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自分不器用ですから

下手の横好き、へっぽこモデラーの工作&料理Tips。
手先の不器用なオッサンの、どうにかして器用な人と渡り合おうと健さんもとい研鑽を積む過程の記録。
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便宜的に「鉄道本」にテーマは入れたが、他の方のブログを閲覧してコメントのやり取りをした中で出てきた話で(まあ一部は市販の鉄道本や新聞にも話題として出ていないわけではないが)ある。

 

青函トンネルの貨物列車が新幹線の足かせになっていて、今新幹線も在来線時代と同じ140km/hで走っているが、どうにか、せめて160km/hにはならないものか、と模索している、という。(ただ160km/hでもこれは在来線の速度域でしかない。新幹線の法律上の定義の「主たる区間を200km/h以上で運行し」の「主たる区間」から外して新幹線としている形になる)

この時やりとりでの解法は①対向列車との風圧に耐えられ、貨車の高速性能に余裕があれば貨物列車を高速化する(110km/hを130~140km/hに)②が、肝心の機関車が出力不足である、ということ。

少し前までのニュースなどで出てきた話では、A:(少なくとも奥津軽いまべつ~木古内間で)新幹線しか走らない時間帯を作る、B:貨物列車のすれ違い時点だけ減速する、という方法。

 

JR貨物のEH800という電気機関車はベースをEH500にとって基本定格電圧を20kVから25kVに変えたため、20kVでは従来以上に性能が下がり、25kVでも現状が一杯一杯。

平たく言うと日本製の100ボルト電球をアメリカ向けに電圧を120Vに直しながら100V(ときどき120V)で使っている、でもワット数(明るさ)が120Vでも全然足りない、そんな感じではないだろうか。

 

バブル期にEF200・500という電気機関車(500は試作したきりだが)はあったが、メーカーが違い、在来線での要求仕様に合わず、さらにはメーカー(日立製作所)が撤退してしまったので200に至っては「共食い整備」的に一部車両をスクラップにして必要数の車の部品を確保している、という。

ただモーター1台あたりの性能から言うと海峡線(=北海道新幹線)にはあっているはず。

現状日本向け電気機関車の電気部品を作っている2社(三菱・東芝)はこれに絡んでおらず、試作としてEF200の替え部品を作るのも大概企業機密の技術情報とかの開示が難しいので居抜きでは無理。

 

ただ、東芝は部品単位でならEF200とかと同じモーター1台辺り1,000kW級の機関車を作っている。それは外国向けだが。

韓国の8500形電気機関車というのが、車体は現地の現代ロテムによるが電気部品をあらかた東芝製で占めている。なのでノウハウが無いわけではない。

それをベースになんとかならないのだろうか。

「君の名は。」ウィキペディアに各国原語版があるのは勿論、更に掘り下げた記事まで出来てる、ってのは何なんだろう。

中国語版の「糸守町」

(ちなみに学生時代の第二外国語はドイツ語で、中国語は全く習っていないが(なぜ選ばなかったかって四声が非常に難しいというのを前情報として知っていたため、片手間では無理と判断したから)、漢文だからこそ多少意味が掴める、という程度。そしてドイツ語は綺麗サッパリ忘れてしまった。)

日本語版にはそこまでの情報はない。

「糸を結える」という意味から付けた、というのは想像はつくが、「細田守監督に敬意を評し」(細田氏は富山県出身なので、隣接地域ということになる)糸偏の名前にした、とか・・・掘り下げすぎ?

まあ久米田康治のギャグ漫画「絶望先生」のように詰めた横書きにするというのは・・・あ、中の田2つ取ると糸守だ。 絶望先生では父・大と母・妙以外はおよそシャレにならん名前とキャラの組み合わせだったが。

 

これがまだ序盤でしかない。

日本語版では映画本編の記事で「完全に架空の街であるためロケハンは殆ど行われなかった」とあるのに対し、「古川に隕石湖があったことはないが宮川(神通川)がせき止められて出来た湖があった時期がある」という飛騨古川の高校の文化祭記事まで調べだしてくるとは恐れ入った。

どんだけじぃ~っと見続けてるか、なのかな。

 

よくよく考えたら107分のこの映画を1日33回上映する、って謎な映画館があるわけだし、中華圏は。

電車車内にて。JTの中吊り広告が秀逸だったのでパチリ。

とか、

 

とか。ピクシブネタじゃないんだから。

先日仕事帰りに図書館で調べ物をしている最中、家族から電話が。

「親父殿が誰も帰ってこないのでどうなってる、飯を食ってない」と。

改めて本人に電話を入れたが「ラーメンは食ったが飯は食っとらん」。

 

