冷めるのを待っていたら揚げ物も冷えるし、時間がどれだけかかるかわからない。
たまたま花粉症対策でポケットティッシュを持ち歩いていたのを思い出し、紙で串の根元をくるんで食べる。
揚がり具合はちょうどよく、味噌ダレがうまい。
串が持てるまで冷ましていたら、多分美味しい瞬間を逃していた。


実は写真を撮るためにカメラは持ち歩いておらず、全てガラケーのカメラ機能を使っている。
しかもメモリーカードは入れてなく、代わりに画質を少し落としていた。
ピンぼけでなくとも荒い写真が多かったのはそのため。
ここまでは内蔵メモリーを使っていて、必要なものはメール添付で自宅パソコンに送る形にしていた。
しかし道中では取捨選択は難しく、送信にも電気が要る。
あと数十枚と、デジタル写真ではあっという間の残容量を端末に突きつけられて、メモリーを買うしかないと観念する。
幸い道の駅の隣は地元の買い物客のためのショッピングモールで、ドラッグストアもあるようだった。
ここで8GBのメモリを購入。32GBは使い回しが効くが、値段がぼんと跳ね上がるので当面の所要量と値段でこれに決めた。
次回るべきポイントは秩父駅の反対側のほっとすぽっと秩父か、横瀬駅か。
秩父駅まで5分、さらにその先何分かかるのか、全く読めない。
宿には一応、チェックイン時刻を入れてある。無闇矢鱈回るわけにもいかないが、秩父駅で乗ると電車待ちと乗り換えと、時間が必要以上に食いつぶされる。
ラリーマップのほか、グーグルからプリントアウトした地図は少しは持っていたと思うが、道の駅が面する国道が、そのまま西武秩父駅駅前の道になっているらしい。
あまりに短時間だった秩鉄線の乗車時間からして、多分こちらは歩いてもたかが知れている。
そこで国道140号線を南下。
西武秩父の駅前に金券ショップの自販機があり、池袋までの切符を安く売っていたので、「買った日当日だけの切符ではないですね?」と確認を入れてから買う。今使うのではない。
明日イベント終了後、帰路のバスターミナルまでのものだ。
西武秩父駅ではまず、となりの横瀬駅までの切符を購入。
ラリーとしては、自分ではこの駅のポイントで打ち切ることにした。

武甲山

武甲山。普段山の中に暮らしている自分としてもこれはかなりデカイ。
何がどうデカイって、目の前2,3キロで、標高差千メートルの山は普段目にしていないからだ。
この山もいずれ消えてしまう、という。
採石場なので、どんどん削って掘り下げていってしまっているからだ。




西武秩父駅前の観光案内所でスタンプラリーの用紙を受け取って、スタンプラリー兼街巡りを始めた。
この用紙が大体の地図を兼ねているので、どうにか回れそうだ。

まずは駅前から直に歩いていける「ちちぶ銘仙館」と「羊山公園」。
ただし多少奥まったところにある。

ちちぶ銘仙館

古いけれども随分凝った、壮麗な建物だ。
スタンプラリーだけならたしか入り口で押してすぐ次へ行けるが、これほど立派な建物なら何かある。
というわけで入館させてもらった。
中で布を織っている。
案内表示や館員さんの説明を聞けば、ここはもともとは埼玉県繊維工業試験場秩父支場本館だったという。
かすり(絣)が地場産業だったので、それの研究開発を目的として建てられた。
建物自体は戦前というか昭和一桁の1930年(昭和5年)に出来ているので、既に86年経っているのだが、ファサードなどは現代のセンスでも通じる斬新さがある。

実は母が伊勢型紙を趣味でやっている。
型紙の場合、それで布を染めたり、あるいはその型紙自体が作品になったりなのだが、中で作業をしている方々の動きや説明文を見たり読んだりしていると、どうも何か違う。
銘仙館絣着用の女性
しばらくして分かったのは、かすりというのは型紙を確かに使うが、織る前の全部糸の状態で型紙に合わせて縦糸を着色し、そのあと横糸と合わせて織って布にする。
そのままでは見た目発色が弱く見えてしまうので、洗い張りして発色を完全にすると同時に色移りもなくす。
勿論この手間は半端なく、それ故埼玉県の産業構成が変わりゆくと同時に組織改革があり、ここは18年前に工業試験場としての役割を終えている。
許可を一応頂いて、作業中の所作を撮らせてもらった。

試し彩色

これは試しに染色している最中のもの。匂いからして、染料はどうやら油性らしい。
翌日のイベントは兎も角、ここへはお袋を連れて来れば良かったかな。
とりあえず、予算の範囲で反物(まあ端切れ扱いとはいうけど、帰宅後広げてみたらかなりの大面積だった)を何点か買って帰った。
次は羊山公園へ。


そういえば生まれてこの方、自分1人が「旅行したい」と思って特急など使ったことは全く無かったことに気づいた。特に事前に旅行プランを立ててなど。
今までは誰か家族・親族とだったり、車だったり。
家族の場合、相手によってはおよそ旅と言えないしょっぱい結果に終わったり。