・・・食ってんじゃないか。ラーメンを。

 

とは言え1人で何か作らせるとかはもう期待しない方がいいといいうか危ないというか、仕方なしに切り上げて閉店間際のスーパーへ。

惣菜は殆ど売り切れたか見切って処分仕切ったかで、半額の寿司が数食。

食材はあまりに素材と料理の乖離の大きな(つまり手がかかる)ものは相手が待てない。

鮭の切り身と寿司を人数分買って帰った。

さて、これを持ち帰る手段だが、車通勤でない自分は当然ながら交通機関での移動となる。

夏場だったら今の食材は無理なものばかりだが、冬場の寒冷地ゆえ気温は冷蔵庫並み。

自分が暖を取ろうとして暖かい場所に入らない限り、数十分ではどうということもない。

 

10年くらい前の「とりぱん」だったか(ちょうど「ドラゴン桜」の連載期間)「寒冷地における冬季の冷蔵庫の機能を答えよ」というテストの設問と回答者のパロディ(とりのなん子先生が他人の筆致をうまくコピってた)をやってたが、まさにその答え通り「ただの棚」。

PCを(特に数字を)ダカダカ打ち込むことが多いのだが、タイピングスピードはともかく、ズレやデータ間違い(間違いが最終的に修正されていればいいのだが)を回避する方法は、正直なところ気合や集中力といったものだけでは、どうにもならないと思う。(勿論最大限の集中はしてますよ?)

 

一定のフォームで寄越される原典とフォーマットを対比すると、一体自分がどこまで打ち込んだのか、理詰めで考える余地が出る。

まさか、紙の書類だけでなくモニターの画面にモノサシ当ててもそれだけではズレがあるのかないのか、なんてことは分かりっこない(紙には無論当てているが)。

 

手元に用意するのは、電卓とメモ用の紙。多分大抵は電卓だけで足りる。

 

書類も罫線にそって規則正しく書かれているので、紙ペラ1枚につき何行あるか、ははっきりしている。何らかの理由で(項目の切り替わりとか)で数行抜けがあったとしても、それはその分行数が減る、ということになる。

だから紙の枚数✕1枚ごとの行数の総和でそのページまでの項目数が概算で出る。

通し番号がそれとあっていればとりあえず総数は合う。

 

数字の打ち間違いで多いのは、活字であれば大抵桁が幾つか間違っていたりとか、0が多い・少ない、あるいはゲシュタルト崩壊で前後が入れ替わっていたり、がほぼ99%超だと思う。

 

それは学生時代のいつ頃習ったか、ひょっとしたらそれ以降か、忘れてしまったが、検算で大体は出せる。

この手の間違いで生じた違算は、まず例外なく9の倍数になるのだ。

たしか(10a+b)-(10b+a)=9(a-b)だったか。

違算の数字を9で割って割り切れれば、それが間違いの証拠。

そしてそれから、どこを間違えたかも見当がつく。

 

根性論では体力と気力を無駄に消耗してしまう。

10代ならともかく、そんなやり方は30代後半以降ではまず無理だと思う。

今現在一応受験生である。学生というには程遠い年齢ではあるが。

受験勉強開始は9月で、8月の埼玉行はその前だったから可能だったもの。

通信教育ゆえというより、選択肢のなさから選んだそれの、積み増しになっている講義の内容に、ふと気づいた。

講師は初学者(高校1年とか大学1年とか)の内容を、割とゆっくりしたスピードで喋っていることに。

仕事しながらと言いつつも既に一通りの基礎知識のある人間には、無駄な部分が多すぎはしまいか。しかも3時間取られる。復習したいがその時間を講義に持ってかれるという悪循環。

端折るには・・・ということで。

予め板書(テキストに書き込む前提)のは当該ページに書いてしまい、講義は1.5倍速以上で聴いている。

聴取中の筆記はマーカー程度。

今のデジタルレコーダーだと、まともに聞き取れるんですな、これが。

昔のカセットの倍速(一応デジタル処理するのだが)は1.2倍程度が限度だったが。

昨日「スイッチインタビュー」の再放送をやる、とウェブで知ったのだが、日時は「27日」という。

やべ、明日だ、予約入れよう、と思って録画デッキのEPGを漁っても番組がEテレのそこにない。

あれ、この辺は別日程かな、と諦めてとりあえず勉強を0時頃まで。

終わった終わった、でネットの番組欄見たらきっちり27日未明の午前0時からやってたりする。

結局録画はできず、寝たいのを我慢して小一時間直で見る羽目になる。

まあ記録に録っても記憶に残らないよりはいいか。

 

20年位前か、ある鉄道雑誌で添乗記事があり、世間一般の感覚と鉄道の規則が食い違ったために一悶着というのがあった。

つまりは東京を深夜23時台後半とかに出る列車に途中駅(明らかに日付の変わる高崎とかから)で乗って、結局客当人の持っている切符は前日同時刻の切符になってしまっている、というもの。

今日27日の23時50分始発という列車なら、すぐ日付が変わり本来は途中駅乗車客は28日乗車の切符でなければならないのだが、そんなに長距離を鉄道で移動する客もいなくなり、テレビも原則終夜放送(大抵起点は早朝4~5時)となると、規則と感覚が離れだす。

 

EPGもそういう感覚に合わせるように出来ているので、日付をまたいだ未明は、前日深夜の枠で表示されてしまう。

電車の規則並みに1局だけ表示されてもなぁ。

8月上旬の秩父行、路線図開いたらエライことになっていた。

系統として両端だから池袋と西武秩父が離れているのはまあ当然として。池袋線と秩父線合計で80kmほど、数字の上ではさほど離れていない。

但し飯能から先は単線な上急坂と急カーブだらけで時間かかりまくりなので、ほぼ同距離の東京~本庄とか土浦(若干短い)より遥かに時間距離は長い。

図だと飯能からでも全行程の半分ほどあり、所沢で接続する新宿線の本川越方面とは入間・狭山の辺りまで余所者には不自然なほどUの字描いて近接・並行している。

一瞬、「これ地元民なら歩くかバスでは?」と思ったが、多分このへんが米軍や自衛隊の基地(=滑走路そのほか。機密は勿論、飛行機が離着陸するという場所柄、安全上たぶん地下道も作れない)とかで誰彼なく大回りする場所なのだろう。

 

秩父の町では「上田79km」とかの道路標識も見かけた。日が暮れだしてそちらが西(または北西)だと分かった方向に。

飯能で1回、更に秩父でも行き止まりの駅となると、おそらく長野県方面(特に標高が1,000メートル近い軽井沢)には更に数回のスイッチバックの繰り返しで登っていくつもりだったのかもしれない。

あまりに巨大な登山電車状態・・・だったのだなぁ。

何年も前からテレビとかで出てはいたけれども、疑問が決定的になったのは今年の8月、秩父旅行の道中。
2日めの朝、秩父の会場へ向かう道中の西武線電車の中吊り広告。
「埼玉の味」・・・と大書されたビールの広告。8月上旬だから、秋の旬が一月ほどで始まる。
紙面にはビール缶とともに山の幸が描かれていたような記憶だ。

しかし紙の右下隅に「取手工場で製造しております」の一文が小書きされていた。

埼玉じゃないじゃんか。
つまり埼玉県内にそのビール会社の醸造所はなく、多分関東一円分を一括し、茨城県の取手で配合や調合を変えて味の違う各県ごと向けを作っている、ということらしい。

まあ東京の恵比寿が「ヱビスビール」から名が出来たと言いながらもうそこでビールを作っていないのは地価が高いから致し方ないけれど、それ以上に効率が優先されるからこういうことになるのかな。

多分、関西・名古屋近辺・九州北部なんかもそういう形なんだろう。

ありがたみが失せたような気がしないでもない。
家で採れる食材、というか予想・必要量を大幅に超過して採れてしまって困っているのがミニトマト。
放っておけばいいのでは?というと実はそうでなく、プランターの外にはみ出したりすると連作障害もなにも当分関係なしに数年単位に実生でじゃんじゃん生えてしまうので、結局適宜採らねばならない。
かと言って何年も前に植えた時は甥達に出す前提で大人数だったから、普段の少人数では普通に何かの付け合せでは全く消費しきれない。

最初は採った当日か翌日はそのまま食べるが、体積の割に表面積の大きいミニトマトは劣化が早く、食べきれず捨てざるを得ないトマトもかなりあった。

勿体無いので、ソースにすることに。

人参と玉葱を微塵にしたものと、ミキサーで皮ごと破砕したミニトマト(ミキサーのジョッキ1杯)を鍋でコンソメや砂糖、微量のおろしニンニクと煮込むこと約40分。

煮沸消毒したビン(これが元々スパゲッティのソースビンという:何回使いまわしてるんだか)に収まる程度、体積がおおよそ半分から1/3に減るまで煮詰めてから移し、密封して自然放熱。

冷え切ると密封を示す突起は凹む。

日持ちさせるための瓶詰めだが、工場で作っているものではないので、パスタやらハヤシライスやらそういうのにすることで、作ってから1週間程度で使うことにしているものの何か他にレパートリーはないものか。

しばらくぶりに普通のサイズのトマトを買うほど、夏場はあまりに採れすぎる。