帰りは色々検索したが、時間的に無理があるということで、翌日の月曜に休みを取り、夜行バスで帰って来る形になった。

さて、わざわざ前乗りして前日日中に現地入りしたからには、スタンプラリーの他にも色々見て回ろう、と考えた。
埼玉県には何度か行っているのだが、秩父地方までは行ったことがなかった。
手前の所沢止まり、それも何年も前。
今回は東飯能で乗り換えているので、宿までの帰路(?)までは現状どうなっているのか全くわからない。

自分の地元もかなりの田舎(うん、前にド付けていい)なのだが、かなり山深いところに電車が分け入っていく。西武鉄道が秩父線のためにわざわざ新しい強力モーターの電車(もう一番古いグループになったけど)を用意したのも分かる。
電車は短編成なのに端の車両に乗ると、反対の端の車が見えるほどの急カーブだし、周りの建物の土台を見るとなかなか急な坂のようだし。
戦後高度成長期後の技術をもってして、トンネルの中に信号所があって行き違う必要があるほど地形は険しいし。
このご時世(電力が特に世知辛い)なのか、途中山の急な斜面(ロッククライミングできるほどの斜度!)に無理やり大面積のソーラーパネルを設置したり(まあ東京近辺だと致し方ないか)、関東地方と言ってももう東京の通勤圏から外れた地域でも、しっかり影響はある。
田んぼや雑木林をソーラーパネルの敷地にしてしまったところは地元でも何箇所もあるが、こういうのは初めて観た。
印象は・・そう、「緑化です」と言って岩山に緑のペンキ塗ったくったような。
空調負荷が家庭やオフィスの電力消費の3割を占めるので、明かりをいじるのもいいが、建築物の熱絶縁をどうにかしたほうが効果は大きいと思う。
なぜかそれはどっこも触れないんだよな。

ラッピング電車

手前の横瀬か吾野ですれ違ったラッピング電車。



さてさて、昼2時過ぎくらいに西武秩父駅着。
「秩父鉄道御花畑駅と同一駅扱い」というものの、(サイズは違うが)昔の上野駅のような、行き止まりのターミナルだった。
ここで「?」。
もうほぼ諦められているらしいけど、「いずれ軽井沢に伸ばす」のだったらここで行き止まりってどういうことだろう?
そもそも(今回は乗換駅の一つ手前だけど)飯能で一遍折り返してるし。
一度作り直すにしても駅の奥方向は市街地のようだし。
まだこの時点では当地の方角関係が全く把握できてない。
元々方向の把握は割と苦手なので、太陽の動きや影である程度時間が経たないと把握できない。子供の頃は親の実家の方向関係さえ怪しかったし。

とりあえず、無鉄砲なスタンプラリーの始まり。

別にファミレスが撮りたかったわけではない
別アングルから(別にファミレスが撮りたかったのではないけど:自分の住んでるとこには確かにこの業種はないが、少し移動すればちゃんとある)

昨年観た、「心が叫びたがってるんだ。」のDVDを春先に買い、イベント応募券で応募したら当選してしまった。
当たるわきゃない、と思ってただけに逆に色々出費やら何やら頭の中をグルグル。

日曜日?当日中に帰ろうと思うと昼のイベント?
でもそうなると地元発が・・・・ベラボウに早い!

時刻表を繰って色々計算すること数日。
ネットですぐ検索できるんじゃないかって?それはあくまで時間的に最短か、金銭的に最安値か、という両極端な仮定を前提にしたものしかできない。価値判断ができるほどまだAIも発達してないし、できたところで本人とは結局第3者でしかないのだ。

そうして最初探り出した答えは、「前乗りして全区間鈍行・カプセルホテルとかでいいので近場で宿泊」というものだったが、しばらくしてそれはいくらなんでも味気ないものだ、と思った。

作中舞台である、という点以外、秩父でやる意味ないじゃないか、と。
朝そこそこ早く出立、何回か乗り継ぎ前日は宿の取れた町までの移動でおしまい。
当日はそこから朝秩父まで行って、イベントに出てから帰る、それだけ。

町並みを色々見て回って風物に触れてくるものが旅じゃないのか?
結果割高に付くが特急券を手配して、昼過ぎに東飯能着。
西武線に乗り換えて前日午後、まず一度秩父と横瀬を回る。
スタンプラリーもやっていたが、それ以外も色々見て回る・・・・と決めた。

この価値判断をしている間にどんどん秩父近辺の宿は埋まり、結果

取れた宿は川越市まで遠のいた。

ま、まぁ・・・同じ会社線で繋がってれば電車賃もそこそこだし(700円くらい?)。


行けばわかる

はい、というわけで前回アップのこれ、羊山公園のベンチの際なんですね。



地元民か同じ用事で来た人。

行けばわかる


追々、アップしていきますぜ。